戦争は阿保を養う

第32話 新しい職業

突然ですが誘拐されました。

それもこれも、僕が皇太子とか宣う阿保どもの所為です。

恐らく勘違いされて誘拐されたのでしょう。

監禁された場所からどうにか逃げ出したのですがここがどこか分かりません。

誘拐されてからの日数も意識が無かったので分からず家からどれだけ離れているのかも分かりません。

ここは森の中の一軒家でした。

遠くに城郭が見えますので向かいます。


監禁場所から歩き続けて丸一日漸く街にたどり着きました。

ここは広大な城郭都市でした。

門で誘拐されたと話すと官憲詰め所というところに連れて行かれ事情聴取。

少々の金を貸してくれて今安宿で一息ついたところです。


官憲詰め所での事情聴取の時にこの場所がどこか伺いましたが、ザッケリーニ王国とのことでした。

聞いたことがありません。

って言うか僕はこの世界で教育を受けたことが無いので当然でしょうけど。

なのでドコゾーノ帝国はここから遠いのかと伺ったところそんな帝国聞いたことが無いと返されました。

まるで無知な子供を見るような憐みの表情でした。

これからどうしましょう。

困りました。

帰ろうにもそれほどの金はありません。

いくら必要になるのかも分かりません。

どっちへ行けばよいのかも分かりません。

兎に角情報です。

僕には情報が必要です。

街へ出て情報収集しなければなりません。

夕飯まで暫くあります、直ぐに向かいます。


「あの、少々伺いたいのですが?」

「な、なんでしょう?」


凄く訝しげな視線を向けられますが気にしません。

ええ、気にしませんとも。


「ドコゾーノ帝国ってどこにあるかご存じないでしょうか?」

「どこぞの帝国って別に帝国の名前じゃなくて不特定の国を指してるんでしょ? 騙されてないですか?」


えっ、どういうことでしょう。

騙されてるのでしょうか? 騙してるのは自分の記憶? 

そう言えば姉と名乗る人物は記憶の改竄のスキルを持ってました。

記憶を書き換えられたのでしょうか?

こうなってくれば何が事実なのか分かりません。


それから、何人にも尋ねましたが知る人はいませんでした。

一人になって静かになったと思ったのも束の間、あれほど騒がしかった姉や奴隷や婚約者モドキや貴族の令嬢やそのメイドや勇者達、いなくなって寂しさが募りました。

しかし、それも本当の記憶でしょうか?

今となればそれさえ真実かどうか疑問に思えてきました。


もう部屋に帰ります。

おっと、その前にギルドを探して薬を卸す算段を付けなければ。

さて、ギルドはどこでしょう。


既に日が落ちてしまいました。

見つかりませんでした。

どういうことでしょう。

尋ねたのです。


「あのギルドはどちらにありますか? 探索者ギルドか薬剤ギルド、若しくは傭兵ギルドはどこでしょう?」

「ギルド? それ大昔の制度だね? 今はもちろんないよ」


無いそうです。

大昔の制度?

どういうことでしょう。

その記憶さえ改竄の一環なのでしょうか。


もうめげそうです。

宿へ帰ります。

明日は不動産屋へ行きます。

そうです。店を借りて自分で販売するのです。

おっと、まだ開いてる不動産店がありました。


「すみません。賃貸の店舗を探してます」

「あぁ?」


何か胡乱げに見下されてます。

この服装でしょうか?

