第2話ー④ 事件前後
――宇崎家にて。
自宅前に着いた送迎車から降りたももは、運転手の人にぺこりと頭を下げてから玄関に向かった。
「ただいま」と言いながら家に入ると、玄関口で待っていた父が喜色満面にももを出迎える。
「おかえり、もも。よかった。本当に心配したよ」
そう言って父はももをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、パパ」
暁先生たちとお別れしたのは寂しかったけど、でもパパにまた会えてよかった――ももは父の胸に顔をうずめながら思う。
それから母の姿が見えないことに気づいたももは、「ねえ、ママはどうしてる?」と顔を上げて父にそう尋ねた。
もしかしたら、ももを黒服の人に渡したことを後悔して寝込んでいるかもしれないよね。ももはそんなことを思ったのだ。
「ああ。たぶん部屋かな。そのうち顔を出すよ」
しかしその後に顔を出した母は、ももを抱きしめることも心配していたと声をかけることもなかった。
そんな母の態度に、ももは胸がちくりと痛む。
やっぱりママにとってももはいらない子なのかもしれない、と。
もう、大好きだったママはいないんだ――。
帰宅して三日後。ももは再び学校に通い始めた。
みんな心配してたかな――そんなことを思いながら、ももは教室の扉を開く。
すると教室にいた児童たちが一斉にももの方を向き、目を丸くしていた。
どうしたのかな? ももが今日から来ること、先生が伝えていなかったとか?
ももは首を傾げつつも自分の席に行き、ランドセルを下ろした。
「おはよう、ななかちゃん!」
前の席に座るななかへ声をかけると、ななかは顔をしかめながら振り返る。
「お、おはよう」
どうしたんだろう。それに――
ももが教室内を見回すと、クラスメイトたちはももから目をそらし、こそこそと内緒話をしていた。
今まで仲良くしていたクラスメイトたちが、どこかよそよそしくなっているように感じる。
「本当にみんな、どうしたの……」
――昼休み。昨日観たテレビの話をしようと、ももは教室の後方で別の女子児童と話しているななかに歩み寄った。
「ねえ、ななかちゃん――」
「ああ、ごめん。アタシ、先生に呼ばれてるんだった。ご、ごめんねー」
ななかはそう言ってそそくさとももの前から姿を消した。それからななかと一緒にいた女子児童もどこかへ行ってしまう。
その場に一人、取り残されたもも。地球上から自分以外いなくなってしまったのではないかと思うような孤独を感じた。
どうして。ねえ、なんで。今までずっと一緒にいたのに――。
「ああ、そっか……」
ももはななかが去っていった方を見つめて、ぽつりと呟いた。
変身系能力者に向けられていた疑いは晴れたものの、世間ではまだ風当たりがきついことをももはこの時に察した。
ももはみんなとは違うんだ。だから――仕方がないんだ。
ももは自分の席でぽつんと一人座りながら、楽しそうに話すクラスメイトたちを眺める。
前まではあの場所にいたはずなのに――今まで当たり前にいたその場所が遠く感じた。
暁先生、会いたいよ。
そう思いながら俯くももの頬には、涙が伝っていたのだった。
それから数日――ももは学校に通わなくなった。
勉強用のタブレットはももの手元にあったため、学校側は在宅学習でも問題ないとももとももの父に伝えていたのだった。
学校は子供たちの王国だ。その王国の平和を揺るがす存在を認めることはできなかったのだろう。
だから先生たちはもものことを排除したかったんだろうな――学校からの伝達を受けたももは、自分の部屋のベッドで寝転がりながらそう思っていた。
そしてももの在宅学習が始まると、母の様子が少しずつおかしくなっていった。深夜に奇声を上げたり、わけもなく突然泣き出したり。母の精神は明らかに崩壊していたのだ。
そんな日常が続いたある日のこと。
「もも、ママは入院することになったんだ」
ももは父から唐突にそう告げられた。
「そっか」
父からのその言葉に動揺することなく、淡々と返す。それは時間の問題だとももも思っていたからだ。
「もものせいじゃないからな」
父はそう言ってももの肩をぽんっと叩いたが、そんな気休めの言葉にももが安堵することはなかった。
もものせいじゃないはずがない、と自分でも分かっていたからだった。
「このままじゃママだけじゃなくて、パパも壊れちゃうかもしれない……」
ももは顔を両手で覆いながら呟く。籠っている自室の電気はついておらず、指の隙間から光が差すことはなかった。
背後からゆっくりと迫る闇はその身体を徐々に覆っていく。もう光を見ることはないかもしれない、ももはそんな不安を抱いた。
「どうしたらいい。ねえ、うーたん。教えてよ。ももはこれからどうすればいいの。もう嫌だよ。辛いよ、苦しいよ……」
ももは机に突っ伏し、声を殺して一人で涙を流したのだった。
それから鬱々とした日々を過ごしていたある日のこと。ももは偶然目にしたウェブの記事に目を奪われた。
――能力者制度の撤廃と『
発案者の名前に『三谷暁』の名前があったのだ。
「これ、暁先生が学校を創るってことだよね」
ここに行きたい――それは直感的に思ったことだった。
それからのももの行動は早かった。父にこの件を伝え、生徒募集が始まった途端に願書を出したのだ。
そして、待つこと数か月。ついにももは入学試験の日を迎える――。
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