第4話 悪人だけど悪人じゃない何か

 

「いただきます」

「いただきます」

「……」

「……」


 ほくほくのジャガイモを口に入れ、その味をしっかりと噛みしめる。うん、上出来。この料理の腕さえあれば、一人暮らしでも何不自由なくやっていけるだろう。それもこれも親切にレシピまで提供してくれたお爺さんに感謝しなくては。


「美味しいね、これ」


 私同様に、目の前の男も満足そうにそれを食べていた。

 当然だ、私が作ったんだから。不味いなんて言わせない……って違う、そうじゃなくて。


「どうして」

「え、何が?」


 私の言葉に男が顔を上げる。一人暮らしであるはずのこの場にいる男と言ったら今のところ一人しかありえない。アレンだ。


「どうしてご飯を食べてるの?」

「どうしてって……お腹がすいたから」

「そうじゃなくて」


 私が訊ねたいのは、『どうして私を捨てた婚約者が、こうしてちゃっかり家に入って、一緒にご飯を食べているのか』という事についてだ。空腹事情なんて正直どうでもいい。


「あなたがうちにいる正当な理由が見当たらないんだけど。私言った? 『うちで一緒にご飯をいかが?』なんて」

「言ってないね。でも理由かぁ……じゃあこうしよう。食材を街から家まで運んだから、そのお礼」


 そういうのって普通、手伝った側じゃなくて手伝われた側が提案するものじゃないのだろうか。なんて図々しい。


「……ねえ、私達、婚約破棄したのよね」


 念のため確認を取ってみた。

 案外これまでの事はすべて私の見ていた悪い夢で、実際にはそんなことは無いって可能性もあるからだ。……いや、無いか。


「そうだね」

「そうだねって……」

 

 やっぱりそんな事は無かった。

 

 それにしても軽い。軽すぎる。

 『今日は天気がいいですね』『そうだね』並に手ぬるい会話だ。会話に全然気持ちが感じられない。万が一にも、『実はそうじゃない』なんて答えを一瞬でも考えてしまった自分が馬鹿馬鹿しく思えるくらいの憎い返答だ。


「だから復縁しようって誘いに来たんだよ」


 で、これだ。


 だからってなんだ。復縁ってそんなお手軽な物だったのか。

 簡単に結婚離婚を切り替えられるスイッチでも付いてたか。

 大体アレンは私と別れた後、うちの妹と結婚したんじゃなかったのか。


「……一応聞くけど、うちの妹はどうしたの?」

「リリィ嬢のこと?」

「そうよ」

「あー……」


 彼は顎に手を当てて、考えるような素振りを見せた。

 悩むことでも無いだろう。自分の新しい婚約相手なのに。

 リリィなんて、アレンと婚約が決まったって、私を全力で煽るほどには大喜びしていたのに。この彼の反応は何……?


「家にいると思うよ」


 あっさりと彼は答えた。


「一人で?」

「一人で」

「この話、知ってるの?」

「知らないよ」


 つまりリリィは、外出した婚約者の帰りを何も知らずに、家でただ待ってるってことになる。

 そして、更に最悪な事がこれから起こる。


「私と復縁したらあの子はどうするの?」

「そりゃ別れるよ」


 これだ。

 結婚して早々婚約破棄を言い渡されるなんて。

 私の境遇よりも最低じゃないか。最低の記録を簡単に塗り替えるのはいかがなものか。


「前々から知っていたけど、やっぱりあなた、ろくでもない男よね」

「えー、そうかなぁ」

「そうよ」


 のほほんと笑った彼は、周りに不幸になるものなどいないと確信する天然お坊ちゃまそのものだった。


 だから私はあの時、妹の問いにこう答えたのだ。


 『あまりいいとは思えないかな』と。


 それは私がリリィに婚約者を奪われたのが悔しいとか、そんな事が言いたかったんじゃない。

 この男と関わってしまうリリィが不憫だと、そう言いたかったのだ。


「いいだろ? 君はこうして僕の財産を貰えて、これから悠々自適な生活が出来るんだし」


 そう言って、彼はウインナーを口に運んだ。


「あ、これも美味しい」

「あなた、ほんと、そういうところよ?」


 罪を罪と感じていない。

 世の中が自分の思い通りになると信じてる。


「婚約破棄なんかされたら、普通は心に深い傷でも負って、最悪の場合、海に身投げだってあり得るんだから」


 私は負けじと、ニンジンを口に入れた。私の作る料理はやっぱり美味しい。

 顔をあげると、アレンがニコニコしながら私の顔を見つめていた。


「何?」

「でも君はこうしてサクッと新しい街に移り住んで、美味しい料理を食べているよ」

「……悪い?」

「悪くない」


 アレンは食べ終えた食器を重ねると、スッと椅子から立ち上がった。


「そんなところが好きだなって」

「は」


 何を言うかと思えば。


「じゃ、そろそろ帰るよ」


 食器を台所に運び終えたアレン。

 彼はさも当然のように玄関へと向かっていた。


「え?」

「ん? 何、エイミー」

「い、いえ。家に泊まるとは言わないんだなと」


 言った後に墓穴を掘ったと思った。

 何故自ら、相手を許容する言葉を。


 けれど、アレンから返ってきた言葉は思いのほか常識的な言葉だった。


「婚約者でもない男が一緒に寝泊まりしたら問題だろ?」

「それも、そうよね」


 本当に変な男。


 それは間違いではないけれど、私の中には何故かもやもやとした気持ちだけが残った。

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