第40話 ファレノプシスは犯罪者

「まさかブルーノもフィリッポも計画に参加しないなんて。カルメン、二人でやるわよ」

「分かったわ。それで理由は? お姉さまを騙して金を巻き上げたとか? 詐欺師だったの?」

「言ってなかったっけ? あいつお姉さまを騙してお姉さまと結婚するって」


喧嘩ばかりだったが実はシスコンなローナであった。

本日は授業も終了し帰り支度の教室である。


「ん? お目出度い話でしょ?」

「どうしてよ。うちは子爵家、あいつは平民、どうして釣り合うのよ? お姉さまは平民に騙されてるのよ。『僕は実はとある王国の王子なのだよ』とかなんとか言っちゃったのよ、嘘を。上昇志向の強いお姉さまは見事に騙されたの! そうに決まっているわ」

「あなたの父母は? 貴族なのだから騙されないでしょ?」

「それが見事に騙されちゃってるのよ! もう平身低頭ったらありゃしないわよ」

「なんかおかしくない? 貴族が騙される? 現在の国の状況から鑑みるに、帝国の皇太子が王になった現在、あなたの考えは間違っていないのかも」


実は賢いカルメンであった。


「え? あの担任が帝国の皇太子? ないない! だったら、鑑定スキル持ってる子がいるから鑑定してもらいましょ」

「隣のクラスの? 暗殺計画建てる前に鑑定は必要よね」


二人が隣の教室を見ると鑑定スキル持つフィロミーナ・ガッローネはまだ残っていた。

フィロミーナも子爵家の息女、昔からローナとは仲が良かった。


「ねぇフィロミーナ、お願いがあるの、平民が私の姉と結婚するって言ってるのよ。詐欺師じゃないかと疑ってるの、鑑定してくれない?」

「えっ、平民と? それは騙されてるわね、分かったわ。どこにいるの?」

「職員室。うちのクラスの担任よ」

「え? あ、あの、公爵様の御子息に暴力を振るったという? 悪者ね!」


既にフィロミーナの目には偏頗の雲が架かっていたのだった。


「あいつね。直ぐに鑑定するわ」


フィロミーナはスキルを使った。

次第に曇っていくフィロミーナの表情。

遂には膝をついてしまった。


「か、鑑定して良かったわよ。ローナ、あなた助かったのよ」

「ど、どうして?」


怪訝な顔をするローナ。

理由が分からなかった。

一つを除いては‥‥

それはカルメンの言葉。


「鑑定したのだけどあの先生、食わせ物よ!」

「「やはり!」」


ローナとカルメンの声が揃った。


「あいつただの、ただの花屋よ!! お姉さん完全に騙されてるわ! 助かったのよあなたのお姉さん、これで騙されずに済むわ!」

「そっち?」

「えっ、どっちよ」

「と、とにかく良かったわ。先生の正体が知れて。さぁ、カルメン、計画再開よ!」

「分かったわ」


計画の再開に意気込むローナとどこか納得のいかないカルメンであった。



▼△▼△▼



「ローナ、まだ授業には早いよ。どこ行くのよ、こんな早くに、まだ眠いって?」

「いいから付いて来て」


未だ夜も明けたばかりの街の中を歩いて行くのはローナとその友人のカルメンだ。

眠たい目を擦るカルメンの手を引き強引に何処かへ連れて行こうとしている。


「そろそろ教えてよ」

「いいわ。王城へ行くの。そこの衛兵にうちに担任が新しい王様の悪口を言っていたとチクってやるのよ」

「え~~、それ上手くいくのぉ?」

「当然よ。新しい王はあの恐ろしい帝国の皇太子、絶対に暴君よ。怒りで我を忘れて担任の首なんて直ぐにちょんぱしてくれるわよ」

「そう簡単に行くかなぁ?」


王城に到着した二人は門の衛兵に直訴した。


「大変です。私のクラスの担任の先生が新しい王様の悪口を言っているんです」

「な、何、ほ、本当か? それは一大事だ。それで何と言っていたんだ?」

「え? えーと、新しい王は帝国の皇太子なのを良いことに女と見るや否やその場で押し倒すとか金をせびるとか言って馬鹿にするんですよ。私もう悲しくって」

「よし、一緒に学校に行く。安心しろそんな奴牢にぶち込んで二度と暴言を吐けなくする」


ローナはしめしめとカルメンと顔を見合わせ衛兵を連れて学校を目指すのである。


