第30話 元勇者田中

既に夜の帳は降りて街に灯が灯る頃合いになった。勇者達一行は元勇者を捕縛すべくその潜伏先である公爵邸へと向かっていた。

夜の街の中は静かでまるで人など住んでない廃墟のようだった。

目の前には高くそびえる領主の館、周囲は高い壁に囲まれている。

壁から公爵邸まではかなりの距離がある。門で衛兵と交戦すれば公爵邸の中の人間に気付かれ逃亡される恐れがある。それは避けなければならない。

たった一日ではあるが時間をかけて練った計画通りファレノプシスが門の衛兵の意識を奪う。

これで交戦する必要は無くなった。音も立てず侵入するのは勇者達、ファレノプシス、茜、アッサム、アダルジーザ、マリー、兵士10人。勿論ニルギリは部屋に引き籠っていて参加していない。

19人は計画通り3部隊に散開して公爵邸へ近づいていく。


アダルジーザが中の人間を調べその考えを第2部隊の茜が読み部隊に伝える。


「庭に兵士が30人いるけど、康介が無力化する? 私がしようか?」


康介ことファレノプシスにアダルジーザが問い掛ける。


「今の僕のスキルレベルじゃ届かない場所があるみたいだ、優愛にお願いするよ」


ファレは優愛ことアダルジーザに丸投げする。

言い方が悪い、委託する。


ファレとアダルジーザは同じ班で攻撃部隊を支援する。二人とも攻撃は一般人と変わらないからだ。


更に後方支援のメイドのマリーは第三部隊にいて、アダルジーザの判断を部隊に伝える。

マリーの職業は『センサー』そのスキル『センシング』でアダルジーザの思考を感知する。それを部隊に伝えるのだ。


三部隊は公爵邸を囲むように近づいていく。

入り口の前でファレノプシスが中の兵士たちの意識を奪う。

そして侵入の合図。

玄関と裏口から侵入する。

鍵はアダルジーザのスキルで解錠してある。

三つの部隊はあっさりと侵入を果たす。


「公爵達は三階の執務室で会議をしてるみたい」


その報が全ての部隊に伝えられた。


階段は2か所、分かれて上がれば公爵達が逃げだしても挟み打つことが出来る。

窓からの逃亡の懸念は残るがその為に兵士5人を外に配置してある。


田中に周囲を感知するスキルが無いことも、そんなスキルを持つ部下がいないことも分かっている。

この部屋の中の兵士は侵入を悟られないために意識を奪ってはいない。その為、突入と同時に意識を刈り取る必要がある。


「ここは康介、あなたに任せる。私は周囲を警戒する」

「了解。じゃあ僕の合図で突入開始」


全て予定通りの行動であった。

ここまでは。

ここから先の予定は未定だ。

臨機応変に。

それだけが決められていた。


ファレノプシスは全ての人間の意識を刈り取ろうと『タネ』を飛ばし、その瞬間


「突入!」


と合図の声を上げた。


キンッ!


金属のぶつかる甲高い音が響く。

その瞬間ファレノプシスの『タネ』は弾き返されていたのだ。

考えられることは一つ、田中のスキルが周囲全体に影響を及ぼし防御したのだ。

グレードSの田中のスキルとファレノプシスのグレードSのスキル、効果を発揮する確率は5割、そしてその賭けに負けた。

部屋に侵入した勇者と兵士5人の交戦が始まった。

予定では田中とだけ交戦すると考えられていた。しかし、ファレノプシスのスキルは効果を発揮せず公爵の親衛隊10人との交戦が始まってしまったのだった。


「康介、あんた何やってんの?」


焦りと共にアダルジーザがスキル『エスティメイト』評価者で敵のステイタスの評価を下げる。


キンッ!!


