第4話ー⑤ おしゃべり猫と気になる少女
『しかし暁にはもったいないくらい、奏多は本当にできた人間だよ。あの子が……水蓮が今の水蓮でいられるのは、奏多のおかげでもあるからな』
『その話は聞いても?』
『私から聞いたことを口外しなければ』
『じゃあ、よろしくお願いします』
それからももは、水蓮が三谷家の養子になるまでのことや前の施設でどう過ごしていたのかをミケから聞いた。
幼少期に『石化』の能力が誤発動したことで、無意識に両親を殺めてしまった過去。
当時のS級クラスの施設で、施設にいた子供たちと楽しそうに過ごしていた姿。
ももたちが隔離事件に巻き込まれていた時、再び誤発動した『石化』で奏多も両親たちのように殺めてしまいそうになったことなど――。
『私たちが隔離されている間に、そんなことがあったんですね』
水蓮が母親である奏多と何かあるだろうことは分かっていたももだったが、思っていた以上の内容に少し困惑した。
彼女はあんなにも明るく、キラキラしているのに。
ももは水蓮の綺麗な碧眼を思い出す。
宝石のように輝く瞳。気が付くと、その輝きに吸い込まれるように目が離せなくなっているのだ。
あの瞳は彼女の内面の美しさを表しているのかもしれない。
残酷な過去の経験から彼女の原石が生まれ、様々な出会いと別れで研磨されていき、いつしか美しい輝きを放つようになったのだろう。
『そういえば、帰ってからだったな。暁が学校を創りたいと言ったのは』
ミケの言葉で我に返るもも。そして、面接時に暁に言われたことを思い返していた。
――ももや裕行と出逢わなければ、学校を創ろうなんて思わなかったから。
私はただ甘えていただけなのに。それが暁先生の中できっかけになっていたのは嬉しかったな。
『面接の時に聞きましたよ。私や裕行君がきっかけだって』
『はは、そうか』
『言ってもらった時は嬉しかったけれど、今思えばすこし大袈裟なような気もしますね』
優しい暁先生のことだから、私に気を遣ってくれたのかもしれない。
ももはそう思い、苦笑いをする。
『そんなことはないさ。暁は素直な奴だから、思ったことをそのままお主に伝えたのだろう』
『そうだといいですが』
『――うさぎの子よ。私は、水蓮のことも暁のこともお主に頼むことにする』
ミケは唐突に改まった口調でそう告げた。
『え?』
その唐突さに、ももは思わず目を丸くする。
私に、なんて――?
『お主に二人のことを頼むと言ったのだ。私は学校へはいけないし、暁たちと会話をすることができない。個々の悩みを聞くことができても、解決してやることはできないから』
さみしそうにミケはそう言った。
『私に何ができるでしょう』
周りに甘えてばかりで、一人では何もできない私に――。
『水蓮の友人でいてくれるだけでもありがたい。いつも水蓮の周りに誰かはいたが、同年代の友人はいなかったからな。だから、水蓮はずっと一人だった。もう水蓮の寂しそうな顔はみたくないんだ』
彼はずっと水蓮のことを見守ってきたのだろうと、ももは直感的に思った。
誰よりもずっとのそばにいた存在。だから彼女に親心を抱いているのだと。
『それと暁も突っ走ってしまうところがあるから、誰かが見ていてやらないと危なっかしいときがある』
確かに、暁先生はそういうところがあるかもしれないなあ。
隔離事件の時。建物から逃げ出してすぐに一人でどこかへ飛んで行ってしまう背中を見ながら、心配したことをももはふと思い出した。その少し後に、黒幕だった当時の総理大臣と対峙していた映像を観たことも。
無事に帰ってきたからよかったものの、かなり危険な行為だったと記憶している。
ミケさんは、暁先生のこともまだまだ手がかかる子供のように思っているのかもしれない――。
『なんだか、ミケさんの方が父親みたいですね』
ももは肩を揺らして、クスクスと笑った。
『水蓮ちゃんのことは承りました。でも、暁先生のことは心配いらないんじゃないですか?』
