第46話 プリテンダー

帝国の西に位置する国、モウブル王国その首都メセディーズ。

大陸性気候の温暖な港町、その港を一望できる丘の上に建つ城に田中はいた。


「まさか勇者が転生神リインカーネーションを裏切るとはな。刺客が向けられたのではないかね?」

「ああ、元勇者仲間が襲ってきたね。でも俺は大丈夫。死にはしないし怪我もしない。この世界で最強なのは他にいるだろうが、俺は殺せない。それが俺だよ、王様」


田中と話しているのはこの国の王台村剛だいむらごう、転移者だ。

彼は勇者ではない、故に平凡に毛の生えた程度のスキルであった。この国は常々帝国の武力による併呑を恐れていた。そこへ元勇者だという男が庇護を求めて尋ねてきたのだ。王は勇者の武力を望み直ぐ様その提案に飛びついたのだった。

しかし、いざ庇護してみればその元勇者に武力はなかった。単に自分を守る力に特化しているだけであり、性格は我儘で最悪、他人にとっては毒にしかならない男であった。

王の本音としては『早くどっか行ってくれないかな』と思っていた。

そこへ、勇者達から田中を引き渡してほしいとの要望が来たのだ。

そこで、王はこれ幸いと勇者達をひそかに王城へ招き入れる算段を付けたのであった。


「では台村さん、宜しくお願いします」

「ああ、付いて来たまえ」

「台村さんはこっち長いんですか?」

「そうだな、もう30年ほどだ。俺も50近い。光陰矢の如しだな」

「そうですね」

「隆文は淫行矢の如くやる訳ね。捕まらないようにね」


田宮麻美は嫉妬で高杉隆文に毒を吐く。彼のロリコンが許せなかったのだ。田宮麻美はロリータ体形にはほど遠い。高杉隆文の好みの埒外だ。だから嫉妬し憎まれ口を叩かずにはいられなかった。欲しいのに望んでも得られないものは余計に欲しくなるものなのだ。


「いやこっちでその概念はないでしょ。昔の日本の様に婚姻は13歳くらいからのようだし」

「なるほど隆文は毛も生えてないようなのがいい訳ね」

「いや俺はイエスロリータノータッチさ」

「ロリータなのは認めるのね?」


勇者中尾綾香は田中麻美が哀れで彼女の為に確認してあげた。


「なんでだよ。俺がロリコンな訳ないじゃないか。僕は胸が大きいのが嫌いなだけさ」


なんとしてでもロリコンなのは認めない隆文であった。

それより、麻美にはショックだった。隆文の発言は『お前嫌い』と直接言われたのに等しい。

とはいうものの戦いの前だというのに勇者達はほのぼのとしていて緊張感など微塵もなかった。逆に緊張感をほぐす為に敢えてバカ騒ぎしていたのかもしれなかった。

ファレノプシスはそんな光景を眺めながら相変わらずだなと懐かしんでいるのだった。


「では、台村さん、事前の手はず通りにお願いします」

「任せろ。いま、田中はリビングに連れと一緒に寛いでいる。もう周囲は兵士が囲んでいる」

「連れ?」


攻撃力の無い田中は自分は守れても逃げるしかない。そこで攻撃役の存在は予てより予想していた。今更驚くことではない。


「あいつは多分呪術集団カースの首魁だろう。強い攻撃力を持っているはずだ。気を付けろ」

「了解です」


この時ファレノプシスはなぜか不穏なものを台村王に感じた。なにも無ければそれでよいが一応スキルを使っておくことにしたのだった。


「着いて来い」


王の後ろを全員で付いて行く勇者達。

リビングの扉の前に到着すると既にリビングの入り口付近は兵士が並んでいた。

田中達を逃がさぬ布陣だ。窓の外にも配置してあるという。王の説明によればゴブリンの這い出る隙間もないらしい。


「3,2,1で突入するぞ。悪いが俺は戦力にならんからドアの外で待つからな」


自分は戦力外だと宣告する台村王は入り口から離れる。


「準備はいいか? 行くぞ、3‥‥2‥‥1‥‥突入!」


ドンッ!


ドアを強引に開け突入する勇者達。後に続くファレノプシス。


「なんだ、勇者達じゃないか? 凝りもせずまた俺を捕まえに来たのか? 少しは強くなったのか? とてもそうは見えんが」


田中は余裕の表情でその相好を崩さない。横にいる呪術集団カースの首魁も笑顔のままだ。


「くっ、この野郎! 今からお前達を捕縛する。生死は問わないと言われている。大人しく捕まれ。でなければ容赦しない」

「出来るならやってみればいい。お前らのレベルで出来るのならな」


レベル? レベルシステムが存在するのか? それはグレードとは別のシステムなのか? ファレノプシスは知らないことが多すぎた。それは勇者達だけが知るというシステムなのだろうか。ファレノプシスは勇者達から聞いたことがあった。勇者達には自分の能力を正確に把握するスキルがあるという。それはステータスと唱えれば眼前に現在のステータスが表示されるという事だった。その中にはゲームの様にレベルが存在するのかもしれなかった。とにかくファレノプシスにはそれ知る術は聞く以外になかった。


ファレノプシスが余計なことに気を取られている間に戦いは始まっていた。

ウイッチの田宮麻美が勇者には状態異常無効があると知りつつも遅延魔法『スロー(A)』と弱体化魔法『エンフィーブル(A)』を使用する。田宮麻美のスキル『魔術』はグレードAであり、そのスキルで使用する魔法のすべてがグレードAの魔法となった。


キンッ!

