第29話 勇者

翌日、まだ日も登らぬ未明、ファレノプシスの家のドアを叩くものがあった。ファレノプシスは眠たい目をこすりながらふらふらとドアまで歩き誰何する。


「誰?」

「俺だ、高杉隆文だ」


久しぶりの来訪に破顔して直ぐにドアを開ける。

しかし、そこには沢山の兵士がいたのだった。

ファレノプシスは騙されたと一歩後ずさる。


「ああ、こいつらは田中を捕らえる為に王が貸し与えた兵士達だ。目立たぬよう未明に来た。全員は入れるだろ?」


そう告げると康介たち勇者4名と兵士10名の合計14名が狭いファレノプシス家のリビングに入る。全員は入れたが狭い。


「何か田中の件で判ったか?」

「潜伏先が分かったよ。僕田中に捕まっちゃったんだ」

「ガチか! 良く殺されなかったな」

「勇者の情報を教えろって言ってたけど隙を見て逃げ出してきたんだ。それでここに居るのも怖くてサーガ王国に逃亡してた」

「それは大変だったな」


そう言って隆文は地図を広げ始めた。


「あっ、茜、コーヒー淹れて」

「茜って誰よ、私は綾香だよ」

「あっ、胸無しの共通点で間違えた」

「誰が胸無しよ、有るわ!」


「なにごと?」


リビングの余りの煩さに本物の茜とアッサムが起きてきたのだ。

沢山の人がいるリビングに驚き一気に目が覚める二人。

既に目は丸く見開かれていた。


「それで潜伏先はどこだ? この地図で示せるか?」


地図などこの世界に来て初めて見たファレノプシスはまず自宅を探しそこから記憶を頼りに連れて行かれた道を辿ってみた。


「ここだね、この大きな家だよ」

「そこは領主様の自宅よ」


アッサムが寝起きとは思えぬ声を張って指摘した。


「ブラジル公爵か? 田中は侯爵と組んでたのか?」

「不味いことになったわ、侯爵は王の叔父。王に処分を確認する必要があるわ」


パーティーのリーダーである勇者綾香が方針を告げるが隆文が異を唱える。


「いや、一刻の猶予もない。俺達は王に裁量を貰っている。そこに、ブラジル公爵に対する処分も含まれているはずだ。もしブラジル公爵がグルなら捕縛し王都に連行、その後の処分は王に任せる。もし、田中に利用されているのなら助け出す」

