第36話 ヴェンチェズラオは宣言する
「陛下、ザッケリーニ王国が宣戦を布告してきました」
贅を凝らした皇帝アウグストゥスの執務室。ソファーで寛ぎつつワインを嗜む皇帝にその一報は齎された。
「おお、遅かったな」
既に数年前より王国が宣戦を布告するとの情報は得ていた。問題はそれがいつかという事だけであった。帝国には思惑があった。ザッケリーニ王国を併呑するという目的だ。ただ他国に対する対面もあり理由もなしに侵攻すればテロ国家の誹りを受けてしまう。理由が必要であったのだ。
だが数年前より事態が動いた。
相手国の方が宣戦を布告する準備をしているとの報を得たのだ。
正に渡りに船であった。
敵国が自国に侵攻すれば敵国を葬る正当な理由ができるのだ。
それからずっと待っているのだがなかなか宣戦は布告されなかった。
だがここにきて待ちに待った宣戦が漸く布告されたのだ。
これで、彼の国が持つという魔道具が手に入る。
皇帝の顔には息子を呪術集団カースから隠して以来漸く笑顔が浮かんでいた。
だが皇帝は知らなかった。
彼の国の魔道具が皇帝の想像を絶するものであることを。
帝国の終焉の時は近づいていた。
◇◇◇◇
「なんだこれは?」
そこには見たこともない数々の魔道具が存在していたのです。
「これよ、これでスキルを封じるの」
恐らく田中もこの魔道具を利用していたのでしょう。
「そして、このアイテムを併用すればグレードSのスキルにもアイテムにもかなりの高確率で効果を及ぼせるのよ」
田中もこのアイテムを併用していたと思われます。だから何度試してもスキルが使えなかったのです。
僕はかなり興奮しています。
ここにはあれがあるはずです。
「これがそうよ」
ありました。
僕はしゃがれた声で高らかに宣言したのです。
「あいてむぼっくすぅー」
流石にどこでも〇アはありませんでした。
「容量はどれくらい?」
「あなた鑑定スキルお持ちじゃないの? だったらこれ、鑑定眼鏡」
凄いです、鑑定眼鏡を使用するとその効果、性能、製造年月日、製造者、グレードまで表示されるのです。
帝国にはない技術です。
眼鏡によればそのアイテムボックスはグレードS、容量は別空間を使用しほぼ無限とのことでした。他にもありましたが、グレードがA以下の容量が少ないものだけでした。
更に前世で動画で見たミサイルや爆弾などこの世界で初めて見るものばかりでした。
そんな魔道具が沢山あるそうです。
ここは王城で高級なアイテムだけが保管されていて汎用アイテムは倉庫に沢山眠っていて今回の戦争で使用されるそうです。
これでは帝国は負けてしまうかもしれません。
いえ、確実に負けてしまうでしょう。
なんとしてでも開戦を阻止しなければなりません。
「あら、もう戦線は布告されたそうよ」
遅かったみたいです。
どうしましょう。
そうだ。
隣の大陸に逃げようかな。
でもフィアンセその他が心配です。
一応戦争を止めるように王にお願いするのはどうでしょう?
僕のことを皇子だと誤解しているので都合がい良いです。
「王には会えるかな?」
「会えないこともないでしょ。ただまた捕まるわよ。それに何をしようと無駄。彼の周りは規格外の魔道具で囲まれてるわ。何をしても効果を発揮しないわよ」
「でも5割なんだろ?」
「驚いた。あなたもグレードSのスキル持ってるの? もしかして転生者? でも無駄。一つで5割。それがいくつもあれば10割近くなるそうよ」
「なるほど。つまり10割ではない訳だな。完全にスキルが効果を発揮しないという訳ではない」
「スキルが効果を発揮する前に攻撃を受けるわよ」
「ほう。俺のスキルだけが阻害されるのか?」
「‥‥それは‥‥」
なるほど、すべてのスキルが一様に阻害されるようです。
「それは? 言えないなら側室契約は破棄されるぞ? と言うより俺を逃がしたのは罠だと思うことになるが?」
偉そうなことを言っているのに一人称に『僕』を使ったのでは侮られます。当然偉そうな芝居をします。一人称は『俺様』でも良かったのですがただの花屋にそれは大胆過ぎるかもしれませんが皇子の振りですからそれでもよいのでしょう。でも『俺』で落ち着きました。
「分かったわよ。そう、すべてのスキルが敵味方の区別なく阻害されるわ。だからたった一人のあなたでは通常の剣で殺されるかもね」
しかし僕は『イモータリゼーション(仮)』のスキルを持っているので死ぬことはないでしょう。
ん?