そんな事とはつゆ知らず平穏に職員会議が開かれていた。そこへ5名の衛兵が乱入したのだ。職員室は喧騒に包まれてしまった。


「ファレノプシスはいるか!? 貴様新しい王の悪口を有る事無い事散々ほざいたそうだな。来い、詰め所で取り調べる」


その様子を見たローナはしてやったりを喜びを隠そうともしない。


「き、聞いたカルメン? あの衛兵、『有る事無い事』って、もう笑えるわ、無い事しか言ってないのに。ドンだけ話を盛るのよ」


衛兵の発言がツボに嵌ったカルメンであった。


「衛兵の諸君、少々こちら得来てもらえるか?」


その発言をしたのはこの学校の理事、しかしてその実態は理事を兼務しているこの国の外務大臣フィオリーノ・ロッロブリジダであった。

衛兵も外務大臣の顔は知っていたので敬礼しファレノプシスを伴い理事長室に入って行った。


「あれ絶対解雇だよ。やった、これで辞めさせられたよ」

「ローナ、あんた悪だねぇ!」


ご満悦のローナであった。

これで結婚も破談になるわと嬉しかった。


数分後‥‥


「では我々はこれで失礼します」


衛兵は5人で帰って行った、ファレノプシスを逮捕せずに‥‥


「今のは衛兵の誤解だと分かった。先生は無実だ。皆さんも分かりましたね」


理事長は訓戒を垂れた。


「お嬢さん、嘘は良くないな」


衛兵は職員室を出る時ローナに睨みを利かせて帰って行った。

腑に落ちないローナ、何が起こったのかもわからない。

ローナの発言が虚偽だったと証明できる手段などありはしない。

だからこそファレノプシスは取り調べられ、長い取り調べの末に発言したと自白させられ刑に服するはずであった。それがローナの計画。

だが、証明することもなくファレノプシスは無罪だと衛兵は断言したのだ。


「くそっ、やられたわ」

「どうしたのローナ?」

「公爵よ、理事長がその権限で無罪にしろと脅したのよ」

「なるほど、でもなぜ公爵が犯罪者の味方するの?」

「あれよ、あれ。私の姉と同じよ。公爵の娘も誑かされてるのよ、騙されてるの。それで公爵は娘の彼氏を助けたのよ」

「鋭い! その通りよ、まさにその通りだわ、そうでないと説明がつかない。公爵にあいつは詐欺師だと教えましょう」

「そしたらあいつは首よ、ふふふふっ」


決意を新たにする二人であった。

実際は、ファレノプシスが王だと衛兵に教えた。王自身が王の悪口をいくら言おうと罪にはならない。それで衛兵は帰って行ったのだった。


「理事長、お話があります」


騒動後時間を置かずローナは理事長を尋ねた。

理事長は外務大臣が本職であり、ほとんど学園には出勤しない。

その為間髪入れずに動いたのだ。


「君たちどうしたのだ?」

「もしかして理事長の娘さんがファレノプシス先生の婚約者ではないですか?」


何を言っているのか理解が及ばないロッロブリジダ公爵。


「?」

「娘の婚約者であるファレノプシス先生をかばって無実だと衛兵に言ったんじゃないですか?」


公爵は呆れてしまった。


「娘がファレノプシス先生の婚約者だったらどれほど幸いだったか。君たちもう帰り給え。あんまり先生を虐めると死刑になるかもしれないぞ」


頭がクエスチョンマークで埋まったままのローナはカルメンと理事長室を後に教室へ戻るのであった。


「ちょっと意味不明なんですけどぉ。公爵の娘が先生と婚約者ならよかったって、どういうこと?」

「ローナ、私分かっちゃったわ。ファレノプシス先生は公爵の娘さえ手玉にとれるだけの立派な詐欺師よ。でもまだ婚約者にはなっていないの。だから娘が『ファレノプシス先生と婚約させてっ、彼じゃなきゃ嫌!」って公爵を脅しているのよ。だから困り果てた公爵が『婚約者ならよかった』って言ってるのよ」

「嘘っ! とんでもない詐欺師じゃない! クラスのみんなにも教えてあげなきゃ! 女子は皆騙されちゃうわ」


二人は教室に帰ると教室前面にある黒板に書きなぐった。


『ファレノプシス先生は女を騙す詐欺師! 女生徒は注意を要す』


立派な名誉棄損罪であった。



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