第2話ー⑤ 事件前後

 入学試験は都内にある『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の関連研究機関で行われる。

 学校創設の資金援助をしたのがこの研究機関だというのは有名な話であり、かつて三谷暁が過ごした場所だということも多くの人に知られていた。


「同じような廊下が続いて、迷子になりそう……」


 ももはどこまでも続いている真っ白な廊下を、ため息交じりに呟きながら歩いていた。「受験生の方はこちら」の看板がなければ、とうに迷っていたことだろう。


 何度目かの「受験生はこちら」の看板が目に入り、指示された矢印の方向へ曲がると、少し先に受付用の簡易的なスペースがあった。

 そして、そこに立つ男女を見て、ももははっとする。少しだけペースを歩く速めて受付の前まで行くと、


 やっぱりこの女の人――そう思いながら、ももは恐る恐る声を掛けた。


「優香ちゃん?」


 ブラウンの髪ときりっとした表情。前とは違ってカジュアルスーツを着用している女性。ももは彼女が糸原優香に似ていると感じたのだ。


「うん、そうだよ。少し背が伸びたね、ももちゃん。久しぶり」


 優香は以前と変わらない優しい笑みで答えた。


 その顔を見たももは、懐かしさと安堵の気持ちから目尻を湿らす。


「久しぶり、です……ずっと、会いたかった」


 ももは目を拭いながらそう言って、優香を見た。


「私もだよ。それと――」


 優香はそう言いかけて、受付より先にある方へと視線を向けた。


 きっとあの先に暁先生がいるのだろう、とももは察し、その方を見据える。


 ――必ず、合格する。そしてまた暁先生と一緒に過ごすんだ。


 と真剣な表情でももは小さく頷いた。


 それからももは優香がこの研究機関の職員であることと、受験者名簿を見た時からこの受付を担当したいと上司に掛け合ったという話を聞かされる。


「じゃあ、私と会うために……?」


「そうだよ」


 そう言ってニコッと微笑む優香を見て、ももはまた目を潤ませた。

 これから面接なのに、とその目を拭う。


「でも本当に大きくなったね。なんだか色気が出てきた? 服装もだいぶ変わったしね」

 

 試験時の服装は自由だったこともあり、ももはこの日のために普段は絶対に着ない清楚な白のブラウスと、茶色のプリーツスカートを購入していたのだ。

 当初は通っていた学校の制服で来ようかと迷っていたが、私服で受験をすると決めたため、なるべくちゃんとした子に見えるような服装を選んだのである。


「あはは、さすがに面接でフリルの服を着てくる勇気は――」


「昔は暁先生にべったりくっついて離れなかったももちゃんが、こんなに大きく」


 感慨深そうにそう言いながら、優香は「うんうん」と頷く。


「そ、それはまだ私も子供だったというか……」


 ももは赤面しながら答えた。


 まあ、まだ子供なんですけど……と内心で思う。


「そうか、そうかあ」


 ニヤニヤと笑う優香を見て、今度は何を言われるのだろうとももはヒヤヒヤしていた。


「もう優香。そんなに意地悪したらこの子が可哀相だよ」


 優香の隣にいる青年が、困り顔で優香にそう告げる。


「えー。まあ、そうね。緊張をほぐそうと思ってちょっと意地悪言っちゃったかもしれない。ごめんね、ももちゃん」


「そうだったんだ。ありがとうございます、優香ちゃん」


 ももはぺこりと頭を下げてから、笑顔で優香を見た。


 優しくて、ちょっぴりユーモアで。やっぱりももにとって優香ちゃんは、頼りになるお姉さんなんだ――。


「じゃあ面接、頑張ってね! 心配ないと思うけど」


 優香はそう言って微笑んだ。


「はい!」


 そしてももは受験票を優香の隣の青年に渡す。その時にちらりと青年の顔を見て、なんだか見覚えのある顔だなとももは思った。

 しかし、自分がいつその顔を見たのかをすぐに思い出すことはできなかった。整った顔立ちをしていたこともあり、きっと芸能人の誰かと勘違いをしているのだろう。


「頑張ってくださいね」


「はい、ありがとうございます」


 ももは青年へ丁寧にそう答えて、先へ進む。少し歩いてから後ろを振り返ると、優香とさっきの青年は楽しそうに話していた。


 きっとあの人はただの仕事仲間じゃないんだろうな――そう思いながら、ももは前を向き、再び歩き始めた。


「また会う機会があったら、聞いてみよう」


 そのために必ず試験に受からなくては。ももは真剣な表情で、受験者用の待合室へと向かったのだった。

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