『そうか?』
『ええ。だって、今は素敵な奥様がいますからね』
ももはキッチンに立つ奏多に目をやる。皿洗いを終え、今は何かを刻んでいるような音がしていた。
『それもそうか』
『ええ。それに――』
ミケに視線を戻すもも。ミケはきょとんとしたような顔で目を見開く。
『ミケさんがこの家にいれば、暁先生も相談しやすいと思いますよ』
『ははは、そうだと良いと思うよ』
「よし。じゃあ、私はさっそく」ももはそう言いながら立ち上がる。
すると、奥のキッチンから奏多が顔を出し、「もういいのですか?」とももに尋ねた。
「はい! お気遣いありがとうございました。たった今、ミケさんから水蓮ちゃんのことを頼まれたので」
ももは微笑みながら、ミケを見下ろす。
「そうなんですね。それでは私からも――水蓮のことをよろしくお願いします」
そう言って奏多は微笑んだ。
「はい、もちろんです!」
ももは満面の笑みで奏多に返し、水蓮の部屋の場所を聞いてからリビングを後にした。
彼女も彼女なりに抱えていた。母親との関係や能力をきっかけに失われたもの――
「裕行君と約束したよね。そういう子を救おうって。味方でいようって」
ももは二階に上がり、奏多に教わった部屋の扉の前に立って、「ふう」と一息ついた。
「水蓮ちゃん、入るよー」
そう告げ、ももは水蓮の部屋の扉を開ける。
「あ、ももちゃん! 待っていましたよ」
宝石のようなキラキラした瞳がももの双眸をまっすぐに見つめた。
「ごめんね、遅くなって」
「いいのです! 今、愛李とトランプをしようって話していたんですよ! ねえ?」
「ねえ?」
水蓮と愛李はお互いの顔を見ながら、ニコッと笑う。
「だから、ももちゃんも早くこちらへ」
水蓮と愛李に笑顔で手招きされたももは、そのまま部屋の中へと入っていった。
そうだ。この笑顔を守るために、私は彼女の隣にいよう――
ももは隣に座る水蓮を見つめて、そう誓ったのだった。
翌日、夜明学園第一期生教室にて――
ももは、昨日水蓮の家であったことを裕行に話していた。もちろん約束した水蓮の過去は伏せて、ミケのことについてだけ説明している。
「おしゃべり猫?」
裕行は首を傾げた。
「うん! 今度、裕行君も行こうよ。ミケさん、裕行君とも話したそうにしてたよ」
「そうか……でも、猫は毛が服について気になりそうなんだよね……」
ため息交じりに裕行は答える。
「ああ、そうだったね。でも、また何かの機会があったら一緒に行こうよ!」
「うん」
ももたちが話していると、教室の扉が開いて、水蓮と愛李が一緒に入ってくる。その姿を見るなり、
「水蓮ちゃん、愛李ちゃん! おはよー」
ももは水蓮たちに声を上げた。
「おはよう、ももちゃん!」「おはよー!」
水蓮と愛李がそれぞれ返す。それから水蓮たちは机に鞄を置くと、ももと裕行のところへやってきた。
「裕行君もおはようございます!」「おはようございます!」
「う、うん。おはようございます」
水蓮たちと面と向かって話をしたことのない裕行は、どぎまぎした様子で答えていた。
そんな裕行を見て、ももはクスクスと笑う。
「もう、照れちゃって! 朝から女の子に囲まれて、裕行君は幸せだねえ」
「え!?」
ぎょっとした顔でももを見つめる裕行。
「こういうの、ハーレムって言うんだよね! お兄ちゃんとアニメで観たよ!」
愛李は自慢げに腰に手を当てて言った。
「えええ、そんなつもりはないんだけどなあ」と困った顔で裕行はため息を吐いた。
「裕行君、ドンマイです!」
そして楽しそうに笑う水蓮を見て、ももは笑顔になる。
やっぱり水蓮ちゃんの笑顔は素敵だ。見ているこっちまで、心がキラキラするんだもの。私はこれからこの子と一緒に、どんな思い出を作っていくのだろう――。
一生の友人との出会い。ももはそんな予感がしていたのだった。
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