第33話 奸計
「先生助けて‥‥」
年下の僕に助けを求めるとは、ラワン材も縋れば重いのでしょう(意味:藁にも縋る思い。諺を間違えて覚えている)。
「すいません。急いでるので。では」
一応断りを入れました。
社会人のマナーです。
「えー、それでも担任かよ」
「はい、それでも担任ですよ」
食い下がりますね。
急いでいるのに、なんとも思いやりに欠ける生徒です。
私がポーションを販売するように他人への思いやりを持ってもらいたいものです。
「死ね、包茎野郎!」
ナ、ナント女性が口にしてはいけない言葉を口にしました。
前世の僕ならいざ知らず今生の僕はむ‥‥兎に角違います。
既にかなりの時間を費やしてしまいました。
それでも女生徒は引き下がりません、助けを求め食い下がります。
それどころか恐喝している人達も僕に怒りを向けてきました。
当然の帰結です。
犯罪を邪魔されてるのですから。
「あ、僕は帰りますので、じゃ」
「誰が返すか、お前も金を置いていけ!」
はぁ、こっちは金が無くて困っているのに、金を置いていけだ?
お前らは遊ぶ金欲しさだろ?
こっちは今日を生きるのに必要なんだ!
あったまにきました。
殴らないと気が済みません。
殴っても相手犯罪者、正当防衛です。
スキル『マニピュレイト』を自分に使ってみました。
相手を遅くして対処することも可能なのですがそれだと何らかのスキルを僕が使ったと露呈してしまうかもしれません。
自分に使えばそういうものだと思ってくれるでしょう。だって僕のこと良く知らないのですから。
まずより速く走り近づきます。
相手が顔を殴ろうとするのが見えます。
普通なら見えてても避けられませんが『マニピュレイト』で操れば体が動きます。一瞬で避けました。
パンチを繰り出した相手の顔は現在がら空き状態です。
普通なら私のパンチが届く前に相手の拳が防御に戻るのでしょう。
しかし、『マニピュレイト』は完璧です。グレードSの従属スキルなのですから。
勿論グレードSだそうです。
アダルジーザ様こと優愛に調べてもらいました。
顔の防御ががら空きになった瞬間、まぁ、素人なのだからずっと空いているのですが、パンチを繰り出します。掌底です。グーだと拳を痛めますから。
つまり
脳を揺らしたのです。
その男はまるで糸の切れたマリオネットの様に崩れ落ちました。
驚いた男が蹴りを入れてきます。
なんと飛び蹴りです。
飛んだらもうまっすぐ進むしかないとは思わないのでしょうか。
僕は横に動けばよいだけです。
それどころか横から押せば転げ落ちること間違いありません。
しかし僕は横に避けずただ拳を突き出しました。
相手の股間に向かってです。
斯くして足を避けて突き出した拳に自分からぶつかってくれました。
ブニュッ!
「うわっ、気持ち悪! キン〇マぶにゅって言った!」
蹲って痛がってますが自業自得です。
さて、最後の一人はとみると固まってます。
正当防衛には相手の攻撃が必要です。
待ちます。
待ちます。
まだ固まってます。
ここで殴ればただの犯罪者です。
未だ待ちますが、相変わらずのフリーズ状態です。
「どうするの?」
訊くと逃げて行きました。
「それじゃ、気をつけて帰れよ」
シュタッと手を上げて別れを告げます。
早く栽培しなければなりません。
今なら夕方の収穫に間に合うでしょう。
え? 日の光が無いから成長しない?
