第170話 どんな時も油断してはならない

 巨大スライムはエミリアの剣によって、見事に斬り裂かれたが⋯⋯

 しかしスライムはすぐに元の形状へと戻る。


「何なのよこれ!」


 そしてエミリアは再度攻撃をするが結果は変わらず、巨大スライムは再生してしまう。


「エミリアお姉ちゃんノノも!」


 ノノちゃんも魔法銃で応戦するが、炎の玉はスライムに飲み込まれてしまい、ダメージを与えられていない。


「えっ? 何で? 全然効いてないよ」


 おそらく巨大スライムは水属性、ノノちゃんの魔法銃は火属性なので相性が最悪だ。余程強い攻撃でなければ、属性の壁を突破できないだろう。

 だがどうやって巨大スライムを倒す。エミリアの剣が効かないなら俺の剣も巨大スライムには届きそうにない。ここは大出力の魔法を放つのが得策か。


「こんな雑魚にこの私が手こずるなんて、あってはならないわ!」


 エミリアは苛立ちながら巨大スライムの体を突き刺していく。だがこれでは悪戯に体力を消耗しているだけだ。

 こういう時こそ冷静にならないと。

 俺はエミリアと巨大スライムの戦いに目を向ける。するとあることに気がついた。

 色が青色なためわかりにくいが、何か水色っぽい掌サイズの球体が巨大スライムの中に見える。

 そしてその球体は常にエミリアから離れた位置に逃げていた。もしかしてあれが巨大スライムのコアなのか?


「エミリア! 巨大スライムの中にある水色の球体を狙ってくれ!」

「球体? なるほどあれね。こそこそ逃げるんじゃないわよ!」


 エミリアは直ぐ様俺の意図を理解して、コアと思われる場所に向かって突撃する。

 だが巨大スライムはコアを上手くエミリアから離れた場所に逃がしていた。


「逃がすものですか!」


 エミリアはミーティアスラストの構えを繰り出す。


 だがそのスキルが発動することはなかった。何故なら巨大スライムが突然球体の形状から横に広がり、津波のようにエミリアに降り注ぐ。


「きゃあぁぁ!」


 さすがのエミリアも予想外の出来事に対処することができず、巨大スライムに飲み込まれてしまう。


「エミリアお姉ちゃん!」


 まずいな。このままではエミリアは巨大スライムの中で窒息死するか、酸で溶かされるかもしれない。


「お兄ちゃんエミリアお姉ちゃんを助けて!」

「ああ、任せてくれ!」


 俺は巨大スライムをカゼナギの剣で斬る。そして巨大スライムを斬り裂いた場所から左腕を突っ込み、エミリアを引っ張り上げる。


「ケホッ! ケホッ! リ、リックありがとう⋯⋯」

「お姉ちゃん大丈夫!」

「ええ⋯⋯」


 どうやらエミリアは問題なさそうだ。

 俺も突っ込んだ左手は特に異常はない。あのスライムはエミリアを窒息死させる予定だったのか。

 とにかく今は巨大スライムから距離を取った方が良さそうだ。

 だがこの時俺は違和感を感じた。

 自分の左腕に目を向けると服が溶けかかっていることに気づいた。


 巨大スライムには服だけ溶かす効果があるのか?

