第4話ー① おしゃべり猫と気になる少女
ももが夜明学園に入学して一カ月が経った頃――。
授業の開始までの時間、ももは自席でスマートフォンを見ながら過ごしていた。
『実力派声優と人気歌手の熱愛発覚』と書かれている記事をまじまじと見つめていると、「あの……」と控えめの声が聞こえ、ももは顔を上げる。
「ももちゃん、お父さんがお家に遊びに来ないかって言うんですが……どうでしょうか!」
「え……? 私、だけ?」
緊張した表情の水蓮に、ももはきょとんとした顔で返した。
「あ、えっと……ももちゃんがいつもお話してる裕行君と、スイのお友達の
愛李ちゃんが誘われるのは、わかるけど……なんで裕行君? 何か話があるのかな。
ももが難しい顔をして考えていると、
「ご、ごめんなさい! 無理だったら大丈夫です……」
しゅんとした顔で水蓮は言った。
キラキラと輝いていた彼女の周りが、急に色を失ったように暗くなっていく。
その暗闇に飲まれそうになったももは、はっとしてから大きくかぶりを振った。
「ううん! 無理なんてしてないよ。ぜひ、お邪魔させていただきます」
ももがそう笑顔で返すと、水蓮は目を輝かせ、「やった!」と嬉しそうな顔で静かに喜んでいた。そして暗かった彼女の周りもいつものように明るくなっている。
やっぱり、水蓮ちゃんは笑っている方が良いね――
そう思いながらももは水蓮の顔を見つめた。
宝石のような綺麗な瞳が見え、ももの心はキラキラと輝いていくようだった。
きっとその瞳を中心に、彼女の輝きは放たれているのかもしれない――ももはそんなことを思う。
「ありがとうございます! じゃあ、また日付が決まったら教えますね!! 愛李ぃ」
水蓮はそう言って、席にいるクラスメイトの元へと駆けて行った。
「暁先生のお家か……奥さんって、どんな人なんだろう。きっと素敵な人なんだろうな」
ももはぽつりと呟く。それからすぐに始業ベルが鳴り、担任の長瀬川が教室へやってきて、授業が始まったのだった。
それから数日が経った放課後。ももは三谷家訪問の日を迎えていた。
「ももちゃん、今日はよろしくお願いします!」
水蓮はそう言いながらクラスメイトの
「うん! あ、そうだ、裕行君は?」
「それが……今回はやめておくねって断られてしまって」
苦笑いで答える水蓮。
たぶん他の人の家に行くことへの抵抗があるんだろうな、とももは席で帰宅の準備をしている裕行を見つめた。
「そっかあ。今度はいけるといいね」
「はい――」
ももが落ち込む水蓮に何かを言おうとした時、
「スイちゃんのお家って猫さんがいるんだよね! 私、会うの楽しみ!」
水蓮の隣にいる黒髪を両耳の下で結わえた少女が笑顔でそう言った。
そういえば、この子って受験の時に一度顔を見ただけでちゃんとお話ししたことなかったな。確か、八歳だったっけ。
ニコニコと微笑みながら水蓮と会話するその少女――愛李をゆっくりとももは見遣る。
入学試験時、自分とは反対の端の席にいた彼女を見て、随分と小さな子も受験するんだなと思っていたことをももはふと思い出した。
この子にもここへ来る理由がきっとあったんだろうな――
「それではそろそろ時間なので、行きましょうか!」
笑顔でそう言う水蓮に連れられ、ももたちは校門へ向かったのだった。
ももたちが校門へ到着すると、そこには工事業者が使うような白いワゴン車が停まっていた。傷や汚れはないものの、少し車体の白がくすんでいる。
「この車で行きます!」
「え? これ?」
停まっているワゴン車を指差しながら、目を丸くするもも。
「はい! お家が遠い生徒用にとお父さんが臨時で手配したスクールバスなのです!」
「バス……」
まあ、ないよりはマシだよね。というか、水蓮ちゃんはどこから通っているのだろう。てっきり学園の近くに住んでいるものだと思っていたのに。
「ももちゃん? どうしました?」
ももがぼうっと佇んでいるうちに、水蓮と愛李はそのワゴン車に乗り込んでいた。
「ああ、ごめんね!」
ももが急いでワゴン車に乗り込むと、「じゃあドア閉めますね」と運転手の男性は扉を閉めた。それからすぐにエンジンをかけ、ゆっくりとワゴン車は動き出す。
中は意外と綺麗なんだ――ももは車内を見渡しながら思った。
年季が入った外見に反し、車内は新品のシートのおかげもあって、まるで新車のようになっていたのだ。
窓側の席に座り、車内を見渡してたももは、隣に座る水蓮に視線を向けながら尋ねる。
「そういえば、私達だけなんだね」
「はい。今期の子たちは近隣の自宅からの通学か寮生の子ばかりなので。もう少し入学者が増えてきたら、もっとちゃんとしたバスを手配するってお父さんが!」
「水蓮ちゃんは、お父さんとそういうお話もするんだねえ」
暁先生は、余程この子のことを信頼しているんだろうなとももは思う。
「あ、えっと……お父さんとお母さんがご飯の時に話しているんです」
「へ、へえ」そういうことか、とももは小さく頷いた。
ご飯の時にも仕事の話を……仕事熱心だなあ。それに、その話をちゃんと聞く奥さんもさすがって感じかも。
「スイちゃんのお母さんってどういう人なの?」
ももと反対の窓側に座る愛李は、首を傾げながら尋ねる。
その問いにももは眉をピクリと動かし、水蓮の返答を待った。彼女が抱える母親との問題がわかるかもしれない、と。
「優しくてかっこよくて、すごく素敵な人。バイオリンもとっても上手いの!」
「そうなんだあ! 会うのが楽しみ」
思っていたよりも良好な親子関係のように感じ、ももはひとまずほっと胸を撫で下ろしていた。
「お母さんも愛李とももちゃんに会うのを楽しみだって言っていましたよ!」
「え!? 私のことも?」
唐突に名前を呼ばれ、ももはきょとんとした顔をする。
「はい! お父さんの知り合いだって聞いているから、お礼をしなくちゃって言ってました!」
まさか、水蓮ちゃんのお母さんが私にそんなことを思ってくれていたとは――そう思いながら、ももは嬉しそうな顔で微笑む。
「それと。ミケさんも喜ぶからって!」
「ミケさん?」
ももが首を傾げていると、愛李は身を乗り出し、
「スイちゃんのお家の猫さんじゃない?」
と笑顔で水蓮に尋ねた。
「そう! ももちゃんが来たら、ミケさんが喜ぶんだって!」
「へえ、そうなんだ」
うさぎと猫の相性って良かったかなあ?
ももはそんなことを考えながら視線を窓の外に向けた。たくさんのビルが次々とももの視線を横切っていく。隣に居る水蓮たちはこの日の授業であったことを楽しそうに話しているようだった。
それからふと、隔離事件で移送されていた時のことを思い出し、ももは眉をひそめる。
知らない街の風景。次々と移り変わる景色。
どこへ連れて行かれるのかわからない、漠然とした不安が蘇っていった。
大丈夫だよね。少しお話するだけだもの。きっと悪いことにはならないよ。
それから車はビル街を通過し、ひっそりとした緩やかな坂道を登っていく。
そしてワゴン車に揺られること三十分。ももたちは水蓮の家の前に到着した――。
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