第4話 絶たれた命綱
あれからちょこちょこ休憩を取り、退勤時間が訪れるころには短編がほとんど出来上がっていた。あとは結末を書くくらいである。それも10分あれば終わるくらいだろう。
明らかに書くペースが早くなっている。これならプロになっても耐えられるだろう。
未来への期待にニヤリと笑うと、店長が入ってきた。
「おはよう、納言くん」
明朗な笑顔を見せる店長に『俺よりこの人のほうが元気なのではないか』と一瞬考える。睡眠時間は俺のほうが多く、勤務時間は俺より長いというのに。
「おはようございます、店長。今日も無事ですよ」
「それはよかった。……それで、正社員の件はちょっと決まったかい?」
それがまったくだ。申し訳ない気分になりながらも、とりあえず期限は提示できそうなのでいいだろう。
「すみません、まだ結論は出せていないんですけれど……。この件を相談したい人がいるんです。その人とは2日後に会うので、翌日木曜日にお伝えしてもよいでしょうか」
相談したい人とは、朝陽のことだ。
俺は朝陽には追いつけないと悟った。だから2日後に現状をぶちまけ、夢を諦めて正社員になるべきか、夢を追ってフリーターを続けるべきか問うことにしたのだ。
「木曜日ね、わかった。それじゃあ、タイムカード押そっか」
レジの時刻表示を見ると、ちょうど5時だった。急がなければ1分になってしまう。
急いで5時0分にバーコードを読み取らせて、退勤する。あとは家に帰って寝るだけだ。
しかし芽吹かないとはいえ小説家なのだろうか、家へ歩いている最中ずっと短編のことが頭をよぎってしまう。仕方なく近くの公園へ行き、ベンチに座る。
高校生が心の底から反省し、元の世界に戻る。身の危険なく道を歩ける幸せや、欲しいものが手に入る幸せを実感するところで物語を終えた。
7000字程度の短編だ。何かの賞に応募できるか調べたところ、特にないようだったのでカクヨムに投稿──しようとしたとき、画面上部に通知が表示される。クラウドワークスからの通知だ。
『これで大丈夫です。今回もありがとうございました』
その文言にホッとする。コメント欄の『マンネリ化している』との指摘を受け、改善したのがよかったのだろうか。
努力が認められたようで嬉しくなる。いつものように『ありがとうございます。次の原稿はどのようにいたしましょうか』と打つ。さっきメッセージが送られてきたのだから、すぐに返ってくるだろう。
『恐れ入りますが、別の人と長期契約を結ぶこととなりましたので、一旦納言様との契約は打ち切らせてもらいます』
スマホを地面に落とす。
カバーをつけていたためスマホ自体が傷つくことはなかったが、俺の心はズタズタにされてしまった。
あんなに読者を意識して書いた文章なのに、それすらも認められないのか。俺に、文章を書く仕事はできないのだろうか。
『単発依頼は定期的に行いますので、そちらに応募していただければ幸いです。ありがとうございました』
契約は完了扱いになり、これ以上メッセージが送れない仕様になっていた。程なくして仕事に対する評価も届いたが、星5つでコメントも『質の高い原稿をありがとうございました』となっている。
なら、どうして仕事を打ち切るんだよ。
やりきれない怒りのまま、カクヨムを開く。通知は来ていなかったから、PV数を確認するのも億劫でそのまま閉じる。クリエイティブな才能を発揮したくて人生を歩んできたのに、今の俺は社会の歯車そのものだった。
誤字脱字修正を済ませ、キャッチコピーやジャンルなど設定したうえで短編をネット上に放つ。この行為も、カクヨムのサーバーを無意味に圧迫させているだけなのだろうか。そう思うと、さらにやるせない気持ちになった。
公園を出て帰宅し、倒れるようにベッドに潜り込む。風呂も歯磨きも着替えも、今はできるような気分じゃなかった。
これまでは文章を書いてお金を得ていたのに、これではただのフリーターじゃないか。
思い、苦笑する。元からただのフリーターだったのだ、俺は。
◆
文章で金を稼ぐことができなくなってから、小説の質は落ちた。スランプになる前に投稿した作品ですら反応を見るのが怖くて、カクヨムも覗けていない。
それなのに、俺は今や天才と讃えられる同級生の小説家とサイゼリアに行くらしい。
店の前で一度スマホを確認しても、到着のメッセージは入っていない。それもそうか、向こうは売れっ子なのだ。少しくらい遅れても目を瞑るべきだろう。
入店して『着いた、3番テーブル』と送る。我ながらそっけないけれど、いい文章が浮かばない。
「遅れてごめん、文庫本についての打ち合わせが長引いちゃってさ」
程なくしてやってきた朝陽は、俺なんかに申し訳なさそうにしている。気にするなよ、と本心からの言葉を返す。
「それで、文也って今何してんの? 学生時代に使ってたペンネーム検索しても、カクヨムしかヒットしなかったからわからなくてさ。名前変えた?」
学生時代使っていたペンネーム──
「いや、変えてない」
覚悟して、言い放つ。朝陽の瞳が揺れた。
「俺はずっと、夢を叶えられないままフリーターをしてたんだ」
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