第4話ー③ おしゃべり猫と気になる少女

『うさぎ――そうか。ようやく人間と会話ができる日が来たというわけか』


 急に聞えた男性の声にももはぎょっとして、きょろきょろと周囲を見回した。


「だ、誰!?」


「ももちゃん? 急にどうしたんですか?」


 ももの動きを不審に思った水蓮が首を傾げる。


「い、今……なんか男の人の声がしなかった?」


「え? スイは何も聞こえなかったですよ?」


「そんな……」


 今のは、私の空耳ってこと――?


『いや、空耳ではない』


「また!?」


 ももはまた周囲を見渡すが、声の正体が何なのか特定できなかった。

 そんなももを見て、水蓮と愛李は首をきょとんとした顔をしている。


 どうして私だけ? 私がおかしいのかな――


『急にすまないな。水蓮たちには、私の声が聞こえないのだ』


「え?」


 ももの声に、不安そうな顔する水蓮。

 ももはそんな水蓮に「ごめん、何でもないよ」と笑ってから耳に意識を集中させた。


「どういうこと?」ももはボソッと小さな声で呟く。


『ああ、そうそう。声を出さなくとも、心の声で会話ができるぞ』


 心の声?


『そうだ』


 それからももは居住まいを正し、言われたように心の中で言葉を紡ぐ。


『えっと、あなたは誰なんですか?』


『お主の前におるだろう』


『前?』


 ももは目の前にいる一匹の三毛猫を見た。それはどこにでもいる普通の三毛猫だった。


 あ、そういえば。私が来るとミケさんが喜ぶって水蓮ちゃんが――


『うむ。私はお主のような能力者としか話せんからな』


『私のような能力者と?』


『ああ、そうだ。お主のような『ゼンシンノウリョクシャ』と呼ばれる、身体を別の生き物に擬態させる能力者とだけだ』


『なるほど』ももは感心するように頷く。


 身体を別の生き物に擬態させる能力者。それはあの隔離事件に巻き込まれた人間のことを差しているんだとももは察した。


『だから裕行君もだったんだ』


『ああ。暁が『うさぎ』と『蟻』の能力者が来るからと言っていたが……もう一人の方は来なかったんだな』


『まあ、彼にもいろいろとあるので』


 ももは普段見ている裕行の姿をふと思い出していた。


 授業が終わるたびに何度も手を洗いに行ったり、最初に食堂へ行った時も何も注文せず、ただももが食べ終わるのを待っていたり。


 ももはその日以降、彼が食堂にいる姿を見たことがないことに気づく。


 きっと今日ここへ来ても、裕行君は水蓮ちゃんのお母さんが用意した紅茶に手をつけなかっただろうな。ももはそんなことを思った。


『まあ、悩みは人それぞれだな』とミケはあくびをする。


 会うのが楽しみだったと言っていた割りに、なんだか適当な返答だなあ――ももは呆れた顔でミケを見た。


『でも、あれ? 聞いたってことは先生って、まだミケさんとお話できるんですか?』


『いや。さっきも言ったが、人間と話すのは久しぶりだったんだ。以前は暁と会話ができていたが、能力が消失してから話すことはなくなったからな。一方的に話されている言葉に返事をしていただけだ』


 その声が少し寂し気に聞え、ももは俯く。


『そうなんですね……』


 いつからなのかは分からないけれど、ずっと話し相手がいないのは寂しいよね。私もママとお話できなくなってから、心にぽっかり穴が開いたみたいな感覚だったなあ――


「ももちゃん? ずっと黙っていますが、大丈夫です?」心配そうにももの顔を覗く水蓮。


「え!? あ、うん。ちょっと考え事!」


 ももは誤魔化すようにそう言って笑った。


 そうだよね。水蓮ちゃんたちにはミケさんの声が聞こえないから――


『すまんな。もっとゆっくりと話ができればいいのだが』


『どうにかできないんですか?』


奏多かなたなら多少理解があるから、それとなく伝えればうまく隙を作ってくれるかもしれん』


『奏多……?』


『ももの隣におるだろう』


「あ……」


 ももは隣で優雅に紅茶を飲む女性を見遣る。ももの視線に気が付いた奏多はニコッと笑った。ももも奏多に笑顔で返し、ミケの方に視線を戻す。


『でも、奏多さんになんて言えばいいんですか? ミケさんとお話しがしたいのでちょっといいですか、とは言いづらいですよ』


『うーむ』


 提案する前に考えておいてくれればよかったのに、とため息を漏らすもも。


『三毛猫にそこまでを求められてもなあ』


『そうですね』


 それからももは、何度か水蓮から心配そうな眼差しを向けられながらも、その度にうまく返答して切り抜けていた。


 そしてしばらくすると、紅茶を飲み終えた愛李が、水蓮の部屋に行ってみたいと言って立ち上がる。この千載一隅のチャンスを逃すまいと、ももはここに留まる言い訳を考えた。


 私はここで奏多さんとお話してるね!

 ミケさんともう少し遊びたいからここに残るよ!


 どっちもなんだかしっくり来ないような気がして、ももは困った顔をしながらミケに目を遣る。するとミケはまた呑気にあくびをしていた。


 誰も見ていなかったら、デコピンの一つでもお見舞いしてあげたのに。ももは目を細めながらに思う。


「行こっか愛李!」と水蓮が立ち上がると、


「じゃあももさんは、私とお話しましょうか! 暁さんのことも聞きたいですし」


 奏多はそう言ってももに笑いかけた。


「え!?」


 奏多さんに、暁先生の話を――!?


 困った顔で奏多を見つめるもも。奏多は笑みを崩さずにももを見ていた。

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