再び金属のぶつかり合うような甲高い音がしてスキルがはじき返されてしまった。


「え? 5割でしょ、私のスキルもグレードSなのに。2回続けて弾かれるなんて」


アダルジーザは怒りで疑問を口にしながらも再度スキルを発動しようとするが今度は発動できなかった。


親衛隊を無力化することもできぬまま勇者達と親衛隊の交戦は続いた。

それを余裕の表情で見る3名。

ブラジル公爵、田中とカースの頭領だ。


「何か秘密があるはず、気を付けて」


アダルジーザはファレノプシスに叫ぶ。

衛兵の強さはそれほどでもない。だが勇者達は倒せていなかった。切っても切れない。殴っても蹴っても痛がりもしない。

勇者達も気が付いた。

田中のスキルが部屋全体を覆っていることに。

田中が持つスキル絶対物理魔法防御スキル『護身』はSランク、その能力が部屋の親衛隊に力を与えてることに。


「くっ、ゴミみたいな名前のくせにふざけてる」

「綾香、今のままじゃじり貧だ。こっちの体力の方がなくなるんじゃ」

「大丈夫よ、戦い続けて」


そう叫んだのはアダルジーザだった。


「親衛隊たちの体力も限界近いよ、頑張れば勝てる!」


後少しだ。

そうと分かれば力も出せる。

気分が軽くなった。

とは言え、その体力が減った状態で田中と戦うのは無謀ではないのかと高杉隆文は思う。


「大丈夫! 田中は攻撃スキルは持ってない! 思考を読んだ」


それを見抜かれても田中達三人に焦りの表情は見えない。相変わらず余裕の表情で見学している。

そろそろ親衛隊の体力も尽き掛けると思った時だった。


「駄目! 逃げられる。隠し扉がある」


叫んだのはアダルジーザだ。家をエスティメイトしていくうちに隠し扉を発見したのだ。


「もう逃げると合図してるよ! 捕まえて」


茜は三人の思考を読み勇者達に告げるが、いまだ親衛隊と戦っている現状では捕縛することも不可能だった。


ファレノプシスのスキル『タネ』も効かない、アダルジーザのスキル『エスティメイト』評価者による評価の格下げ、つまりステイタスを低下させることもできない。

お手上げ状態の二人だった。


戦いは膠着状態。

例え力は無くとも他に戦えるのはもう支援組しかいなかった。

ファレノプシスは周囲を見回した。すると壁に飾ってある剣をみつけた。もう自分がやるしかないとファレノプシスは剣と手に取る。

田中に向かって走った。

そして剣を振り下ろす。だが剣は無情にも弾かれファレノプシスは仰け反らされた。

当然だと言える。

グレードSの防御を素人の剣が破れる訳がなかったのだ。

そこを公爵の剣が襲う。

繰り出された剣は突きであった。真っすぐに無防備になったファレノプシスの心臓を狙う。ファレノプシスはその剣を見ていた。まるでスローモーションのようにゆっくりと剣は胸を目指して近づいてきた。しかし動くことはできなかった。

無情にもファレノプシスの心臓は剣に貫かれたのだった。


「康介ぇ!」


戦いの喧噪の中アダルジーザの甲高くも悲痛な声が響き渡る。


胸から血を吹き出しながらファレノプシスは倒れた。


「康介ぇ!」


悲痛な叫びと共に駆け寄るアダルジーザ。


「誰か? 誰か回復魔法使えないの?」


ファレノプシスの胸を押さえ吹き出す血を止めようとする。


「ねぇ、誰か彼を助けて!」


血が止まらない、アダルジーザの悲痛な絶叫が木霊する。

だがもうファレノプシスの胸から血は出ていなかった。

既に心臓は停止していたのだ。


気が付けば壁の隠蔽されていた扉から公爵達三人は親衛隊と共に消えていた。

勇者達は連れ立ってきた者達と共に公爵邸を捜索する為に執務室をでていった。。

動こうとしないアダルジーザとアッサムを残して。


公爵邸は広く捜索が終わる頃には夜は明け日が高く昇っていた。

地下牢には捕らえられていた者が多数あった。

彼らは全て解放され公爵邸の庭に集められた。

ファレノプシスの死体も台に乗せられ取り敢えずの措置として庭に置かれた。


「ファレ!」


ファレノプシスの死体を見て駆け寄る者があった。彼女は公爵邸の地下に捕らえられていた者の一人だ。


ファレノプシスの死体に縋り付き揺り動かす。

それを見たアダルジーザが何事かと駆け寄る。


「止めてください!」


アダルジーザがその行為を咎める。


「アダルジーザ? どうしてあなたが?」

「えっ? あなたはグロリオーサ様?」


なぜ忘れていたのだろう。

彼女は皇帝アウグストゥス陛下の第一皇女グロリオーサ。

その存在さえ忘れていた。

妹は沢山いるが姉はいないとずっと持っていた、彼女を見るまでは。

彼女を見て姉がいたことを思い出した。


「どうしてグロリオーサ様が康介のことを? え? まさか?」


グロリオーサを見てアダルジーザは気づいてしまった。

このファレノプシスが探していた第一皇子なのだということを。


「ああ、思い出したのね。私のスキルで忘れさせてたのに」

「え? どういうことでしょう?」

「ファレに危険が迫ってたから私がファレを連れて行方をくらました。あなたは彼が転生者だと気付いていたから私が思考を操作して偽の記憶を思い出すようにしていたのよ。全てが無駄になった。まさか殺されてしまうなんて‥‥」


グロリオーサは亡くなった弟の胸に深い傷が刻まれているのを見ていた。心臓を貫かれては即死だったのだろう。こんなことなら宮殿で贅沢をして暮らさせてあげればよかった。しかし、宮殿には敵が潜んでいた。呪術を武器にする無法者たちの集団カースの部下たちが潜んでいたのだ。だから早急に宮殿から連れ出す必要があったのだ。

彼女のスキル『記憶操作』で周囲の記憶を操作して。皇帝とその側近だけはその情報を伝えてこの国に逃げてきた。私が守るからと皇帝の承諾を得て逃げてきたのだ。

その約束さえ守れなかった。

グロリオーサは涙さえ流さずただファレだった物体を見つめていた。


アダルジーザも漸く探していた人を見つけた。だが見つけた時には死体となっていた。もう会うこともできない。ファレノプシス様にも康介にも、そう思うと涙が出てきた。

公爵邸の捜索とその後の処理の喧騒の中、数名だけがまるで別の世界にいるようにファレノプシスの死体を見つめて項垂れていた。

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