第37話 ヴェンチェズラオは困惑す

「な、何が、何が起こった」


突然体の自由を奪われたヴェンチェズラオは困惑していた。

なぜ体の自由を奪われたのか分からなかった。

なぜなら彼の魔道具が彼をスキルからも物理攻撃からも魔法からも守っているからだ。

彼の周りを衛星のように浮かんでいる3つの魔道具のうちの一つが物理攻撃から、もう一つが魔法攻撃を防いでいる。更にもう一つが彼の周りにいる者のスキルの発動を阻害しているのだ。全てがSグレードの魔道具であった。

故に彼は絶対に自分が守られているとの自信があったのだ。

だからこそ困惑していた。

何が起こったのかも分からなかった。


ただ、思いつくたった一つの可能性。

それはグレードSの攻撃を受けること。

しかしこの場合は魔法でも物理でもない。

だとすればスキルによる攻撃を受けたことになる。

しかし、周りに居るのは側近と将軍の秘書だけであり、彼らのスキルはグレードAにさえ届いていなかった。

例外はもう一人、皇帝の息子と言うことで連れてきたが外れたスキルから言えば本人が言うようにただの町人の少年だけだ。

ただの一般人が例え、皇帝であってでさえグレードSの魔道具を組み合わせたグレードS以上の魔道具を破ってヴェンチェズラオを攻撃できるはずがない。


「まさか‥‥」


あのキンと言う音、あれはスキルを跳ね返す音ではなかったのだろうか? その疑問がヴェンチェズラオに湧いた。

かつてヴェンチェズラオを攻撃するものはいなかった。周りに敵がいなかったからだ。敵国は帝国一つであり、その帝国はザッケリーニ王国など歯牙にもかけず、いつでも倒せると高を括り攻撃などしなかった。

それがヴェンチェズラオの不幸であった。

かつてヴェンチェズラオはスキルを跳ね返す音を聞いたことが無かったのだ。

それはファレノプシスにとっての幸運であった。

それ故に彼はスキルを何度も試し遂には成功させることができたのである。



「そう、そのまさかですよ、王様。僕も転生者なんですよ」

「そうか。だがその割には貧弱なスキルだな。だが我を拘束しているのは事実だ。グレードSか?」

「ええ、そうらしいです」

「この国をどうするんだ? 帝国が乗っ取るのか?」

「僕はこの国をどうするつもりもありません。ただ仲良くしたいだけです。同じ元日本人同士仲良くしませんか?」

「考えておく」

「それで、戦争はどうなりました?」

「開戦後一週間経った。すでに我が軍は帝国を圧倒している」

「そうですか。相談があるのですが‥‥」



◇◇◇◇



ドコゾーノ帝国の皇帝アウグストゥスは焦っていた。

こんなことは幾度の戦争を経てきた彼にとっても初めての経験であった。

弓が通じない。

剣も通じない。

槍も通じない。

全ての攻撃が封殺されている。

逆に王国の攻撃は全て我が軍に被害をもたらしている。

この第一陣として連れてきた2万の軍勢は既に1万に減少していた。

全滅と言われても過言ではない数だ。


敵の攻撃は見たことも聞いたこともない攻撃であった。

敵には想像を絶する魔道具が存在すると聞いたことがある。しかし、そ大したことはないだろうと高を括っていたのだ。

しかし実際開戦に伴いその武器を見るにつけ想像を絶するものだと知ることとなった。

その武器が理解できない。

攻撃が防ぎようがない。

故に人々がまるで虫の様に殺されていく。


このまま引き下がる訳にはいかなかった。

こちらから仕掛けた戦争であれば引けば終わっただろう。

しかし、相手側から仕掛けられた戦争では引けば敵国は帝都まで進行してしまうだろう。そうすれば帝都も奪取され皇族の首は高台の上にさらされることになるだろう。

引くわけにはいかなかった。


「陛下、被害は甚大です。撤退を!」

「第三部隊全滅です」

「第二部隊の隊長死亡し退却しました」


敗戦の報は続いた。


「特殊部隊も撤退しました」

「特殊部隊まで‥‥もう引くしかないのか‥‥」

「一度引いて部隊の立て直しを‥‥」


しかし、皇帝には一度引いたとしてもそこで立て直せるとは思えなかった。

特殊部隊は攻撃等戦争に使用可能なスキルを持つ者を集めた部隊で負けるはずのない部隊であった。その部隊まで敗れるという想定外のことが起こった。

もう駄目なのか。

既に皇帝アウグストゥスは弱気になっていた。


「敵の使者が来ました」


遂に来た。

降伏勧告。

この状態では何を要求されるか分かったものではない。

ただ、勧告も無ければそのまま進行されていたことを考えれば勧告はありがたかったと言える。


「アウグストゥス帝ですね。私はザッケリーニ王国子爵バルダッサーレ・アネッリです。現在の状況ではあなた方に戦線を維持することは不可能でしょう。そこで提案があります。我が国の王都で王がお待ちです。そこで協定を結びませんか」


