第45話 フューギティブ


暗殺の話が頭にこびり付き他のことがなおざりになってしまいます。

ここにこのままいれば皇子に間違われ暗殺されるかも。この宮殿にも皇太子を殺そうと敵が潜んでいるのは間違いないでしょう。ザッケリーニ王国使節団が王国に帰国する時まで約1週間、僕はブラジル領領都ブラジルサントスの我が家に帰ることにします。一刻も早く帰ります。今すぐです。

暗殺は恐ろしいのです。ってあれ? 僕は死なないんでしたっけ?

いやいや、武田じゃないんだから僕は死にま~す、恐らく。


厩舎に来ました。

馬を貸してくれと言うと直ぐに貸してもらえました。

皇子の振りをしたのは言うまでもありません。


馬で駆けます。宮殿の第一城壁を抜け、門では曲者と罵られながら次の第二城壁の門へと向かいます。第二区画の貴族街の中は静かです。蹄の音が石畳で響きます。

第二城壁の門でも曲者と罵られました。まぁ、偽物ですから仕方ありません。

店舗や役所の出張所が立ち並ぶ第三区画を抜け第三城壁へと向かいます。第三区画はまだ人であふれ喧噪に包まれています。馬を見た人たちが恐れ戦いています。見れば馬には皇家の紋章が!

しまった!

さっそく降りて外します。

衛兵も紋章が付いた馬に見知らぬ貧乏くさい服装をした男が乗っていればそりゃ曲者と言うでしょう。貧乏くさい服なのは教師ですから仕方がないです。

最後の第四区画は平民の居住区画です。そこを抜ければ最外周の第四城壁です。

その城壁を抜けられればもう外です。

最後の門は堅固でしょう、戦いになるかもしれません。

門まで来ました。

あれ、そのまま通り過ぎました。衛兵は気にもしていませんでした。馬に乗った町人が外に出ようと関係ないのかもしれません。


ふう、ここまでくれば一安心です。

帝都の最外周の城壁である第四城壁の外は長閑な畑の風景が広がっています。周りが良く見えるのです。つまり敵がいれば見えるということです。安心です。この世界長距離射撃のできるバレットの様なライフルがある訳有りませんから。

あれ?

車もあるよな?

だったらヴェンチェズラオさんは作ってないのかな?

作っていたら安心できません。彼なら作れるかもしれません。まさかプレデタードローンみたいなのを造ってあのタボラッツィー皇国に売ったりしてないでしょうね?タボラッツィー皇国はザッケリーニ王国の取引相手である東にある大陸にあります。直接の取引が無くても流れている可能性はあります。

だとすれば、ヤバイです! 早くこの場を逃げなければ。隠れる場所がありません。

こうなったらジグザグに動いて的を絞らせないことです。ウォーゾーンではセオリーでしょう。走っては滑り走っては滑りしながらは逃げません。

馬に乗ってますから。


その時でした。

胸に強烈な痛みを感じたのです。狭心症でしょうか?いいえ、狙撃でした。

見ると胸に赤いしみが広がっていってます。

やばいです。馬に檄を飛ばしながら鞭打ち走らせます。しかし隠れる場所はありません。

どうしましょう。

痛みがまた来ました今度はお腹です。

周りを見ても誰もいません。

恐らく長距離射撃。魔法による狙撃サポートシステムかもしれません。


一瞬意識が飛びました。

その瞬間額から血がしたたり落ちてきたのです。

敵は眉間を正確に狙ってきました。これはやばい。

そうだ、熊と遭遇した時には死んだ振りが有効だと聞きました(誤情報でした)。

僕も死んだ振りをします。っていうか最初から死んだ振りをして犯人をおびき寄せるべきだったのかもしれません。


ドサッ!


仰向けに落馬して死んだ振りです。

心臓にも額にも銃弾を受けている訳ですから敵は僕が死んだものとして安心してやって来るでしょう。そこを突きます。


十数分が経過したところで数頭の馬の蹄の音が近づいてきます。


「殺したか?」

「当然だ。額と心臓を打ち抜いたんだ。当然死んでる」

「死体は持ち帰る。何かの取引材料にはなるかもしれん」

「これが戦争の発端になるのか?」

「当然だな。これで開戦だ」


馬から降りて何か勝手なことをほざきながら僕に近づいてきたのは二人でした。この距離なら『タネ』を飛ばせます。着床、リンクしました。


「何が起こった? 体が動かなくなったぞ」

「俺もだ、何がどうなった?」


僕は立ち上がり二人を睨みつけました。立ち上がった僕に驚きはしましたが、流石にかわいい僕の睨みでは彼らはたじろぎもしませんでした。


「どうして生きてる? 心臓と脳を打ち抜いたんだ。死んでるはずだろ?」


心臓と脳?

あれ、解剖学的な事実がこの世界で認知されてる?

