第16話 初々しい場面は消失しました

 

「何やってんだよ!」

「仕方ないじゃない。初めてなんだから!」

「初めてってお前、一体今までどんな生活……」

「いっ、いいから、シャワーのレバーを探して! 見つけたら捻って、早く」

「分かってるよ」


 怒号飛び交う浴槽内。

 泡のせいで視界が悪い。


 私達は手探りでお湯の出るレバーを探していた。


「確かこの辺なんだけどな」


 まさかこんな事になるなんて。

 ちょっと洗剤を多く入れただけで、ここまで泡が膨らむとは、まるっきりの想定外だった。こんな事ならメイドから、お洗濯のやり方くらい聞いておくんだった。


 反省と後悔、少しの疑問を交えながら手を伸ばす。

 更に前かがみになって、右手を奥へとかざした瞬間、その手に何か違った感触を感じた。


「!」

「あ、あった!」


 それはほぼ同時だった。


 二人が触れたもの、それはお湯の出るレバー及び互いに伸ばしたその片手。

 もちろん二人はそれが互いの手である事は気付いていた。けれど、そこですぐさま手を引っ込めるほど初心になりきれるはずもなかった。


 私達は手を重ねたまま、遠慮なく早急にそのレバーを押し下げた。


 ざばばばば。

 お湯が一気に降り注ぐ。


「うおっ」

「冷たいっ」


 こうしてそこに、びちょぬれになった男女の姿が出来上がったのだった。


「最っ悪だな」


 手で顔を拭きながらトリュスが言う。


「これならいっそ服だけ洗濯なんて言わずに、風呂に入った方が良かった」

「……」

「今どき、喜劇でもこんな展開見たことない」

「……ごめんなさい」


 もはや謝罪しか出来ない私はただ静かにその言葉を述べた。


「全く、洗濯も出来ないなんて、どんな箱入り娘なんだか」

「……公爵令嬢です」

「は?」

「公爵、令嬢です」


 これ以上、彼に迷惑をかけるべきではない。

 そう思った私は、今度こそ、本当に全てを打ち明けた。


「エイミーお前……本当に公爵令嬢なのか?」


 目を丸くして、恐る恐る訊ねる彼に、私は黙って首を振った。

 これで変人のアレンや妹のリリィの仲間入りである。


「どおりでな」

「……ちょっと待って、どおりで?」


 私は首を傾げた。

 それはおかしい。


「それじゃまるで、元から私が変わりものだったみたいじゃない」

「何言ってるんだ。変だっただろ、元から」

「!?」


 そんな馬鹿な。

 普通の人として振る舞うようにしていたのに、最初から私は変だったのか。


「じゃなきゃ家を花屋で一括購入したり、洗剤で泡を大量生産したりしないって、普通は」

「……」


 ぐうの音も出なかった。


「さてと、それでこれからどうするかだけど……とりあえず、タオルでも貰えるか」


 そう言って彼は手を振り払った。

 びたびたと雫が弾け、飛散する。

 替えの洋服がある私はともかく、彼は確かにこのままじゃ風邪をひいてしまうだろう。


「ええ、そう。そうね、今用意する」

 

 私は浴室の扉を開けた。



「何をしているんだ、君たち……?」


 驚愕する顔。

 そこにはアレンが立ち尽くしていた。

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