第35話 ヴェンチェズラオは斯く語りき

その日ヴェンチェズラオは目を覚ますと選別の儀へと向かった。自分の『職業』を知らしめてくれる儀式だ。全ての人に同様に与えられた『職業』を得る儀式。ただ与えられる職業は様々でそこに平等など存在しなかった。


ヴェンチェズラオは皇太子であり次期国王。この国は既に破滅に向かっておりヴェンチェズラオこそがその破滅を回避すべき人物であり、与えられる『職業』によってこの国の未来が変わってしまう。

というのも王は愚王であったがその側近らも愚物揃いであったのだ。


ヴェンチェズラオは数日寝ずに祈った。

いや、寝れなかったのだ。

それ程国は切羽詰まりそれ程ヴェンチェズラオの職業は期待されていたのだ。


しかして希望は断たれたのだった。


彼に与えられた職業は『マジックアイテムメーカー』つまり魔道具師だった。

魔道具師と言えば魔法が使えない人に簡単な魔法を使えるようにする道具だった。


確かに魔道具は売れるのだろう。

しかし一人で作れる魔道具などたかが知れている。これでは国を立て直すことなどできない。良くて潰れかけた商店を立て直す程度だ。


神よ、あなたは我を見捨てたもうた。


もうヴェンチェズラオは神を信仰できなかった。


もし我に力あらば絶対にあなたを殺すであろう。


そう考えずにはいられなかった。


その絶望が通じたのか夢に神が出てきた。

その神は女神で転生神リインカーネーションと名乗った。

あなたは日本からの転生者、あなたには特別な職業とスキルが与えられていると伝える。

しかし、ヴェンチェズラオは我が職業は普通の魔道具師だと叫ぶ。

思い出しなさい、さすればスキルの使い方が分かるはずです。

そして目が覚めた。


目が覚めるとヴェンチェズラオは全て思い出していた。

前世での記憶も、女神と会った日のことも。

只どうやって死んだのかは思い出せなかった。

余りの惨たらしい死に女神が記憶を封印していたのだった。


彼はスキルを使った。

『アイテムメイク』は魔道具を創造することができるスキルであった。

つまりイメージできる魔道具は殆ど創造できたのだ。

そのスキルのグレードはS。グレードA以下のスキルや道具には完全に効力を及ぼす。

同じグレードSにの対象に対しては5割の確率で効力を及ぼせるものであった。


まず貨幣製造機を創造した。


後悔した。


もともと国王は貨幣を製造できるのだから沢山製造しても結局待っているのはインフレだった。ただ貨幣が増えてもその価値が下がるだけだったのだ。


次に創造したのはアイテムボックス。

これはかなりの高額だがよく売れた。

国家の財政を潤した。

だが、勿論隣国のドコゾーノ帝国には販売していない。

どころか帝国での販売を禁止していた。

更にもし帝国に転売しようものなら二度と取引をしないと脅していた。

取引相手にとっては取引できる商品はアイテムボックスだけではなかった。他にも有益なアイテムが山ほどあったのだ。だから帝国では転売さえされていなかったのだ。帝国の人間はそのアイテムの数々を知ることさえなかった。一部の者を除いては‥‥


ザッケリーニ王国の取引相手は別の大陸に限られていた。

ヴェンチェズラオ国王のスキルで作られた磁力で水流を動かし時速100キロの巡行速度を誇る船で別の大陸に商品を卸していた。

そして、路面電車。ザッケリーニ王国では平民でも乗れる普通の乗り物だ。これも別大陸では普通に利用される乗り物となっていた。

しかし、帝国ではいまだに馬車がメインの移動手段だった。


それもこれも、ザッケリーニ王国には帝国侵略の思惑があったからなのだった。


既に近代的な兵器を創造できる王国が中世的な帝国に負けるはずなどなかった。

ただ、昔からの帝国に対する王国の劣等感が帝国の影を巨大なものに感じさせていた。

その為、属国一つの割譲という低い目標で満足していたのだった。


一方、王国に帝国侵略の計略があるにもかかわらず帝国は毛ほども王国の動向を気にしてはいなかった。帝国は属国ほどの小さな王国がそれ程の文化と技術を持っているとは思いもしなかったのだ。


勝てるとは思ってはいないが近代的なザッケリーニ王国と慢心甚だしく中世ほどの兵器しか持たないドコゾオーノ帝国との戦争が始まるのだった。

まるで、小さな巨人と眠ったままの巨人の戦い。

別の大陸の識者たちはそう予想していた。

まるで小さな国グレートブリテンと大国清の戦い、アヘン戦争の様相を呈していた。


◇◇◇◇


「フィリッポ、お前が捕まえた教師、あいつは悪いやつだったぞ。王より直々にお褒めの言葉を賜った」


フィオリーノ・ロッロブリジダ公爵は息子達の偶然の悪戯により重要人物の確保という栄誉に賜りご満悦であった。日頃は怒ってばかりの次男だが今回ばかりは偶然の産物とはいえ褒めずにはいられなかった。


「何、あの先生犯罪者だったの?」

「いや、違うのだ。誰にも言うでないぞ。あれは帝国の次期皇太子だ」


フィリッポは恐れおののいた。

只の悪戯で罠に嵌めた男が帝国の皇太子?

あの強大で人を殺すことを何とも思わない皇帝のいる帝国の皇太子? あの皇帝の息子? 

殺される!

体中が恐怖に包まれ震えが止まらない。

ザッケリーニ王国は鎖国制度で他国の情報が入ってこない。

その為、一般国民は例え貴族でさえ帝国の存在さえ知らなかった。そもそも帝国とは国交もなく魔道具の取引もなくその存在を知る必要もいなかったのだ。

しかし、公爵や侯爵ともなるとその存在は恐ろしいものだと知っていた。伯爵以上の上級貴族だけが帝国についての教育を受けていたのだった。

それは帝国を知らないことによって帝国を恐怖の対象とはとらえず、兵士たちに恐れずに帝国と戦わせる為であった。

今回それが災いした。

その教育の所為でフィリッポは恐怖に包まれたのであった。

フィリッポは今回の悪戯に関わった者達にもこの件は伝えないといけないは思う。

しかし、それは王国の制度的に不可能であった。子爵以下には帝国の話題はタブーであったからだ。それでも伝えなければと覚悟を決めた。

しかし、そのような制度が無くてもフィリッポは恐怖で誰にも話せなかったのかもしれない。話せば帝国に殺される、皇太子に殺される、殺されないためには隠れているしかないと思っていたからだ。


「フィリッポ、帝国との戦争が始まるぞ」


フィリッポは父の言葉に恐怖のあまり寝込んでしまった。その為、今回の悪戯に加わった生徒たちにファレノプシスの正体が露見することはなかった。

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