「分かったよ。それに決まり。私は公爵邸に行ったことがあるから今から見取り図を描く。それで計画を練りましょう。決行は今晩、家人が寝静まった頃」

「分かった。じゃあ、綾香コーヒー淹れてくれ」

「そこは、この家の主人ファレノプシスが淹れるべきじゃ?」

「よし。おい奴隷茜、今すぐにコーヒーを淹れて差し上げろ」


話を受けてファレノプシスが茜に命じる。


「はぁ、康介、あんたが自分で淹れて差し上げろ」

「はぁ、もううちの奴隷は人使いが荒いんだから」


奴隷だというのに茜は主人である康介ことファレノプシスの扱いが雑であった。


「もしかしてこの奴隷って転生者? 元日本人?」


綾香が目を剥き驚く。

綾香は茜に同族意識を感じていた。

主に胸部に関する点において。


「失礼ね、私にはあるわよ、ふたつも!」

「え? 心を読んだ?」


心を読まれたことに気付いた綾香は驚きを隠せない。


「私には『テレパス』ってスキルがあるから」

「もしかして、職業『さとり』とか?」

「いえ、ただの『村人』ですが、何か?」

「あぁ、ご、ごめんなさい‥‥」


綾香は二の句が継げなかった。転生者は女神リインカーネーションによって純粋な現地人では持ちえない希少で有益な職業が与えられる。はずだった。

だが綾香はこの世界で一番多い職業『村人』だったのだ。

余りに可哀そうだった。



計画は練りに練られた。

しかし完ぺきとは言い難い。

余りにも情報が不足しているからだ。

しかしここで時間をかける訳にはいかなかった。

王が焦っているからだ。

遅れれば王が皇帝により処罰されるかもしれない。

その為王は一刻も早い事態の収束を要求していたのだ。

そして、ここにきてその元勇者と王国の公爵、それも王の叔父が結託しているとなれば王の連帯責任も追及される可能性もある。

もはや一刻の猶予も残されていなかった。


懸念はもう一つ存在した。

呪術集団カースの存在である。

もし、公爵、元勇者、呪術集団カースの三者が結束しているとなればその目的はクーデター、王国の奪取に他ならない。


計画にカースの存在は加えたくはないが加えずにはいられなかった。

そして夕方計画は出来上がった。

余りにもずさんな計画。

だが現状の精一杯。

情報の不足が一番の要因。

その為兵士10名に公爵邸の情報を調査に行かせた。

幸運だったのはアダルジーザの存在。

昼頃ファレノプシス家を訪れた彼女たちは狭いリビングにあまりに多くの人が集まっていたことに驚いた。

そこで自己紹介が始まった。

兵士以外は殆ど、元もいるが日本人。

話題は日本のこと。

スキルのこと。

そして、スキルを念頭に入れて作戦が組まれた。

アダルジーザとマリーは兵士と共に公爵邸へ。

アダルジーザのスキル『エスティメイト』とマリーのスキル『センシング(感知)』を使い公爵邸を調査したのだ。

結果、公爵も田中もいた。

更に、呪術集団カースの頭領も存在していたのだ。

目的は王国の転覆、ひいては帝国の奪取。

露見すればデンファレ王国国王の地位どころの話ではなくなる。

王の命が消滅しつつあった。

そして、田中のスキルと職業をアダルジーザが見破った。

田中の職業は『スレギー』だった。


「何それ?」

「韓国語でゴミ? 人間的に屑だから?」


皆変な職業だと思った。

ただその通りの職業だった。


そして田中のスキルは『護身』と『九頭』。


「はぁ、日頃の行いはスキルを現すのね」


しかし、辛辣なことを言う綾香に馬鹿にされた田中の職業は侮れるものではなかったのだ。

『護身』のスキルは文字通り身を守るスキル。物理魔法の絶対防御のスキルだったのだ。

そして、『九頭』のスキル。文字通り頭が九つ存在する。つまりは分身スキル。さらにそれは只の分身ではなかったのだ。命さえも九個存在する。つまり田中を殺すには九回も殺さなくてはならない。物理魔法の絶対防御を持つ元勇者をだ。不可能だった。

只望みが一つある。

田中の持つすべてのスキルのグレードがグレードSだったということだ。

つまり、グレードSのスキルがあれば五割の確率で攻撃が通るということだ。いずれは倒せる可能性が残されていたのだ。

しかし問題はグレードSのスキルを持つ勇者は存在しなかった。

田中以外には。

田中はそれだけ規格外の勇者だったということだ。

たった一つ幸運なことがあった。

田中には攻撃スキルが存在しなかったことだ。

しかし、誰かと組めば話は別である。

田中の為に敵を攻撃する強い味方がいれば田中を倒すことなど不可能であろう。

しかし皆の中に希望が芽生えた。

スキルシステムにグレードの存在があったことなど知らなかったファレノプシスのスキルが『栽培』以外の二つがグレードSであった。その為ほんの少しの希望が持てた。

グレードS以外であれば確実にそのスキルの効力を及ぼし同じグレードSにさえ五割の確率で効力を及ぼすことが出来るグレードだったのだ。

因みに茜のスキル『テレパス』はグレードが存在しなかった。つまりすべての人の心を読むことが出来た。しかし、隠蔽のスキルやアイテムがあれば簡単に防げるスキルではあるのだが。


斯くして万難を排することはできなかったが一縷の望みはできた。そこに賭け田中を捕縛若しくは殺害しブラジル公爵を生け捕り呪術集団カースの頭領を殺害する。


「よし、行くぞ」


勇者高杉隆文が号令する。


皆不安を抱えつつも意気揚々と公爵邸へ向かうのであった。

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