第199話 ドルドランドの長い夜(7)

「クーサイ侯爵は荒くれ者達に毎日エールを振る舞っていましたよね?」

「それがどうした!」

「だからそれを利用させてもらったんですよ」

「利用⋯⋯だと⋯⋯」


 そう。これはセバスさんから得ていた情報だ。

 荒くれ者達への報酬の一部のつもりなのか、クーサイは毎日エールを渡していた。

 だから俺はそれを利用させてもらったのだ。


「たぶん今日は襲撃する当日だったこともあり、クーサイ侯爵からエールの差し入れがなかったので、俺があなたの名前を使って代わりに酒を渡しておきました」

「まさか酒に酔ったことで無法者達は動くことが出来なかったのか!」

「バカを言うな! どれだけ酒を飲もうが奴らが酔って動けなくなることはない!」


 確かに普通のエールならそうだろう。


「これを飲んでみて下さい」


 俺はクーサイの拘束を解き、異空間から酒を取り出して二人の侯爵に渡す。


「こ、これは! 私の領地で作った酒ではないな」


 そして二人は一気に酒を飲み干す。

 おいおい。そんなに飲んで大丈夫か? この世界にある酒と比べてアルコール度数は段違いだぞ。

 俺は二人の身体を心配したが、それは杞憂だった。


「こんなに旨い酒は飲んだことないぞ! 身体の中にアルコールが染み渡ってくる!」

「だがいくらこの酒が旨かろうと、襲撃の前に酔っぱらう程飲むとは思えん」

「そうですね。だから俺はこれを使いました」


 俺はさらに異空間からある物を取り出してみせる。


「これは⋯⋯」

「花? まさか⋯⋯ネムネムの花か!」


 どうやらウィスキー侯爵はこの花が何なのか知っているようだ。


「ええ、煎じて酒の中に入れさせてもらいました。個人差があると思いますが飲んでから十~二十分程で眠りにつきます。だからあなたの頼みの綱である荒くれ者達は、夢の中という訳です」

「だがあの火の手は⋯⋯」

「あれはあなたを誘き寄せるために、わざとネムネム花を入れなかった部隊を作っただけですよ」

「なっ!」


 クーサイはガックリと崩れ落ちて、地面に膝をつく。

 一応襲ったという事実を作っておかないと、後で言い逃れをされかねないからな。


「く、くそぉぉぉぉっ!」


 そしてクーサイ侯爵は力強く叫ぶと完全に諦めたのか俯き、動かなくなるのであった。


 よし。これで後は寝ている荒くれ者達を拘束するだけだ。

 だが千を越える数を、ドルドランドにいる兵士だけで対処するのは厳しい。だがここにはそれに対応できる人達がいる。


「街にいる荒くれ者達の素性は確認できるのでしょうか?」


 俺はクーサイの兵士達に問いかける。


「え、ええ。後で成功報酬を渡すことになっているので⋯⋯」

「一応? なるほど。全て始末するつもりですか」


 俺が推測した言葉を口にするとクーサイは視線を反らす。

 正解ということか。確かに今回の件を隠すなら、命を奪う方が早いし確実だ。

 口に戸を立てることなど出来ないし、ましてや荒くれ者達のことなど信用出来るはずがない。必ず後でゆすられるのは目に見えている。


「貴様! 命を何だと思っているんだ!」


 ウィスキー侯爵がクーサイの胸ぐらを掴む。


「生きてても害にしかならない奴らを処理してやるんだ。むしろ感謝してほしいな」

「クーサイ貴様! 本当は私の手で⋯⋯私の剣で八つ裂きにしてやりたい! だがそれでは貴様と同じだ」


 そうだ。ウィスキー侯爵は家族をクーサイに殺されたんだ。誰よりも自分の手でクーサイを始末したいと思っているはずだ。


「貴様は司法で必ず裁いてやるから覚悟しろ!」


 多くの罪を重ねているクーサイをこの場でウィスキー侯爵が手を下しても問題ないはずだ。

 俺だったら母さんやおじいちゃん、おばあちゃん、ノノちゃんの命が奪われたら冷静でいられるだろうか。


 いや、無理だ。


 俺はそいつを絶対に許さないだろう。

 だから自分の感情をコントロール出来ているウィスキー侯爵は本当にすごいと思う。


「では皆さん、街の中にいる荒くれ者達の捕縛に協力して頂けませんか?」

「承知しました」

「私の兵も好きに使ってくれ」


 クーサイの兵とウィスキー侯爵の兵を合わせれば三百人近くになる。

 これで大分楽になったな。

 後は街に戻り、眠っている荒くれ者達を捕縛するだけ⋯⋯そう考えていたその時。


 ゴゴゴ⋯⋯


 突如地面が激しく揺れ、どこからかけたたましい音が聞こえて来るのであった。

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