見るとかなり汚れてます。

仕方ありませんね。


「この王都でお前のようなやつが借りれる店舗など無いな。一昨日出直して来な」


僕にタイムトラベルのスキルでもあれば本当に一昨日やって来て『貴様が一昨日来い』と言ったのだろ! と文句を言ってやりたいところです。不動産屋は目と口をあんぐりすること間違いありません。


「そんなぁ」

「だったら100万ウォル持ってるのか?」


ウォル? 貨幣の単位でしょうか。

それがどれほどの価値か分かりません。

為替レートがどうなっているのか、存在するのかさえ分かりません。

というか帝国は知られてないのです。

国交があると思えません。

宿にはいつもの調子で払いましたがそういえば硬貨の模様が違ったような気がします。

1ウォルが1ゴルドなら日本円に直せば100万円ほどです。

敷金礼金合わせればそんなものなのでしょうか。

そもそも敷金礼金が必要なのでしょうか。

兎に角無理です。

お金がありませんから。

あと数日の宿代で借りたお金も無くなります。

あ、店舗借りなくてもまだ手段はあります。

そうです。ろて‥‥


「あ、道端での販売は禁止されてるぞ! 即牢獄だ。風紀を乱す奴は許されん」


‥‥道が塞がれました。


途方に暮れながら宿に帰りました。


夜、一人は寂しいです。

誘拐されてから何日経ったのでしょう。

誰も助けに来てはくれません。

やはり記憶は改ざんされているのでしょうか?

みんな頭の中の友達だったのでしょうか?