いえ、スキルですから。
理屈ではなくスキルです、それが理由です。
意味不明ですが、僕はそれで納得しようと諦めました。
「宿の裏の狭い空き地に草を植えてもいいですか?」
「‥‥はい‥‥」
意思のない目をした宿の主人が口を動かしました。
僕が動かしました、『マニピュレイト』です。
意識もあるので自分で了承したと思っているはずです、多分。
裏庭全面に植えました。
これで明日帰宅後収穫してまた植えてポーションを作ります。
翌日登校すると事態が動きました。
「ファレノプシスだな、公爵閣下の御子息傷害容疑で逮捕する」
げ‥‥、あれは公爵の息子? この貴族社会でしかも公爵の息子に狼藉を働いたとなればただでは済まないでしょう。
職員室には5人の憲兵が僕を待っていたのです。
「でもあれはクラスの生徒を助ける為で‥‥」
「その生徒というのは彼女かね?」
示された方向に居るのは昨日の金髪の女生徒でした。
不安に駆られました。
明らかに彼女の顔には歪んだ暗い嗤いが浮かんでいたのです。
「はい、恐喝されていた彼女達を助けたのですが」
もう何を言っても無駄なのだろうとは思いつつも自分の正当性の根拠を示しました。
「あの女生徒は君が何もしてない公爵閣下の御息子に突然暴力を振るったと証言しているぞ」
「嘘です」
「君は公爵閣下の御子息を嘘つき呼ばわりするのか?」
はぁ、信じられません。
嘘吐きは身分とは関係ありませんし、身分が高い方が嘘を吐くともいえるのではないでしょうか。
まぁ、それが貴族社会だと言えるのかもしれません。
「身分が高くても嘘を吐くものでしょ?」
「貴様、それは公爵閣下に対する侮辱罪だ! 罪状の追加だ。一生奴隷落ちの刑かもな」
話になりません、これは姉の言っていた設定を利用すべきかもしれません。
「俺はドコゾーノ帝国の皇子だ。連絡を取ってみろ。こんなことをしては只ではすまんぞ」
「ははは、どこぞの帝国ってどこだ? そんなどこぞの国ともわからぬ国があるか。お前がそうなら俺はココダーヨ帝国の皇帝だ」
憲兵たちは嘘を吐くなと皆で笑って馬鹿にします。
まぁ、僕も嘘だと思っているのですが‥‥
手錠を掛けられました。
もう仕方がありません。
『タネ』を飛ばします。
キンッ!
何処かで聞いた音です。
思い出しました、ブラジル公爵邸で聞いたあのスキルを弾き返す音です。
僕のスキルは不発に終わりました。
「何かしようとしたのか? 王様の創り上げたこの手錠があれば何を企もうとも無駄だがな」
斯くして僕はスキルを封じられ捕らわれたのでした。
その時は牢に入れば手錠は外れるその時に逃げようと思っていたのでした。
甘かったのです。
手錠は外してくれませんでした。
地下牢に投獄されて次の日のことでした。
恰幅の良い男がやってきたのです。
にやにやと僕を見つめます。
一応嘘設定を説明して出してくれないか話してみます。
「あの僕ドコゾーノ帝国の皇子で連絡を取ってくれれば分かると思います」
「知ってますよ、殿下」
えっ、遂に現れたのです。
皇子のことを知る者が。
「だって、我々が攫ったのだからな。せっかく逃げられたの噂に違わぬ阿保だな。この王都に来てくれるとは。ようこそこの国へ、ファレノプシス殿下?」
どうやら僕の名前を知っているようですがとんでもない勘違いです。
同名なだけだと教えてあげましょう。
「はははは、残念でしたね。良く言われるのですが間違いですよ。ただ同じ名前なだけです」
「な、なんだとぉ?」
その男は目を左右に動かし明らかに動揺しているようです。
数秒ほどでした、男の考えが纏まったのでしょう。
「本当か?」
隣の女性に尋ねます。
秘書のようです。
「いえ、調査した家にいた同名の者です。間違いありません」
「ははは、殿下、嘘を吐くな、調べはついているのだ。ミスクルチ私のことをこいつに教えてやれ」
そう言って男は去って行きました。
「殿下、お初にお目にかかりますわ。どうですか、私を側室にされては? 叶うなら直ぐに逃がして差し上げますわ」
な、なんだか厚かましいです。
どうせ奸計なのでしょう。
奸計で関係持とうとするなんて、ぷっ。
思わず吹き出してしまいました。
「お断りします」
「どうしてです? あなたにも都合の良い提案だと思いますが?」
胸の無い方を側室には‥‥
そもそも、そんな力も財力もありません。
そもそも、皇子ではないのですから。
「忘れてました、先ほどの方はこのザッケリーニ王国の将軍ゴルスターノ・コルブッチ公爵閣下です。もうすぐあなたの帝国を攻め落とす者ですわ」
戦争?
ドコゾーノ帝国に!?
まぁ、只の花屋の僕には全く関係のない話ですが。
「どこか他人事ですね。帝国の力を信じてらっしゃるのですね」
いえ、単に関係ないと思っているだけです。
「そのうち分かりますわ。忘れてました、私はシャーダ・クルチ、あなたの側室希望のただの美人ですわ」
胸はないけどね‥‥
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