『イモータリゼーション(仮)』もスキルなのでは?
いや、それではこのスキルの意味がなくなってしまいます。
つまり外部に効力を及ぼすスキルだけが阻害されると考えるべきなのではないでしょうか。
つまり、人を操る『マニピュレイト』は効果を発揮しないけど自分に対しては効果を発揮できることになります。
まぁ、この考えが当たっていればの話ですが‥‥
この考えはこの女には内緒にしておきましょう。
未だ信用に値する行動はありませんので、未だ信用してませんから。
ん?
『たった一人のあなた』?
先程この女はそう言いました。
つまり僕に味方はいないと。
だとすればこの女は敵なのでしょう。
何の魂胆で僕を牢から出したのか分かりませんが用心するにし過ぎることはないでしょう。
「兎に角王と合わせてくれ、僕はこの戦いを望んでいない。即刻中止してほしい」
「分かったわ。準備してくるから待ってて」
そう言って狭い部屋に閉じ込められました。
どうやらここは備品置き場でしょう。
『準備してくる?』
何の?
僕を捕らえる?
いえいえ、それなら最初から牢に閉じ込めておけばよいだけの話です。
ここは側室契約のシャーダを信じましょう。
この契約は停止条件付契約。
条件成就によって初めてその効力を生じる契約です。
側室になりたい彼女はなんとしてでも僕を守るでしょう。
まぁ、本当に側室になりたい場合ですが。
「待った?」
まるで待ち合わせの恋人の様な気軽さです。
「それで?」
「準備は整ったわ。付いて来て」
ここは信じる他ありません。
狭い部屋に入ります。
なぜ?
疑問が湧きます。
部屋の小さな扉に入って行きます。
怪しすぎます。
「着いたわ」
そう言って小さな扉を開けます。
どうやら出口のようです。
「お連れしました」
「来たか‥‥」
キンッ!
そこにいたのは数人の男達に囲まれ執務用の机に座る一人の男でした。
「こちらがこの国の王ヴェンチェズラオ・ザッケリーニ様です」
「君が帝国の皇子ファレノプシスか? 会いたかったよ」
キンッ!
「ファレノプシスです」
キンッ!
「鑑定眼鏡で見たが、スキルが『栽培』と『種』と『球根』って終わってるな。正に花屋を経営する為だけのスキルだな」
キンッ!
「まぁ、小さい頃から奴隷の様に働かされて苦労しましたから」
キンッ!
「君は本当に皇族なのか? 普通皇族にはそれにふさわしいスキルが最低限与えられるはずだ。転生の女神も言ってたぞ」
キンッ!
ん?
この人、想像した通り転生者のようです。
しかし、僕が転生者だとは気が付かないようです。
キンッ!
このまま転生者ではない振りを続け皇子ではないと理解してもらいたいです。
しかし、皇子でないとバレてしまうと話を聞いてもらえなくなるかもしれません。
只の平民とは黙っておきましょう。
キンッ!
「ははは、僕は外れのようですね。お願いがあるのです。即刻戦争を中止していただきたいのです。帝国よりこの国の方が文化的に進んでいます。結果は火を見るより明らかでしょう」
キンッ!
「何を言うかと思えば! 我は宣言する。この戦いで帝国を滅ぼすと。そして皇族の首を宮殿前の公園に曝してやろう。恐怖しろ、小僧」
キンッ!
何を言っても無駄なようです。
もう皇子でないと教えてあげましょう。
「あのただの花屋に何を宣言してらっしゃるのでしょう?」
キンッ!
「き、貴様皇子ではないのか? あの家にいたファレノプシスはお前だろ?」
キンッ!
「はい、そこは間違いではないのでしょう。が、情報が根本的に間違っています。その家に居るのは皇子のファレノプシス様ではなくただの花屋のファレノプシスです。名前が同じだけです」
キンッ!
「おい、貴様ら本当に間違いではないのか? 本当に皇子を攫ってきたのか? さっきからキンキンキンキン煩い。何の音だ!?」
キンッ!
「いえ、私には何も聞こえませんが」
キンッ!
横に立つ男が答えました。執事でしょうか。
キンッ!
「今すぐこのキンキン甲高い音を止めろ!」
パキッ!
ふ~っ、どうやら漸くスキルが通じたようです。
本当に確率が10割近かったようですね。
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