第23話 あの約束をもう一度
譲る?
私が彼を?
そもそも私は、彼を譲るなんて判断が出来るほど、大層な立場の人間じゃない。
でもなんだ、このしっくりこないモヤモヤは。
「だってそうでしょ、彼は用心棒。お姉様がもう雇えなくなるなら、私が雇っても問題ないのよね?」
「それは……」
それはもちろんそう。
なのに心には氷のような冷たい刃の突き刺さる感触。
何故なのかは分からない。
今までならリリィのどんな我儘も、めんどくささが上回って容易に許容していたっていうのに。
「ねえトリュス。あなたもそれがいいと思わない? 無一文のお姉様より、私の方がきっとあなたも幸せよ」
ぐいぐいと可愛らしくおねだりするリリィ。
生き生きとした微笑みを浮かべる彼女に対して、何故か私はこんなにも具合が悪い。
「いいわよね、お姉様?」
リリィが迫った。
ならば、私は答えなくちゃいけない。
「いっ……いいわ…………よ」
私はカラカラになった喉の奥から声を絞った。
「ああ、よかった! じゃあトリュス、あなたはこれから私の用心棒に……」
「断る」
それはたった一言だった。
私ももちろん驚いたけど、もっと驚いていたのはリリィだった。
「冗談でしょ? ……分かった。今の賃金の五倍、いいえ十倍出すわ!」
「興味ない」
「し、仕事も全然頑張らなくていいし、なんなら私と遊んで暮らしていたっていいわ!」
「却下。俺はそういう交渉全部ひっくるめて、お断りしますって言ってんの」
「え? は? どうして? なんでなの??」
引きつったように歪むリリィの口角。
今にも泣き出しそうだ。
彼女の気持ちはよく分かる。私も「なんで?」って思ったから。
「だーかーらーなんでって、そんなの『嫌だから』に決まってるだろ。なんでも自分の思い通りにいくと思うなよ。全く、これだからお貴族様ってのは嫌いなんだ」
「そ、そんな綺麗事言って」
彼女はキッと私を睨んだ。
「お姉様は無一文なのよ! あなたとの関係はそこで終わりじゃない!!」
その通り。
財産も失われてしまった今、私が彼を引き留めるものは何もない。
いよいよ彼も、折れてしまうだろう。そう思った時だった。
「関係が終わりね……よーし分かった。じゃあこうしてやろう。なあ、エイミー」
「……何?」
私は彼の顔を見上げる。
彼は不思議と、笑っていた。
彼が私の肩を抱く。そして一言。
「紹介しよう。彼女が俺の婚約者です……だよな?」
え?
「は? お姉様が?」
私が?
彼の婚約者?
私は口をぽっかりと開けた。
彼の瞳が言っている。
『さあ、お前はどう答えるんだ?』と。
「私……」
もちろん真実は『No』である。
でもこの場合、その答えは、もう決まっている。
「ええそうね。本当にそう」
私は小さく息を吸った。
「私が彼の婚約者よ」
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