第9話 そこに愛は、あるんか?
首をコテンと傾け、きょろきょろと不思議そうな顔をして辺りを見回すサリリ。ふと、彷徨わせていた彼女の視線が一点に集中する。
何かに気付いたようにこちらを凝視しているのだ。
ディスプレイ越しに彼女とガッツリ視線が合ってしまっている。
すると彼女は、可憐な笑顔で「褒めてくれてありがとう。」と俺に話しかけるように小声で囁く。
ヒュッとなった。
彼女の笑顔は本来恐怖を抱くような類のものではない。それは自然と人を惹きつけ笑顔にするような、まさにお日様の様な温かい雰囲気のものだ。
だが、この状況とはミスマッチ。
その自然な笑みが今はあまりにも不自然だ。
そして、今この瞬間も「恥ずかしい所、見られちゃったな。」なんてセリフと共にテヘぺろ、とその笑顔をこちらに向けてくる。
味わった事のない恐怖に晒され、咄嗟に「サリリちゃん可愛いなぁ。」とご機嫌取りに走った俺は全然悪くないはずだ。
悪くないだろ?
文句があるならお前も味わってみろよ!
彼女はまたも「ありがとね。」とそれはもう見惚れるような笑顔で返してきた。
彼女の立つ位置、そして視線は俺の方に向きつつも、ダイに話しかけているかのような位置でもある。場所まで計算した上での言動だとすれば、なおに怖気が走る。
それを証明するかのように、ダイは自分が礼を言われたと思ったのか、どういたしまして等と照れながら俺からすれば寝惚けた事を言っていた。
違う。その“ありがとう”は俺に言ったんだ……。
だって……。
モニター越しに完全に目と目が合ってんだぞ?
こんなのもはやホラーだろ……。
もっと褒めるのでどうか、勘弁して下さい。
「もうそんなにランクを上げたんですか?随分ハイペースですね。」
背後から急に話しかけられ、ビクッとなる。
このタイミングで俺の背後に立つな!
怖いだろうが!!
「ジョーダンさん。驚かせないで下さいよ。」
つい今しがた体験したホラーと相まって、卒倒するかと思った。
「いやぁ。ユーザーさんには適度な休憩をオススメしていますので、そろそろ頃合いかと思いお声掛け致しました。もし良ければ少しお話しませんか?」
そう言えば、没頭していて気付かなかったが、いつの間にか七時間程経過していた。
「良いタイミングで来てくれました。聞いて下さいよ!」
ゲームを一時停止して、今迄起こった事をジョーダンさんにかいつまんで話す。
「あー、魔法少女ですかぁ。彼女らはどの生物よりも扱い難いようでいて、実際には非常に扱いやすく上級者ユーザーさんには好まれますね。」
「その心は?」
「存在強度が1,000,000を超える魔法少女は、その天才的な頭脳と魔法によって、ユーザーさんが干渉するとこちら側に気付いてしまいます。今回は称号を与えた事がきっかけでしょうね。
えーと、私は科学文明出身なので魔法文明には明るくないのですが、魔法は個人の才覚で何でも実現できますので、存在強度の高さによっては下手な科学文明を軽く凌駕する程の事が出来てしまいます。
ただ、システム内の存在はどうあがいても世界を創造した相手を害する事が出来ないようになっていまして、彼女らはその事にさえ魔法によって気付きます。ですから、ユーザーさんに気付いた魔法少女は、全力で媚びてきます。それはもう、媚びっ媚びです。」
「え? 媚び……?」
「ええ……。信じられない程に何でも言う事を聞きますよ。死ぬ以外の事なら本当に何でも。創造神がどういった存在なのかを彼女らは良く理解していますから、絶対に機嫌を損ねるような事はしません。
しかも媚びる為だけに創造神の持つ知識もある程度備わって生まれてきます。例えば大五郎さんがシステム内に降臨し、会話をすれば大抵の話題についていく事ができますし、俺たち付き合っちゃおうぜ! とチャラ男風に言えば、こちらが恥ずかしくなるくらいのラブい彼女になってくれて大喜びで体を差し出しますよ。
チョロインも裸足で逃げ出す程のチョロインですね。」
なん、だと……。
「先程、彼女があなたに話しかけたのも恐怖を与える為ではなく、全力で媚びていただけでしょうね。」
ああ、少しだけ安心した。
現金なもので、そんな話を聞くと俄然興味が湧いてくる。
魔法少女ってもしかして最高か……?
ただね……。と前置きをして、ジョーダンさんが話を続ける。
「気を付けてもらいたいのですが、あまりにも彼女らが可愛すぎて骨抜きになるユーザーさんが多数いらっしゃいます。ユーザーさんの中には彼女無しではいられないと、魔法少女と結婚してしまう方がいるのですが、それがユーザーさんにとっては本当に幸せなのか、難しい問題です。」
「何故です? そんな子と結婚出来るなら嬉しいじゃないですか。」
「彼女らと結婚した人間は彼女らを愛するが故に、果たして魔法少女が媚びているだけなのか、それとも本当に自分を愛してくれているのか。いつか必ず疑問に思う事でしょう。
そして、それは誰にも分かりません。もしかしすると、そんな彼女ら自身でさえも……。彼女らに愛があるのか無いのか、魔法少女愛好家にとっては永遠の命題です。」
ああ……。またいらん不安がこみ上げてきた。
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