第4話ー④ おしゃべり猫と気になる少女

「行こっか愛李!」と水蓮が立ち上がると、


「じゃあももさんは、私とお話しましょうか! 暁さんのことも聞きたいですし」


 奏多はそう言ってももに笑いかけた。


「え!?」


 奏多さんに、暁先生の話を――!?


 困った顔で奏多を見つめるもも。奏多は笑みを崩さずにももを見ていた。


 ここに留まるちょうどいい理由だとは思うけれど。

 ももは奏多の顔を困惑した表情のまま見つめる。


 その奏多の笑みから、狙った獲物は絶対に逃さない狩人のような雰囲気をももは感じ取っていた。

 

 それが敵意か好意か判断はつかない。しかし、他にここに留まる理由が思いつかなかったももは、奏多の提案にのることにしたのだった。


「い、いいですよ」ももは苦笑いで奏多に答えた。 


 奏多は相変わらず笑顔を崩さずに微笑んでいる。


「そっかあ。じゃあ、ももちゃんはまたあとでです!」


「うん」


 そして水蓮と愛李は二階にある水蓮の部屋に向かっていった。


 奏多と二人きりになると、ももはリビングが随分と静かになったように感じていた。なんとなく自分の心臓の鼓動が聞こえ、ももはこの状況にドキドキしていることを悟る。この静寂が間違いなく緊張感を増しているのだろう。


 これから自分が彼女とどんな話をするのか考えただけで、喉がカラカラに乾いてくような思いだった。


 いつまでも黙っているわけにはいかないよね、とももは小さく頷きながら決心して口を開く。


「それで奏多さん。お話って……」


「あら。ミケさんから私のことを聞いたんですね」


 奏多は右手を口に当てて、「うふふ」と上品に笑う。


 しまった。うっかり名前で――


 青ざめた表情をして、ももは頭を下げた。


「すみません。私、勝手に」


「いえいえ。それじゃ、ミケさんとゆっくりお話していてくださいな。私は家事の続きがあるので」


 奏多はそう言いながら立ち上がる。そんな奏多をきょとんとした顔でももは見つめた。


「え? お話を――」


「うふふ。水蓮たちがいたら、ミケさんとゆっくりお話しできないでしょう? ナイスなファインプレーだと思ったのですが?」


 いたずらな笑みを浮かべる奏多を見て、彼女が自分たちのために隙を作ってくれたのだとももは察した。


 良く気が付く人なんだな。それなのに、私は悪い妄想を。


 ももは自分の頬が熱くなるのを感じた。そして、奏多のそのこういに敬服する。


 やっぱり、暁先生には奏多さんみたいな人じゃないとだ――


 ももは目の前にいる強くて優しい狩人に、完全に自分の身も心も射抜かれたことを悟った。そもそも私が敵うはずなんてなかったんだと。


「さすが、暁先生の奥様ですね」


「お褒めにあずかり、光栄の至りです。それでは、ごゆっくり」


 奏多はそう言って、キッチンの方へと姿を消した。


『奏多さん、すごいですね。誰も何も言っていないのに、状況を察してすぐに行動できるなんて』


『ああ、だから暁の隣にいられるんだと思う。奏多は本当に良い女だよ』


『ああいう人が暁先生の好みだったかー』


 キッチンに立ち、洗い物を始める奏多の方を見ながら、ももは落胆のため息をついた。


『なんだ狙っていたのか』


 ももははっとして、ミケの方に顔を向けた。


『ち、違いますよ! 憧れですよ、憧れ!』


『わかった、わかった』


 うんうんと頷くミケを見て、ももは内心ムカッとしたが、奏多の前でミケを懲らしめてやろうという気にはなれず、目を細めるだけに留めたのだった。


 機会があったら、必ずデコピンをしてやる――


『しかし暁にはもったいないくらい、奏多は本当にできた人間だよ。あの子が……水蓮が今の水蓮でいられるのは、奏多のおかげでもあるからな』


 ミケはほっとしたような口調で言う。


 水蓮を思うその口調に、若干の父親らしさがにじんでいるような感じもしていたが、さすがにそれはないだろうとももは自分の考えの滑稽さに笑う。


 それからふと、水蓮と奏多の関係性を思い出したのだった。


 そうだった。奏多さんは水蓮ちゃんの義母なんだ。普通の親子の会話を見ているみたいだったから、そのことがすっぽりと頭から抜けていたよ。


 大好きだけど、お母さんにはつい気を遣ってしまうんです――彼女が以前そう言っていたなと。


 あれだけ素敵な女性が義母でいると、何か思い感じることがあるのかもしれないとももは思った。


『ええっと、その話は聞いても?』


『私から聞いたことを口外しなければな』


『わかりました。じゃあ、よろしくお願いします』

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