十七歳 ── 1

 ある朝、私はけたたましい鐘の鳴る音で飛び起きた。目覚ましの鐘ではなく鐘の音で。

「奇襲……?」

 私は指をぱちんと鳴らして鎧を着ながら、そう呟いた。ぐるぐると考えている場合ではない。非常時のみ許されている窓からの出動を試みた。

 まずは、状況把握。あれは……以前戦って既に我々が勝利した隣国の兵では? それとあれは、太陽と星が重なっているマーク。隣国内で出来た新興の宗教団体のものだったはずだ。どうして国兵と共に戦っている?

 疑問ばかりが残るが、ぼうっと突っ立っているのは戦場ではご法度はっとだ。そう思って剣を構え、前傾姿勢を取る。


 時が経つにつれて、私たちはどんどんと押されていった。相手の勢い、味方の準備不足、理由はごまんと見つかる。一人、また一人と周りの味方が倒れていく。いつの間にか私の周りには、味方とも相手とも分からないしかばねが積み重なっていた。

 一通り目の前の敵を倒し終わった時、誰かの鋭い声が聞こえた。

「王と婦人が敵にやられました!」

「城下に火が!」

「近衛の騎士団、ほぼ壊滅状態! 生存者は全員撤退!」

 ──そうだ、お母さんとお父さんは。そう思い当たった瞬間、足が城の正門へと向いた。

「セリーヌ! どこへ行くんだ!」

 そんな声が聞こえた気がしたが、構わずに私は走った。

 城下は、炎に包まれていた。炎の熱さが喉を焼き、煙が呼吸を妨げる。時々すれ違った敵と思われる人々は、ことごとく切った。

 いつしか私の家の前までたどり着いていた。他の家と同じように、私の家も炎に包まれている。もう無理だと思った。


 突然の襲撃一つで、国がほぼ壊滅状態に陥った。生きている人は果たして百人いるかいないかくらいであろう。

 生存者の確認をしなければならないと、私は重い足を引きずるように城へと戻る。息が詰まって、上手く吸えない。濃い血の匂いに吐き気がする。

 見渡す限り皆死んでいる。その事実に、恐れと申し訳なさが湧き上がってくる。頭がおかしくなりそうだった。

 城の中も、嫌な静寂に包まれていた。私の足音がかつん、かつんと無機質でゆっくりなテンポを刻む。

 最上階、その最奥の部屋。王と婦人の部屋の扉は開け放たれ、窓から差し込む太陽の光が部屋の中の惨状をぼんやりと浮かび上がらせていた。現実を受け止めきれない気持ちと、申し訳なさと悔しさで、部屋の中を直視できない。

 その時私の右後ろから扉が開く重い音が聞こえた。突然のことに心臓が飛び出そうになる。そちらを見ると、不安そうにこちらを見つめる幼い主の姿があった。

「パスカル、様」

「なにがあったの……?」

 そういえば私は血にまみれた鎧の姿のままだったとぼんやり思いつつ、パスカル様──殺されてしまった王の息子である──の質問にどう返答しようかと悩む。

「たたかい?」

「ええと、その……どうお伝えしたら良いか」

「こわいこと、おきたの?」

 不安そうにこちらを見つめる瞳に、正直に話そうと決意した心が揺らぐ。けれど後で知ったとてなにが変わるという訳ではないのだ。

「……パスカル様、辛いことをお伝えせねばなりません。よろしいですか」

 私が余程怖い顔をしていたのかもしれない、パスカル様は息を呑んで、それからゆっくりと頷いた。

「先程、隣の国から突然戦いを挑まれたのですが、準備がきちんと出来ておらず、上手く戦うことが出来ませんでした」

 こんな言い訳じみたこと、まだ幼い主に聞かせることはしたくなかった。

「……端的に言いますと、あなたのお父様とお母様は、敵に殺されました。私たち近衛の騎士団もほとんど生き残った者はいません」

「───ちちうえと、ははうえが?」

 そう呟いたパスカル様の絶望の表情のなんと痛ましいものか。幼い彼に、こんな表情など相応しくない。今の彼に何を言ったとて心には届かないだろう。

 途端、視界が滲んだ。私が泣いている場合ではないのに。

「……セリーヌ?」

 後ろから声が飛んできた。聞き覚えのある、低く心地よい声。振り向くと驚いたようにこちらを見ている二人の姿が見えた。

「……カリムさん?」

「やっぱりセリーヌか! 無事だったんだな」

 見知った顔を見て、安心で息が詰まり頬を熱いものが伝った。

「泣くなって」

「あ、パスカル様」

 もう一人、カリムさんと一緒にいた人──彼の妹のリアムだ──が声をあげる。

「ご無事だったんですね」

 パスカル様はなにも言わないけれど、私一人よりも人が増えて少しは安心してくれていたらと思う。

「パスカル様には話したのか」

 カリムさんのその言葉に、ゆっくり頷く。

「……とりあえず、逃げるぞ」

「それは、どこに」

「どこの国にも属さない、荒野へ」

「行った先でどうやって生きるの?」

「少し心当たりがあるんだ、大丈夫」

「パスカル様、お辛いでしょうが、私たちについてきていただけますか」

「……ついていかなかったら、どうなるの」

 その質問に、カリムさんは臆することなく返す。

「また敵が来て、あなたまで殺されてしまうかもしれません」

 それにパスカル様は表情を強ばらせる。どうしようもないと思ったのだろうか、彼はゆっくりと頷き、口を開く。

「みんなに、ついていく」

 私はカリムさんと目配めくばせをし、一度鎧を脱いで身軽になってから国を出た。

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