第38話 ヴェンチェズラオは次の王

翌日、登校しました。いえ生徒ではないのですから出勤ですよね。

皇帝の勘違いで王にされたせいでもう先生を続けなくても金はあるのですが責任感です。


「か、解放されたのか?」


ヴィットーレ・ウルセイ理事は目を丸くしてしまいました。

解放されることなく懲役刑にされるとでも思ったのでしょうか。


「そうですか、もう悪さはしないで下さいよ、この王の名を冠するザッケリーニ学園の名を汚すことは許しませんよ」


教頭先生は厳しいことを仰りますが学園のことを考えての結果でしょう。

僕としては、学園が上手く回り税金が入ることは喜ばしいことですので教頭先生の態度はありがたいです。


「理事長が呼んでます。大至急行ってください。理事長は公爵閣下ですので絶対に失礼なことが有ってはいけません」


なるほど。

これは失礼のないようにしなければいけませんね。


中へ入ると理事長が思いっきり頭を下げてました。

日本なら土下座しそうな勢いです。


「この度は息子がとんでもないことをしでかしましてお許しいただけないでしょうか?」


失礼のないようにしようと思っていた公爵がとんでもないことをしたようです。

意味が分かりません。


「あの、意味が分かりませんが?」

「その前に王位就任おめでとうございます」


そうですね公爵だから僕の就任をご存じのようです。


「ありがとうございます。それでどうしました?」

「王を陥れたのは我が息子のフィリッポ・ロッロブリジダです。息子はクルチ子爵の娘に誑かされたのです。なんでも王に色目を使われたと。それを真に受けた息子は惚れた弱みもあり暴力を振るわれたと虚偽の告訴を行ったのです。息子の代わりに私を処罰してください」


ロッロブリジダ公爵は隣の部屋にいる息子を呼びました。

息子のフィリッポは下を向き今にも死ぬのではないかと思えるほど震えています。

思い出しました、この子が、と言っても僕より年上なのですが前世の記憶があるのでそう思ってしまいます、あの時の最後に震えて逃げ出した子です。さすがにこの子にまで暴力は振るってませんでしたが。


「あの、ご、ごめんなさい。殺さないでください」


泣き出してしまいました。


「この国では鎖国で下の者は帝国のことは全く知りません、ですが公爵や侯爵、伯爵等の上級貴族は帝国のことについて教えられるのです。曰く皇帝は容赦なく人を殺すと。その方の御子息ですので恐れているのです」


なるほど、噂に踊らされているのですね。


「フィリッポさん。もう怒ってません。もう気にしないでください」

「あ、ありがとうございます。俺、あ、新しい王のために頑張るので扱き使ってください」

「僕のことは学校では内緒にね」

「はい、承知してます。失礼します」

「王様、ありがとうございます。教師は続けるのですか?」

「ええ、それが大人の義務でしょ?」


朝の職員会議では理事長が僕は無実だったと報告してくれました。

今日からまた教えます。


教室に入ると皆さん目を丸くしています。


「あれ、先生一生刑務所でしょ? 公爵の息子に暴力振るったんだから」


相変わらずの金髪娘です。


「無実だと証明されました。はい、授業始めますよ」

「嘘でしょ? せっかく辞めさせたのに」

「煩いですよローナ・クルチさん」


どっかで聞いたことのある名前ですが、名前ってそんなものです。

同じ名前は沢山ありますから。


「くそっ、ブルーノ、あいつまた辞めさせるわよ」

「ああ、絶対辞めさせようぜ」

「こらこら、本人の前で悪巧みしない」


とんでもない生徒たちです。



今日の授業は物理でした。

我々の住むこの住む大地の話です。

教科書には大地の周りを太陽が回っていると書かれていました。

何か中世的ですね。


「これは間違いです。実際は逆です」

「どうして間違いだと言えるんですか?」


賢そうな生徒です。

うんうん、熱心なのは良いことです感心します。


「太陽の周りをこの星が回ってるんですよ」

「星? ここも月みたいな星なんですか?」


そこまでも知られてないのでしょうか?


