第4話ー② おしゃべり猫と気になる少女
「なんだか、良いお家に住んでるね……」
ももは三谷家を見上げながら呟く。
都内から離れた高台に建つ一軒家。レンガ造りで二階にはバルコニーがあり、小さな洋館のような見た目をしていた。
「ここ、元々はお母さんの実家の別荘で、お父さんがお母さんにプロポーズをした場所らしいです!」
「そうなんだ……」
こんなおしゃれな場所でプロポーズって。先生、意外とキザだなあ。そう思いながらももは小さく笑う。
それからももたちは水蓮に連れられて、三谷家の中に入った。広い玄関を見て、水蓮の母が何者なのかと少々気になりつつ、ももは「お邪魔します」と靴を揃えて家に上がる。
「おおお……」
木製の床がシックな感じがして、とてもおしゃれだなと思った。
玄関のすぐ目の前にある階段の手すりのところに高そうな亀の形をした銅像があり、おそらく奥さんは裕福なお家柄の方なんだろうとももは察する。
「ただいまです!」
水蓮が声を上げると、右側の二番目の扉から紺色のセミロングヘアの女性が出てきた。
「おかえりなさい、水蓮。お二人も、いらっしゃい。お待ちしておりましたよ」
こんなに素敵な人が暁先生の奥さんなの――?
上品な笑顔で言う水蓮の母に、ももは思わず見惚れていた。
「お、お邪魔します! 私、鎌ヶ谷愛李です! スイちゃんとは、いつも学校で仲良くしてもらっています!」
愛李は緊張しながらそう言って、ぺこりと頭を下げる。
「うふふ。愛李さんのことはいつも水蓮から伺っていますよ。こちらこそ、いつも水蓮と仲良くしてくださってありがとうございます」
嬉しそうに顔を上げた愛李は、「えへへ」と笑いながら頭の後ろに手を当てた。
水蓮ちゃんは家で学校のことを話すのか。私のことはどう話しているんだろうなあ――
ももはそんなことを思いながら、三人を見つめていた。
すると、ふと水蓮の母からの視線を感じももははっとする。
「初めまして。私、宇崎ももと言います。えっと……昔、暁先生にお世話になって……その――」
もっとまともな自己紹介はなかったの!? ももは内心でそう叫びながら、目を泳がせた。
そんなももを見て、水蓮の母はクスクスと笑う。
や、やっぱりおかしかったのかな――
ももがしゅんとして肩を落とすと、
「暁さんからお話は聞いてますよ。ももさんには大変お世話になったと」
ニコッと微笑みながら、水蓮の母は言った。
「え?」
お世話になったのは、私の方なのに。
ももがきょとんとしていると、水蓮の母は手をパンっと鳴らす。
「じゃあ、ここで立ち話もなんですから……リビングでお茶でもしましょうか!」
それから水蓮の母に着いてリビングに向かい、彼女が用意していた紅茶を楽しむことになった。
リビングの中央には背の低い木製のテーブルとそのテーブルを囲むように薄緑のソファーが置かれていた。ももは水蓮と愛李と向き合うようにそのソファーに座る。
「どうぞ」と水蓮の母はももの前にティーカップを置くと、ももの隣に腰かけた。
目の前に置かれたカップからは白い湯気が立ち、若々しい爽やかな香りが漂う。澄んだ明るい
暁先生も水蓮ちゃんも、こんな素晴らしい紅茶を日々嗜んでいるんだ。お上品だなあ。
それからももは紅茶を飲みながら、ふと母が入れてくれたホットココアを思い出す。
笑顔の母。目の前に置かれたピンク色のマグカップ。甘い匂いがふわりと香って、優しい味が心も身体も温めてくれた。
今、口にしている紅茶よりも質は劣るものの、母が作ってくれるホットココアはももにとって特別なものだったのだ。
いつかまた、ママのココアを飲みたいな――ももは悲しげな表情でカップを置きながら、そんなことを思う。
「あ! そういえば、お母さん。ミケさんって――」
水蓮のその声で、我に返ったもも。
ミケさん……確か、私が来るとミケさんが喜ぶって水蓮ちゃんは言っていたよね。
ももが水蓮の言っていた言葉を反芻していると、
「にゃーん」
と水蓮の声に反応するかのように、どこからともなく鳴き声が聞こえた。
ももはその声を探して、きょろきょろと周囲を見回す。
――声はするけど、どこ?
トンっと小さく聞こえた方に目を遣ると、リビングの扉に設置されている小さな戸を潜った三毛猫が、悠然と歩み寄ってくるのが目に入った。
どこかのシマを縄張りにしていたかのような貫禄がある。堂々とした足取りがそう思わせるのかもしれないとももは思った。
「あ、ミケさん!」
「この子がミケさん? 可愛い~」
愛李は嬉しそうにそう言って、ミケを手招きする。
その様子をニコニコと見守りながら、水蓮の母は紅茶のカップをそっと手に取っていた。
佇まいが様になっているなあ――とももは水蓮の母の横顔に見惚れる。
私もこのくらい優雅で上品だったなら、暁先生の隣に立てたのだろうか。
そんな問いが脳裏をかすめ、ももは思考する。
しかし、自分ではホットココアをちびちびと飲むくらいのことしかできない気がして、早々にその思考を放棄した。
「ももさん? そんなに見つめて、どうされました?」
「え、あの……な、何でもないです」
「そうですか」水蓮の母はそう言ってクスリと笑う。
見つめてたの、バレてたかな。恥ずかしい――。
ももは頬がカッと熱くなるのを感じた。
「そういえば。ももさんは『うさぎ』の能力者でしたね」
水蓮の母から唐突に訊かれたももは、思わず目を見張る。
「は、はい。確かにそうですが」
私が『うさぎ』の能力者って暁先生から聞いたのかな。でも、それってプライバシーの侵害になるのでは?
「そうですか、そうですか」
水蓮の母はそう呟いてから、紅茶の入ったカップに口をつけ、微笑んでいた。
その表情の意図がまったくわからず、ももは怪訝な顔で水蓮の母を見つめていると――
『うさぎ――そうか。ようやく人間と会話ができる日が来たというわけか』
急に聞えた男性の声にももはぎょっとして、きょろきょろと周囲を見回した。
「だ、誰!?」
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