ホームシックを拗らせながら夜が明けました。

今日は何か情報が無いか役所へ行ってみます。


「そんな国聞いたことないですね。どこかで丁稚奉公でもされてみますか?」


丁稚って。

それではまた昔に逆戻りです。

借金を背負わされて馬車馬の様に働かされます。


「あっ、だったら教師はどうですか? 試験はあるでしょうけど受けてみる価値はありますよ」

「あの職業は『フローリスト』なのですが」

「なるほど、得意な業種を選択なさりたいのは分かりますが、学があるのなら教師になって後進の育成も良いものかと存じますよ」


なぜか齟齬を感じます。

『職業』に対する考え方が根本的に違うような‥‥


まぁ、マックにモスは買えません(意味:背に腹は代えられない。本人は間違えて覚えている)。


試験を受けてみることにしました。


「では、明日この場所に向かってください。履歴書を忘れずに御用意ください」

「履歴書に様式などありますか?」

「ありませんのでご自由に書かれて大丈夫かと」


▽▼▽▼


「では、担当のクラスに案内するわね」


そうです試験には見事合格しました。

前世の知識を生かして試験は一部高得点。

クラスを担任させられることとなりました。

受け持ちたくなどなかったのですが‥‥


僕を連行もとい担当クラスへ案内してくれるのはブルネットの女性。

美人で肉感的、職業間違えてない? と聞きたくなるほどエロい女性です。

教師物は過去世においてお世話になりましたから。


「はい、皆さんお静かに。こちらがこれから皆さんを担任するファレノプシスさんです」


クラスの皆さんは訝しそうに、見下した目で、あるいは よこしまな目で見てきます。

もう帰りたいです。


「今日は、ファレノプシスと言います。今日から宜しくお願いします。担当は数学、物理、化学です」


そうです、数学や物理とかなら前世の知識がこの世界でも通用するようです。


「名前だけ? 平民か、俺様に遜れ」

「でもいい顔してない? 私の好み」

「また辞めさせようぜ」

「まだ若いな」

「絶対童貞よ。あなた奪ってあげたら?」

「いやよ、絶対」

「襲われたとか言って辞めさせればいい」


何か散々な言われようです。

中には好感の持てる意見もあったようですが。

ま、教師を募集してた理由が分かりました。

このクラスの担任が辞めさせられたからですね。

でも僕は前の担任とは違います。

女神に貰ったスキルがあるのですから。

取り合えず全員に『タネ』を植え付けました。


これで居場所も把握できるしマニピュレイト可能です。

そうです。スキル『タネ』に付属する従属スキルとして『マニピュレイト』というのが発生しました。

これがあればかなりの自由度で人を操れるのです。


「はい、皆さんお静かに」


教室は一斉に水を打ったように静まり返りました。


「す、凄い、この問題児クラスが‥‥」


そう言ってAV女優にしか見えないブルネットの女教師は職員室へ戻って行きました。


「では数学の授業を始めます。教科書を開いて」


この学年は皆さん16歳です。

そうです僕よりも年上なんです。

更に皆さん貴族です、平民の僕では頭も上がりません。

教え辛いことこの上ありません。

まぁ、普通ならそうですが僕には関係ありません。


教える数学はこの年齢にしては文化の程度が分かる方程式でした。

今の命令は静粛のみ、それ以外は普通です。


「分かりましたか、何か質問は?」

「先生、童貞ですか? 未だ毛が生えてないんじゃないですかぁ~?」

「‥‥」


とっても失礼な質問です。

思わず固まってしまいました。

質問したのは美しい金髪の女子でした。

恐らくこのクラスの上位カーストの娘でしょう。


「どうなんですぅ~?」

「数学には関係ありませんが‥‥」

「あ~、答えないところを見ると図星だということですね~? まだ子供でしょ~? 15歳くらい?」

「14歳です。煩いです」

「童貞に教えてもらいたくはありませ~ん」

「性教育は教えてませんので関係ありません」


もう授業が進みません。

他が静かなだけに質問者だけが妙に煩く感じます。


とは言え後は静かに聞いてくれました。

理解してたとは思えませんが。


本日終了後の職員会議で、僕の授業が話題になってました。

あの問題児クラスが静かに授業を聞いていた、どんな魔法を使ったのかと。

どんな魔法も使ってません。

只のスキルを使っただけですが言えませんので胡麻化しました。


「恐らく僕の中から発する気合が彼らに伝わったのでしょう」


勿論信じてくれませんでした。


「ふん! 薬でも使ったんじゃないのか? こんな平民雇うべきじゃなかったんだ! 

天才的に数学が出来たからと言って平民は平民だ。いずれ問題を起こすぞ! 今辞めさせろ!」


なぜだか平民に批判的な先生、かと思ったら理事でした。

ブルドッグの様に垂れ下がった頬。脂肪で細くなった目。いい物ばかり食べてるんだ牢と思わせるその体は丸々と太っています。

名前は‥‥忘れた、ブルです。


「こら、新人、ヴィットーレ・ウルセイ理事の仰ることに返事しなさい」

「え? 黙っとれ、煩い?」

「だ、だ、誰に黙っとれと言っとるんだ? 辞めさせろ! こんな平民!」

「り、理事、聞き間違いですよ、聞き間違い?」


AV、いえいえ、ブルネットの女教師が胸を揺らしながら援護してくれました。

ええ、勿論です。

僕は分かりました。

勿論、見逃しません。

揺れる胸は至高です、究極です、女神です。

そう言えば転生の女神は貧乳でした。

残念です。


会議が終わったのです議に帰宅します。

授業中、ふと思いつきました。

ここに顧客がいるじゃないかと。

そうです、ポーションを作って生徒に販売すればよいのです。

勿論操って買わせることはしません。

急いで帰ってポーションを作る準備をします。まずは宿の裏のほんの少しの空き地で栽培します。

勿論許可は取りません。

そこは、『マニピュレイト』で「うん」と言わせます。

だったら不動産屋を操ればという意見もあるでしょうが、不動産屋だけでは済まなくなります。事務手続きも行政も操らなければなりません。そもそもお金がないのですから。無いのに強行すれば最早詐欺師です。


しかし、早く帰りたい時に限って早く帰れないのはマーフィーも気づいているはずです。

うちのクラスの生徒が絡まれてました。

あの童貞とか尋ねてきた失礼な女生徒と他数名です。

全員て覚えてます、僕のクラスです。

皆さん、カースト上位と一見して分かる外見をされているのですから。

ですが、ここは無視して帰りましょう。

だって僕は年下ですから。


「先生!」


だ、誰ですか、まさか僕に気付いたのでしょうか。

光の速さで帰宅していたというのに!

嘘ですが‥‥


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