キンッ!


麻美の魔法はグレードAであり、当然の様に田中のグレードSである状態異常無効スキルに弾き返される。さらに、田中には裏ルートで仕入れたヴェンチェズラオの作ったスキルの確率上昇アイテム『グレードアップ』を持っていたのだ。Sランク同士であれば5割の確率で攻撃が通じるがアイテムでその確率を上げていた。それに加えスキル防止アイテムも所持していたのだ。

スキルが発動する確率も5割以下、発動しても敵に効果を及ぼすのも5割以下だったのだ。


キンッ!


麻美の攻撃が効かないとみるや否やウイザードの田中直樹が小手調べだとばかりに強烈な火で敵を燃やし続ける『フレームインフェルノ(S)』を放つ。


キンッ! 


スキル防止アイテムの確率を搔い潜り炎が二人を包み込む。

それでも田中達は田中の『護身ごみ(S)』スキルで守られていて余裕の表情のままだ。この『御身』スキルもまた成功確率はアイテムで引き上げられていた。

田中の『護身(S)』は周囲の任意の人間も対象に出来た。その為カースの首魁も守られているのだった。


「これでは埒が開かない。俺が連続攻撃する。連続であればいくら確率アップのアイテムを持っていてもいずれ突破できるはずだ」


前回の戦いで田中が確立を上げるアイテムを持っているのは勇者達は理解していた。その為の対策を立てようとしたのだが確立には手数で対抗するしかないとの結論に至ったのだった。


高杉隆文は職業『ブレイブマン』その攻撃スキルはグレードSであり通常5割の確率でグレードSの『御身』スキルを突破する。アイテムにより確率が上がっているとはいえ何度も攻撃を無効にできるものではない。


隆文は剣を持ち田中に向かって突進する。


その時だった。


初めてカースの首魁が攻撃魔法を使用したのだ。

その手からは目には見えないが物体が音速を超えた破裂音が生じた。少し遅れて体が痺れ動きを封じられた上に燃えるように熱くなり隆文は倒れこんだ。

その正体は雷だった。

隆文もグレードSの状態異常無効を持っているのだ、そのスキルを搔い潜り動きを封じる効果のある魔法だった

その正体は雷撃魔法『サンダーボルト』グレードS。

首魁はグレードSの魔法が使える職業『セイジ』の魔法使いだった。

彼の使う『マジック』はグレードS、すべての魔法がグレードSの精度と威力で使用可能であった。

首魁は更に残る勇者3人とファレノプシスに『サンダーボルト』を掛ける。結果、全員が地に付したのだった。

『ウイッチ』の田宮麻美と『ウイザード』の橋本直樹は共に状態異常無効はグレードA。当然首魁のグレードSの魔法は状態異常の効果を及ぼした。更に体の中を通過した雷が致死的な被害を及ぼす。

中尾綾香はグレードSの状態異常無効を持っていたものの『サンダーボルト』によるスタンの効果で動きを封じられ彼女の体は雷撃通過の衝撃で致死的被害を被っていたのだった。


だがまだ意識がある綾香は最高グレードのSスキルに対して5割以上の確率で「状態異常無効(S)』を突破していることに気が付いた。スキルの発動を防止するアイテムでは外にスキルを向けない状態異常無効スキルは防止できない。つまり、自分のスキルの確率を上げるアイテムさえも所持していることになる。

その考えは当たっていた。

そのアイテムを破壊しなければジリ貧なのは目に見えていた。

だがどこにあるのか誰かが持っているのかもわからない。どんな形なのかさえも見たことのない者にとっては分からなかった。


少し意識を無くしていたが綾香は意識を取り戻した。体は動かなかった。しかし、声は出せた。


「ファレ君、あいつらが持ってるスキル発動防止のアイテムって分かる? 探せる?」


声を振り絞り横にうつぶせに倒れているファレノプシスに伝える。


「いや、無理。形は色んな形があるみたいだしどこに有るのかも。それより、敵にデバフ掛け続けて」


スキルの発動防止アイテムは手錠の形だけではなかったのだ。だからファレノプシスは形が分からず探せない。


「あれ? ファレ君普通に話してない?」


声を絞り出す綾香と違ってファレノプシスは普通に話していた。それもそのはずファレノプシスには『イモータリゼーション(仮)』仮ではあるが不死のスキルがある。一応、死ぬ可能性はあるのだがそのスキルにグレードはなかったのだ。故に同じグレードどうしなら確率理論が通用するのだがそれ以上の存在には確率理論は通用しなかったのだ。だからファレノプシスにはS以下のと言うよりすべての魔法がほぼ通じなかったのだ。ほぼと言うのは(仮)だからだ。


「ぼくは魔法が効いたふりしてるだけだから」

「‥‥な、なんかずるい」




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