2. 国道十五号線


「今日の<狩り>は成功だな!」


「でも、ヒロがケガしたよ」


「ちっ、ちょっとぶつかっただけだ。もう痛くもないぜ」


 軽口をたたきながら、三人の少年たちはインラインスケートで国道十五号線を疾走していた。その後方には数台の子供用の自転車が――なかには補助輪つきのものもある――が続いている。


 炎天にあぶられた路上を、熱風が吹きとおる。


 スケーターたちは、くっきりとした黒い影をアスファルトに刻みながら、彼らのほかに通行するもののない幹線道路を突き進んでいた。


 左手には首都高速・横羽線をへだてて京浜コンビナートがひろがっている。その先には海があるはずだ。地図の上ではベイブリッジもそんなには遠くない。そこまでたどり着くことができればだが。


 右手はワンルームマンションを中心とする高層集合住宅が立ち並んでいる。そのむこうは、京浜急行線、JR京浜東北線・東海道線といった鉄路の集合体だ。それを越えると、第二京浜(国道一号線)が走り、第一京浜(国道十五号線)と交通量を競いあっているはずだ。


 だが、マンションの合間から見える景色は、白い靄につつまれてしまっている。踏切の音もきこえてこない。


 生麦の交差点で、三人の少年たちはスピードをゆるめた。


 後続の自転車もよろめきながらブレーキをかける。前のバスケットにはもちろんのこと、荷台にも大きな袋がくくりつけられている。戦利品を自転車で運んでいるのは七、八歳とみえる少年たちだ。自転車は五台ほどあり、大きな袋はつごう十個運ばれていることになる。すると人数が五人ほどあまることになるが、彼らもインラインスケートで、すぐ後ろを追ってきていた。


 子供たちは、生麦交差点に面した高層マンションのエントランスに入り、エレベータの呼び出しボタンを押した。ほどなくエレベータがやって来た。全員のりこむ。子供ばかりだから、のれてしまうのである。


 最上階の十階で全員降り、マンションの一室にはいる。3LDKのファミリータイプの部屋だ。なかはインスタント食品の空きパッケージや紙クズが散乱して、足の踏み場もない。


「きょうはチョロかったな」


 エアコンのきいたリビングルームのソファにくつろぎながら、襲撃者の一人が楽しげに言った。


「でもヒロはあぶなかった。たるんでるぜ、トールが助けなかったら捕まってたんじゃないか?」


 ヒロと呼ばれた少年――冷凍食品コーナーに激突した――は、不満げに唇をゆがめた。十二歳くらいの真っ黒に日焼けした少年で、目が大きくてふたえまぶただった。かなり整った顔だちだが、その唇はいつもそうしているせいか、ゆがんでいて、白い大きめの前歯がいつもむきだしになっている。


「この前は、ジュン、おまえがあぶなかったじゃないか。スーパーのレジうちのおばちゃんに顔を張られていたろ――こんなふうにさ」


 ヒロは、自分をからかった少年にむかって、おおげさに肩をゆすってみせた。女の声色をつかって、言う。


「マア、アンタタチッテバ、コドモノクセニ、スエオソロシイ! オヤノカオガミタイワッ!」


「あれはまいったぜ。ババアめ。こんど会ったら、殺してやる」


 ジュンは、げんなりした表情で首をすくめた。彼が子供たちのなかで一番としかさらしい。上背もあるが、それはあくまでも子供たちのなかでのことだ。おとなのなかに混じれば、あくまでも平均的な小学校高学年の子供にすぎない。


「にしても、きょうのトールはめずらしいな。いつもは、人をなぐるのはよせ、とか言ってるくせによ」


 ジュンが、三人目の少年に水をむけた。彼だけ、カーペットのうえに直接すわっている。


 トールというらしい少年は、ジュンよりもひとつかふたつ年下、そしてヒロとはほぼ同学年くらいに見える。小学五年生といえば、ほぼあたりだろう。


 比較的色白だが、やはり陽にはよくやけている。ほっそりした顎と、ひとえの切れ長の目。顔へのペインティングによっても、繊細なイメージは払拭されてはいない。だからといって、いわゆる美少年というわけではない。顔の造作だけなら、ヒロのほうが整っているだろう。


 ただ、髪の毛が細いのか、束ねられた長髪がちょっとした所作に応じてはらはらとほぐれるさまが、なんとはなしに印象的だ。


「あれは、ヒロがつかまりそうだったから」


 くぐもった声で言った。


 ヒロがこれみよがしに舌うちをする。


「だいじょうぶだって言ったろ。あんなおっさんに捕まったりするかよ。それより、もう一人のバイトの顔、みたろ。おれを追って、<靄>のこっちをのぞいたときの顔さ。ボーゼンとして、口をあんぐりとあけてやんの。傑作だったぜ」


 なんとか話題をすりかえようとしているようだ。彼としても、あれは失態だったと気にやんでいるのだろう。


「もしも、さ。あの人がこっちに来ていたらどうする? 仲間にいれた?」


 トールが訊いた。ヒロに、というよりもジュンに顔は向いている。


「どうかな。おとなには無理だろ。ここで暮らすのはさ」


 ジュンが小首をかしげて言った。


「たぶん……いなくなるか、死ぬだろ」


「<靄>のむこうに消えて?」


「きまってるだろ!」


 トールの問いに、むりやり答えたのはヒロだった。


「むこうにはなんもないのさ。たまに、狩り場があらわれるだけさ。それも三十分もたたずに消えちまう。それ以外のときに、でたらめに靄を越えたって、帰れるわけがないんだ。なにもない海にのまれて死ぬだけさ」


「それにしたって、ぼくらはだれも試していないんだろ。その――」


「じゃあ、おまえがやればいいだろ。試してみろよ。でもな、ずっと前にあるやつがやったんだ。何年かたって、骨と皮になった死体が鶴見川にうちあげられていたぜ。おんなじところをずっとさまよっていたんだ、きっと。それで飢え死にしたんだ」


 ヒロの言葉に、ジュンがうなずく。トールはだまりこんだ。


 そのとき、キッチンのほうから、年下にみえる子供が数人かけこんできた。


「あっため終わったよ」


「たべようよ」


「おう」


 ジュンがソファから立ちあがる。ヒロもそれにならう。トールだけ、床から尻をはなしていない。


「どうしたんだ? 今日はおまえがMVPだから、好きな弁当を選んでいいんだぜ」


 ジュンの言葉にうながされて、トールは腰をあげる。それをヒロがやや目を細めて見つめている。めくれあがった唇がうごいて、なにかみじかい言葉をかたちづくった。声はださないままに、どうやら嘲弄の言葉をつぶやいたらしい。


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