第5話 手をひいてエスコートは……しない!
次の日。
私は家を売ってくれた店に再び足を運んでいた。
「すみませーん」
「はい、いらっしゃい……ってなんだ昨日のお嬢さんか」
出てきたのは、昨日私に家を売ってくれたり、夕飯の材料を売ってくれたりしたあの禿頭の老人だ。
彼はシパシパと瞳を瞬きながら、ゆっくりと私に尋ねた。
「今日は何が欲しいんだい? さすがにもう、家は無いよ。それに食材だって……」
「家はもう大丈夫。食材は欲しいけど……今はそれより人が必要なの」
「そうかなるほど……ん、人!?」
「そう、人。用心棒が必要なの。紹介してくださるかしら? お金なら、知ってる通り沢山あるわ」
私がそう言うと、老人は苦い笑みを浮かべた。
「やれやれ全く、お嬢さんは一体何者なんだろうねぇ」
「どこにでもいる一般人かしら」
「一般人、ね……」
老人がまじまじと私を見つめる。
でも嘘はついていない。
婚約破棄されて家を出た元公爵令嬢、それは即ち一般人であることに変わりはない。
「お嬢さん」
彼が急に真剣な眼差しでこちらを見つめる。
なんだろう、ばれてしまったのだろうか。私の出自が。
そして、そんな女性に売るものなどないと、遠ざけられてしまうのだろうか……。
「なん……でしょうか?」
恐る恐る彼に応える。
「前から言おうと思っていたけど」
「いたけど……」
少しずつ鼓動が早くなる。
これが吊り橋効果なら、この禿頭の老人と恋が芽生えてしまうところだ。
「実はうち、花屋なんだ」
「……あら?」
見上げると、確かに看板にはでかでかとフラワーショップと書かれていた。というか、実際、店内にもあちこち花が飾られている。
「花を売る、お店?」
「そうだよ」
「お店の内装の一つじゃなくて?」
「内装でこれだけ凝っていたら、店の経営が続かんよ」
「そういうものかしら」
「そういうものだよ」
私が知っているお店って、言えばなんでもその通り要望の品を出してくるお店ばかりだったから、そういうものだと思っていた。
そうか、これが一般的な店なのか。
「だからうちじゃなくて、人材紹介所に……あ、いやちょっと待った」
「?」
彼はそう言って、店内の奥にある部屋を覗き込んだ。
「そういえば今日はうちに、暇してるやつが一人いてね。おーい、トリュス」
「なんだよ、爺さん」
奥から出てきたのは私と同じくらいの年の青年だった。
すらっと背が高く、店主とはあまり似ていない綺麗な顔立ちをしている。
「このお嬢さんに、腕っぷしの強いの何人か紹介してやりな」
「え、面倒くさ……」
「トリュス」
「はいはい」
寝起きのような虚ろな瞳がこちらを見つめた。
随分とやる気の無さそうな人だな。
「こいつは孫のトリュス。まあ色々あって、今はこうしてロクに働かず、うちでゴロゴロしてる身だ。よかったら案内役に使っておくれ。この街はあまり知らないんだろ?」
「ええ、知らないわ」
正真正銘、昨日この街を訪れたばかり。縁もゆかりもない一人暮らしの初心者である。
「うん、じゃあ丁度いい。頼んだぞ、トリュス」
老人が彼の背中をポンと軽く叩いた。
「よ、よろしくお願いします」
「ん」
不愛想な返事。
今まで同年代の男の人といえばアレンくらいしか接しなかったから、ちょっと新鮮かもしれない。怖いけど。
「というか、あんた」
「エ、エイミーです」
「エイミーは、どうして花屋で人を探そうと思ったんだ?」
「それは」
言えない。
基本箱入りで、家の外に出なかったから、一般的な街の店がどんな風になっているかを知らなかったなんて。
助け舟欲しさに店主を見つめるが、彼もトリュスを同じことを思っているのか、肩をすくめて様子を伺っていた。こんなことになるなら、もう少し、外の世界について勉強しておくんだった。
「まさかどこかのご令嬢でもあるまいし」
「えっええ、まさか」
この男、勘が鋭い。
「ま、いいか。じゃあ案内するよ、行こう」
「ええ、よろしく」
私は彼に手を差し出した。
「え?」
彼が動きを止め、不思議な顔を浮かべている。
私の手はいまだ一人のままだ。
「え?」
あれ、何か変なことした?
というか、どうして彼は私の手を取ってくれないのだろう。
「あの」
訊ねようとした時だった。
「手」
「手……」
そう、私もその事がちょうど言いたかったのだ。
期待を込めて、私は彼を見上げた。
「俺にどうしろと」
「えっ?」
女性をどこかに案内するときは、こうやって手をひいてエスコートしたりしないのだろうか……あれっ、まさか普通はしない?
「ご、ごめんなさい、何でもないわ」
その事にようやく気が付いた私は、慌てて手を引っ込めた。
それを見つめてトリュスはボソリと呟いた。
「……変わってるな」
「えっ!?」
この私が変わってる……?
元婚約者のアレンや妹のリリィは変だと思っていたけど、私も彼らと同類? いや、そんなはずはない。私の聞き間違いに決まってる。
「変わってる。本当に令嬢みたいだ」
聞き間違いじゃなかった。
しかもなんとなく、真相に近づきかけている。
「……き、気のせいじゃないかしら?」
すっとぼけたように言葉を返した。
「ふーん」
疑うような視線が突き刺さる。
「気のせい、気のせいよ」
やっぱり自分の身元は黙っていようと心に決めた。
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