「まさか、丸いなら下の人は落ちてしまうとか言わないですよね?」

「その通りです、落ちてしまいますよ」

「物体には重力があってその質量に応じて周囲の空間が歪むんです。その歪みによって周囲の物がその物体に引き寄せられるんですよ。だからあの月も質量が大きいので周りの空間をゆがめて物体を引き寄せるので上でも下でも落ちることはないんですよ」

「意味が分かりません」


そりゃそうです。

僕も聞きかじっただけです。

詳しく知る訳がありません。


「じゃ、じゃあ、この大地が星だとしてなぜ太陽の周りをまわっていると判るんですか?」

「星には月とは違いガスでできた星があるのですがある一定の質量を超えるとその自重によって核融合を起こすんですね、つまり燃えるということと理解してください。その質量と言うのが人間の住む星とは比べ物にならないくらいの質量でないと核融合は起こさないんです。つまり、太陽はこの星に比べて質量が大きいということです」

「なぜこの星が太陽より軽いって分かるんですか? 秤で測ったんですか?」


凄いです。

質問が尽きません。

凄く熱心です。

と言うか意地になっているだけかもしれませんが‥‥


「太陽ほどの質量の星があってもあまりの重力で高等な生物は発生しませんから、ベジータじゃあるまいし」

「ベジータって何ですか?」

「そこは気にしないでください。勇者に会うことがあれば聞いてみてください」


もう疲れました。


「それでは今日の授業はこれでおしまいです。何か質問があっても教頭先生に訊くように」


教頭先生は僕に敬語で話して丁寧なのですが、丁寧なだけにその内容の嫌らしさが際立ちます。これくらいの嫌がらせは許容範囲です。


「くそっ、絶対にやめさせてやる」


教室を出るとき後ろからローナ・クルチさんの気迫が伝わりました。

その熱意を勉強に向ければよいのにと思わずにはいられません。


クルチ、クルチ、どこかで聞いたことがあると思ったのですが今晩おうちにお邪魔する側室契約のシャーダさんがクルチだったような気がします。

いや、コルチさんだっけ、カルビさん? 忘れました。

ゲシュタルト崩壊でしょうか。




◇◇◇◇



コルチ子爵家の娘シャーダは仕事を早退し部屋を片付けていた。いつもは部屋の清掃もメイドがするのだが、今日はシャーダ本人が掃除していたのだ。


「お父様、本日私の婚約者をご紹介しますので、今晩は遊びに行かずお家にいてください」

「なんだと、この忙しい時に家に居ろだ?」


子爵は怒りを覚えていた。

今王城はおもちゃ箱をひっくり返したような喧騒に包まれていた。王の交代により国の制度も大きく変わり、事務仕事が煩雑になった為だ。

形式的にドコゾーノ帝国とこのザッケリーニ王国は同盟国となったのだが皇帝の息子が王位を継ぎ実質的には属国と言える関係になってしまった。

その王が皇帝になった時には元王であるヴェンチェズラオが王に復帰することになる約束であった。

現在は腰掛の王ではあるとは言え、次期皇帝であり、腰掛と馬鹿にはできない。前の王より更に気を遣う存在であった。とは言えその事実を知るのは公爵・侯爵・伯爵・子爵に限られていた。それ以下の貴族・平民には王交代の事実のみが知らされただけであった。更に王の顔を知るのは未だお披露目が無く一部の上級貴族だけであった。


「納得できない奴なら、結婚など許さん」


煩雑さの怒りをシャーダの婚約者にぶつけようとする父であった。


「ママ、ローナは?」

「まだ帰ってきてないわよ」

「くそ、あのバカ、今日は早く帰って来いって言ったのに」

「何? 婚約者を自慢したかったの?」

「良く分かってるじゃない? 流石ママね」



「ただいまぁ」


そうこうしている内に妹が帰宅した。


「ローナ遅い!」

「まだ来てないんでしょ? どうせ、シャーダの彼氏なんて貴族の三男坊で不細工でしょ?」


二人の金髪碧眼の女性はいつも喧嘩ばかりしていた。


「こんにちは」


そこへ、シャーダの婚約者が到着したのだった。





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