アウグストゥスは我を呼び出すのかと怒りに我を忘れそうになった、その原因は上手くいかない戦線にあるのだが、使者にそれをぶつける訳にもいかず側近が被害を被ることとなった。

実際帝国側が負けている状況であり相手の要望を聞くしかない状況であった。

しかし、ここで終わってくれるとは甘い。時期を見て絶対に攻め落とすと皇帝アウグストゥスは意気込んでいた。



皇帝は特殊部隊の残党と数百の兵を連れて王都を訪れた。

皇帝は目を見張った。

そこには見たことのない馬が無いのに走る長い箱、路面電車が道路を走り、馬など走っていなかった。

他にも様々な見慣れぬものがあったからだ。

ただ、ファレノプシスにとっては見慣れたものであり状況的に気にすることさえしなかったのだ。


会談は中庭で行われることとなった。

皇帝一行が訪れた時には既にザッケリーニ王国の重鎮たちは座して彼らを待っていた。

皇帝は威厳を保とうと振舞い傲岸に椅子に座る。

そしてザッケリーニ王国側の真ん中に座る王であろう人物を睨みつける。

その隣を見た時皇帝は固まってしまった。

そこには成長した第一皇子が座っていたのだ。

いくら成長したと言っても我が子を間違えるはずがない、だが信じられなかった。

なぜなら敵国は皇子を人質にとったうえで宣戦を布告してきたのであった。

その人質が王の隣に座るとは。

結局考えが纏まらず思考がフリーズしてしまったのだった。


次の瞬間その息子が立ち上がり話し始めた。


「ようこそいらっしゃいました、皇帝陛下」

「ああ、お前はそこで何をしているんだ?」

「僕は皇子と間違えられてここに誘拐されてきたので皇子の代わりに王を抑え戦争を終わらせました」


何を言っとるんだと頭を押させながら皇帝は頭を振り横にいた娘に尋ねる。


「グロリオーサ、あいつは何を言っとるんだ?」

「記憶が戻ってないのよ、許してやって」


それを見てファレノプシスは目を見開き口を開く。


「お、お姉ちゃん、そこで何してんだよ。その人皇帝とか言ってたよ」

「あなたを助けに来たのよ。それにこれあなたの父よ」

「これって‥‥」


皇帝も娘には甘かった。


数十分の会談の結果、事情を理解した皇帝は今後のこの国に対する措置を決定した。


「今後しばらくはお前がこの国の王になって統治しろ、すぐにお前の皇太子就任が告知されるだろうが、その後も続ければよい。だが、我の代わりに皇帝になる時には次の王をお前が選べばよい」


結局この国は帝国に実質的に併呑されてしまったのだった。

只混乱を避ける為に暫くは同盟国という体を取ることとなった。



夜、祝勝会が王城で開かれることとなった。

そこには、姉のグロリオーサだけでなくアチェールビ侯爵家の娘アダルジーザとそのメイドのマリーも来ていた。

流石にアッサムや茜は連れて来てはもらえなかったようだ。


「ほら、お前の婚約者も連れて来てやったぞ」


皇帝がファレノプシスに自慢する。

アッサムも来ていたのかとファレノプシスは考えたのが現れたのはアダルジーザだった。


「あれ? 陛下間違えてますよ。優愛、いえ、アダルジーザ様は皇子の婚約者ですよ、やだなぁ」

「こいつは何を言っとるんだ。グロリオーサ、お前の責任だぞ。何とかしろ」

「だって、仕方ないでしょ?」


流石に娘に甘い皇帝は娘のため口にも文句を言わなかった。


「ファレ、あなたの正式な婚約者はアダルジーザなの。アッサムは第二夫人にしておきなさい」


前世で大好きだった優愛が婚約者だと知った、更にその美しさは極上のものに変貌していたのだ嬉しくない訳がない。

しかし、それは困るとファレノプシスは思っていた。

停止条件契約の条件が成就してしまった。

側室契約が成立し、側室が出来てしまったのだ。更に、婚約者だと思っていたアッサムは第二夫人で皇子の婚約者であるアダルジーザがファレノプシスの婚約者だという。

どう考えても増え過ぎである。

ただの花屋には一人でも十分なのにとファレノプシスは謙虚に考えていた。


皇帝はこの国の王に就任しろとファレノプシスに告げた。

何とかなるのだろうかとファレノプシスは思う。しかし、本物の皇子が現れた時アダルジーザは皇子のもとへ行ってしまうのとの不安はのこった。

前世で大好きだった優愛が婚約者だと知ったのだ誰にも渡したくはなかった。

彼の望みは一つ。

皇子よ現れるな。

その事が彼の記憶の覚醒を妨げることになるとは思いもせずに願っていた。




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