 俺の服が溶けているということはエミリアも⋯⋯。

 光速で視線を向けると、俺の服と同じ様にエミリアの服も溶けかかっていた。


「リック! 魔法で巨大スライムの動きを止めなさい!」

「いや、でも、エミリアの⋯⋯」

「私の命令が聞けないの!」

「わ、わかった」


 エミリアは何を言っても聞かないことがある。それならここは早く巨大スライムを倒した方がいいな。


 巨大なスライムを止める方法⋯⋯止める止める魔法は⋯⋯何かで押さえつける? いや、辺り一帯を止めるか。


 俺は創聖魔法を使って新しい魔法を創る。

 イメージは大気中を凍らせる絶対零度の氷晶。巨大スライムの周囲を凍結させる。


「クラス5・輝細氷ダイヤモンドダスト創聖魔法ジェネシス


 魔法を唱えると空気中の水蒸気が細氷となり、辺り一面を氷の世界へと変える。

 すると輝細氷ダイヤモンドダスト創聖魔法ジェネシスの中心にいたスライムは凍り、完全に動きを止める。


「不細工な氷像ね。目障りだから消えなさい」


 エミリアは飛び上がると巨大スライムのコアと思われる部分に剣を突き刺す。

 コアを破壊された巨大スライムは、凍ったまま崩れ落ちるのだった。


 ふう⋯⋯エミリアが捕まった時はどうなるかと思ったが、なんとかなったな。


「よくやったわリック」

「頼むからもう少し気をつけてくれよ」

「何? 心配したの? 私があんな雑魚にやられる訳ないじゃない」


 ダメだ。全く話を聞いてないな。

 剣の天才であるエミリアの弱点は、自分が強すぎることで相手を格下に見てしまうことだ。

 まあ公爵家という立場で生きてきたから、仕方ないことなのかもしれないが。


「エミリアお姉ちゃん⋯⋯ノノ、凄く心配したんだよ⋯⋯もう危ないことはしないで」


 ノノちゃんはうっすら目に涙を浮かべながら、上目遣いで懇願する。

 ドSのエミリアが人の話を聞くとは思えないが⋯⋯


「わ、わかったわ。なるべく危ないことはしないから⋯⋯泣かないでノノ」


 なん⋯⋯だと⋯⋯。エミリアが自分以外の言葉を素直に聞いた⋯⋯だと!

 さすがのエミリアも、可愛いノノちゃんの言うことには逆らえないということか。

 だが良いものが見れたな。

 今度エミリアが俺に無理難題を突き付けて来たら、ノノちゃんに間に入ってもらおう。


「リ、リックもありがとう。後で褒美を上げるわ」


 エミリアは顔を少し赤くしながらお礼を述べてくるが、俺は別のことに目が釘付けだった。何故ならエミリアの着ていた服が少しづつボロボロと破れてきたからだ。


「エ、エミリア!?」

「何よ。大きな声を上げて」


 どうやら本人は気づいていないようだ。エミリアは身体全体が巨大スライムに取り込まれていたんだ。着ている服が全て溶けてもおかしくはない。


 そしてとうとうエミリアの身体を隠している、ブルーの下着まで見えてしまった。このままだとエミリアは、外で全てをさらけ出す変質者になってしまう。

 まさかこれが御褒美なのか!

 俺はその美しい肢体を前にして、声を出すことが出来なかった。


「お兄ちゃん見ちゃダメ!」


 だがこの時ノノちゃんの絹を裂くような声でハッとなり、俺は現実に戻る。


「どうしたのノノ?」

「エミリアお姉ちゃん⋯⋯服が破けているよ」

「えっ?」


 エミリアはノノちゃんの指摘により、自分の姿を確かめる。


「な、何でこんなことに⋯⋯」

「スライムの中にいたから服が溶けてきたじゃないか? ほら、俺の服もボロボロになってるし」

「あ、あんた知っててずっと私を見ていたの!」


 エミリアの顔が紅潮し、鬼の形相へと変貌する。


「そ、それは⋯⋯」


 俺は改めてエミリアの身体へと視線を移す。胸は少し残念だが、まるで雪のように白い肌は、男を惑わすには十分な魅力を持っていた。


「だからこっちを見ないでよバカ!」


 エミリアは叫ぶような声を出すと、恥ずかしさの限界が来たのか、俺の顔面めがけて蹴りを放つ。


「ぐはっ!」


 そして俺はその蹴りをまともに食らってしまい、意識が途切れるのであった。


―――――――――――――――


【読者の皆様へ】


4月19日【狙って追放~】が書籍化されました。

本屋で見かけることがありましたら、手にとって頂けると幸いです。

ネット投稿より、エミリアやルナが色々パワーアップしています。

カクヨム様のネット投稿も定期的に行いますので、今後とも何卒よろしくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る