第6話 見つめあってキラキラする展開はどこにいった
「よし、じゃまずはここだ」
「ここ?」
目を凝らしてじっと見慣れないその光景を眺める。
案内されたのは、街から一本道のそれた場所にある薄暗い路地裏だった。その一角にある、傾いた看板を下げる酒場と書かれた場所。
こんな場所は、初めてだ。
「安い金で人を雇いたきゃここだ。多少やる事は荒っぽいけど、その分ある程度の仕事はこなせる」
「へえ、そうなのね」
まじまじと見ると、所々にゴミが散乱していたり、窓ガラスが割れていた。
まるで幽霊屋敷。
「本当に人がいるのよね?」
「当たり前だろ。ほら、入った入った」
トリュスが扉を開けて待っている。
「……分かったわ」
幽霊が出ないことを願いつつ私は建物の中に入った。
「確かに幽霊は出ないみたいね」
中に入ると、あまり身なりがいいとは思えない男達が何人が酒を飲んでいた。
手足が生えてきちんと息をしている。
「さっきから何言ってるんだよ。出るわけないだろ」
トリュスは呆れたようにため息をついた。
「ちゃんとあれだ、用心棒としての腕はあるんだって」
「そうなのね」
私はじいっと彼等を見つめる。
太い腕、傷だらけの体、使い込まれたナイフ。
確かに人相は悪いけど、彼の言葉のとおり、それなりの腕は持っていそうだった。
なら、いいか。
「ここで決めようかしら」
「早っ」
トリュスが驚いたように二度見した。
「えっと、なんだ、いいのか?」
「ええ、こういうのはいいと思った時に決めるべきよ」
欲しいと思ったものは、即決すべし。
それが親から教えられてきた教訓である。
「躊躇とかしないんだな。見た目が怖いとか」
「どうして?」
「どうしてって普通は嫌だとか思わないか?」
「だって、あなたが勧めてくれたんだもの。心配ないわ」
「そう言われると何も言い返せないんだけどさ……」
トリュスは困ったように頭をかいた。
なんだろう。躊躇して欲しかったのだろうか。
それから少しの間を置いて、彼は気を取り直したように顔を上げた。
「……ま、いいや。じゃあちょっと話を付けてやるよ。手持ちはいくらくらいある」
「えっと」
私はバッグに手を入れる。
引き上げると、ずっしりと重い布袋が顔を出した。勿論アレンから貰ったお金だ。
それを見て、トリュスの顔色がみるみる悪くなる。
「昨日爺さんには聞いてたけど、おいまさか、それ全部金貨だって言うんじゃ」
「そうよ? 疑っているの? ほらこれ」
私は中身を一枚つまんで、彼へと差し出した。
正真正銘の金貨だ。
「あ、馬鹿」
「何、馬鹿って」
馬鹿と言われる筋合いはない。
「他が偽物だと思ってるの? 違うわ。全部本物で……」
「そういう事が言いたいんじゃないって。こんなところで出すなって話だよ」
「え、え?? どうして? あ、ちょっ……」
突然、右腕がぐいと引かれる。
掴むのはトリュスの手。
私は彼に無理やり手を引かれ、店の外へと連れ出されたのだった。
「何、なんなの。どういうつもり?」
「それはこっちのセリフだ。あそこで金貨を見せるとか、どういうつもりだよ」
どういうつもりと聞かれても。
「だってあなたが金貨かどうか疑うから」
「普通、出さない。常識だろ?」
「?」
常識なのか。
「……あーもう、聞いた俺が馬鹿だったよ」
「いいえ、別に馬鹿だとは思わないけど?」
「……はぁ、あのなぁ」
トリュスは何故が、がっくりと肩を落とした。
彼の腕がスッと外側に向けられる。
「ほら見ろ」
「何かしら?」
示された方を見ると、いつの間にか私達の周りを複数の男が囲っていた。
みんなそれぞれナイフを構えていたり、ビール瓶を構えていたりする。
「……私、お店に忘れ物でもした?」
「んな訳あるか。どう見たらそう見えるんだよ。みんなお前の金貨が目当てだよ」
「私の金貨? ああ、みんな私に雇われたいって話……」
金貨なら結構あるし、全員は無理でも複数人なら雇えるだろう。
「じゃない! こいつらは奪おうとしてるんだ」
「それは困るわ」
「だろうな!」
私は金貨の入った袋をギュッと握りしめた。
いつの間にか、トリュスが私の前に出ている。
男が一人、彼の前に飛び出した。
「あっ」
殴られる。
そう思った瞬間、トリュスはひらりと身をかわし、足で思い切り男を蹴り飛ばした。
「こ……んの野郎!」
仲間の不利を見て、男が同時に二人が飛び出す。
しかしそれも器用にかわし、あっという間に倒してしまった。
その後もナイフ持ちが二人と大男が一人、それをトリュスは猛獣使いのごとく見事に捌いてしまったのである。
「まるでサーカスみたいね」
「サーカスって……もっと他に言うことあるだろ。ありがとうとか、怖かったとか」
「助けてくれてありがとう。でも、怖くはなかったわ」
「なんで」
「だってあなたがいたもの」
そう言って彼の顔を覗くと、彼は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「訳が分からない」
「そうかしら?」
「そうだよ」
おかしいな。アレンだったらここでニッコリ微笑み返すのに。
「それで」
面倒くさそうに彼は話を続けた。
「まだ紹介させる気か?」
「当然よ。いいでしょう、どうせ暇だってお爺さんも言っていたし」
「……分かったよ」
こうして彼がため息を漏らす中で、私は次の店を目指した。
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