それに、こういった文明未発達な世界では心臓止まれば死と言う認識なのが普通です。


「もしかして君、転生者?」

「そうだ、お前もか?」

「いえ、僕はただの花屋ですが」

「いやいや、皇子だろ? なぜ転生者について知ってる?」

「勇者の知り合いがいますので」

「体の自由を奪っているのは魔道具か?」

「はい、ヴェンチェズラオさんの新作です。あなたも知ってるでしょ、その人の作った武器使ってたんだから。どうして教えるか分かります?」

「こ、殺すのか?」

「いえ、こちらのスパイになってください」

「なると思うのか?」

「いえ、なっていただきます」


彼らの目は上を向き意識を無くし、次の瞬間には意識を取り戻しその表情には笑顔が見えました。


「じゃよろしくね」

「はい、かしこまりました」

「あっ、もし邪魔する人いたら教えて仲間にするから」

「はい」


名前は聞くの忘れました。もうスパイAとスパイBさんでオッケーです。

今回は死にませんでした。まさかヴェンチェズラオさんの魔道具で殺されかけるなんて。幸運でしたが次回も助かるとは限りません。

唯一の安心を得る方法は女神にスキル『イモータリゼーション(仮)』の(仮)を取ってもらうことかもしれません。

だとすれば女神の依頼を実行すること、つまり田中を殺すしかありません。

一度勇者と会って情報を貰いましょう。もし一緒に戦えれば倒せるかもしれませんし。

このままデンファレ王国へ向かいます。

先ずはブラジル領の家に。

一度、アッサムに会いたいです。その後王都へ勇者に会いに行きます。

茜とニルギリは‥‥まぁいいか。


馬に一晩中街道を駆けさせ森を抜けたところで夜が明けました。馬も僕も疲れました。明るくなれば叢で寝ても大丈夫でしょう。



▼△▼△▼



「何こんなとこで寝てんの? また誘拐されるわよ?」


完全に寝てました。

目の前には優愛がいました。


「どうやって?」

「車で追いかけてきたのよ、馬なんかより早いよ」


次の街で馬は預けそこから車です。

車に乗ると中には運転手二人とメイドの葵がいました。姉は家族と過ごすそうです。そうですよね。僕なんかと過ごすより本当の家族と過ごしたいですよね。

偽物は去るのみです。



翌日には懐かしき我が家に到着しました。


「「「「おかえりぃ!」」」」


なんか賑やかです。

と思ったら勇者達が来てました。

王都まで行く必要がなくなりました。


「よかったよ。帰って来るって聞いてたから遊びに来たんだ」


ほう、あの忙しい勇者が遊びに来ただそうです。そこはかとなく陰謀の臭いがします。


「で、本当の目的は?」

「あ、やっぱり分かっちゃう? 君も復讐したいだろうと思って田中を見つけたんだ。行く?」

「あの、復讐原因の姉は生きてたので復讐は不要ですが‥‥」

「あっ、そうだったよね。だったら、お願い助けて?」


勇者高杉さんは両手を合わせて懇願してきます。僕も田中を殺して女神に願いを叶えてもらいたかったので渡りに船というものでしょう。

僕がいなくても大丈夫でしょうけど僕がいれば作戦の幅が広がるというものです。


「もちろんですよ。僕も女神の願いを叶えたかったから」

「じゃあ、早速行こう」

「待って待って、帰宅目的を未だ遂行してないから。アッサムただいま」

「お帰りなさい、誘拐されて心配だったわ。人に心配させといて自分は王様になったって聞いたわ?」

「心配させてごめんなさい。向こうに巨大な家貰ったから一緒に行く?」

「もちろん行くわ。でもニルギリはどうしましょう?」

「嫁に出すか? 高杉さん貰ってもらえる?」

「あっ、隆文はロリコンだから、実はニルギリは好きかも」


胸の大きな勇者田宮麻美さんはなぜか嫌味ったらしい。高杉さんのことが好きなのに、高杉さんはロリコンだから麻美さんは射程範囲外だからでしょうか。


「し、失礼だな、俺はロリコンじゃない! だ、だが、ニルギリは好きだぞ」


素直じゃない高杉隆文さんです。


「だったら、ニルギリ貰ってくれませんか? 今ならこの家無料で貸しますよ? それにニルギリこの家から出そうにないですし」

「いいのか?」

「私の気持ちはどうなるのよ」


げっ! 話を決めてしまおうと思ってたらニルギリ本人から茶々が入りました。


「ど、どうなんだ、君の気持は?」


勇者高杉さんがまるで魔王に立ち向かうよう勇者の様に緊張してます。


「う、煩いやつは嫌いよ、で、でもあなたは嫌じゃないわ」


流石ニルギリ、ツンデレです。


「よし! 俺は元勇者田中との戦いが終わったら結婚するぞ!」


見事にフラグを立ててくれた勇者高杉隆文でしたっ!

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