第15話 見様見真似は危険です!!


 その日は昼間から慌ただしかった。


「ああ、これ。イチゴの汁だな」


 イチゴの汁?

 何をすれば一体そんなところに付着するんだろう。背中って。イチゴを背に誰かを庇ったわけじゃなあるまいし。


「脱いで!」

「やめろ!」


 シミになったら大変だ。

 屋敷に住んでいた時もよくメイドさんがそんな事を言っていた。


 だから私は彼の拒絶などお構いなしに、服を剥ぎ取ったのだ。


===


 浴室にて。


「よし、これで大丈夫」


 洗濯。メイドさんが普段やっていた作業を見よう見真似で実践する。

 今日は外は寒いので、家の中でいいだろう。


 用意したのは大きな桶にたっぷりのお水。

 えっと、後は何だったかな。


「あ、そうそう。洗剤!」


 この間買ってきた洗剤の箱を運ぶ。後はその量。


「量か……」


 正式な量は書いてある。一回につきスプーン2杯。

 でも、あんなにはっきりシミが付いちゃったし、それでキチンと汚れが落ちるか不安だ。ちょっと多めに入れようか。


「おい、いつまでやってんだ?」


 浴室の扉が開いた。

 立っていたのは半裸の男。


「あ、えっ、トリュス!」

「いつまで経っても戻ってこないから、どうしたのかと思った。何か困りごとか?」

「ち、違う!」


 私はとっさに嘘をついた。

 で、どさくさに紛れて洗剤を入れた。

 どぼどぼどぼと鈍い音。まあ、これだけ入れれば大丈夫なはず。


「ふーん……」


 トリュスがちょこんと私の隣に屈んだ。

 もしかして、怪しまれてる!?


「あーあ、早く綺麗にならないかしら?」


 とりあえず、メイドさんの姿を思い出し、洗濯物を無我夢中でごしごしと擦った。

 私は怪しくない、怪しくないですよっと。


「なあ」

「な、何?」

「この間の男だけど」


 よかった、洗濯のことじゃない。


「あ、ああ、アレンのこと」

「復縁とか言ってたよな」


 そういえば、正式に彼には説明していなかったかもしれないな。多少事情を話しておいた方がいいだろう。


「……婚約者だったの」

「だったってことは」

「婚約破棄。向こうが、私の妹と結婚したいから破棄してくれって」

「なんだそれ、酷い奴だな」

「でしょ」


 私は擦る手により一層力を入れた。


「で、私は彼から財産の七割を貰って別れた」

「……お前も大概凄い奴だな」


 そこはノーコメントで。


「だからこうして家まで買って、一人で生きる用意が出来たんだけどね。でも彼、今になって『自分も自由な生活がしたいから、このお金でよりを戻して一緒に生活しよう。その為に家出してきた』って言うの」

「なんかとんでもない奴だな。同情するよ」

「ありがとう」


 彼のその言葉だけで随分救われた。

 それが例え、一時の気休めだったとしても。


「あの、もしこの先関わるのが辛くなったら、その時は」

「言ったろ、俺は用心棒。最後まで働く」


 やっぱり彼はいい人だ。

 もこもこと膨らんでいく泡を眺めながら、私はぼんやりと考えていた。


「それにしても、なあ」

「何?」

「これ、泡多すぎじゃないか?」

「…………そうね」


 もこもこもこもこもこもこもこ。

 いつの間にか泡は増殖し、浴室いっぱいに広がっていた。

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