第28話 邂逅


その日、アダルジーザとマリーはいつもの様にファレノプシス家を訪れていた。

毎日、毎日、今日こそはと意気込むが全く帰ってくる気配はない。

まさかもう死んでいるのではとの不安は募る。

例え女神から良いスキルを貰っていたとしてもだ。

それでも死ぬことはあるのだから。


いつもの様にコーヒーを飲みながらニルギリは降りてこないねと会話する気怠い午後を過ごしていた。

突然勝手にドアを開けて入って来る者があった。

見知らぬ金髪の女性だった。

漸く待ち人来たるかと意気込んだアダルジーザ。


「もしかして、アッサム様でしょうか?」


期待に胸が膨らんだ。

しかしアッサムが答える前に別の女性も部屋に入ってきたのだ。


「えっ、優愛? 葵? なんで二人がいるの?」


アダルジーザもマリーも思考がフリーズした。

なぜなら、外観から優愛と葵だと判る痕跡など微塵もないのだから。

それなのにそれを言い当てる女性。


「私よ、茜よ、茜! 久しぶり!」

「えっ? ガチ? 本当に茜? どうして私達だって分かったの?」

「私には『テレパス』ってスキルがあるからさ。二人が相手の名前考えてたみたいだから直ぐに分かった」


三人は抱き合った。


「あっ、そうそう、康介も一緒よ」

「康介も? あいつもこの世界に来てたんだ!」

「でもどうして二人がここにいるの?」

「ファレノプシスって人が私達が探してる人じゃないか確認するために待ってたんだ」

「ファレ? そいつが康介だよ」




そこへ少し遅れてファレノプシスが入ってきた。

アダルジーザは目を見開く。

彼の顔にはまだ9歳の頃のイメージが残っていた。

濃い金髪、緑色の瞳。

だが、別人と言われてしまえばそうかもしれないと思えるほどの相似性しかなかった。


「あなたがファレノプシス様ですか?」

「そうだけど、どちら様?」


ファレノプシスは目が丸くなったまま固まっていた。

こんな綺麗な人は見たことが無かった、まるでエルフ。これぞエルフと言えるほど美しかった。

前世で見た映画に出てきたエルフのように綺麗だった。


「私はアダルジーザ・アチェールビ、帝国貴族アチェールビ侯爵の娘です。憶えてらっしゃらないでしょうか?」


帝国貴族? 覚えてるわけがない‥‥って言うか知ってる訳がない。なぜ僕の所へ? まさか肩のタトゥー、帝国貴族の奴隷だったのか? 一瞬にしてファレに様々な思考が去来した。


「初めて会ったと思いますが?」

「私はあなたが皇族の関係者だと思ったのですが。違いますか?」

「違うと思いますよ、というか違います」

「茜、本当に違うの? あなたの『テレパス』のスキルで判るでしょ、教えて?」

「本当に違うみたいよ」

「あなたの肩に紋章はありませんか?」

「ありませんが、それがどうしたのですか?」


ファレは正直に言おうか迷ったが貴族に奴隷紋を見られるのはまずい。姉の遺言ともいえる言葉、それは誰にも見せるな、だからファレは嘘を吐いた。


茜は、肩のタトゥーを確かに見た、しかし、それがアダルジーザが探しているものかどうかは分からない、だが肩にタトゥーがあると教えることはできる。だが、約束した、誰にも言わないと。だから茜は黙っていたのだ。


「いえ、何でもありません」


アダルジーザは肩の紋章の意味をむやみやたらに言う訳にはいかなかった。

帝国貴族の皇帝に近しい者だけが知る秘密、可能性というだけでは明かすことのできない重大な秘密だったのだ。


「でも、どうしてこの胸無しが茜だってご存じなのですか?」

「だっ、誰が胸無しよ! 顔無しみたいに言うな! こいつは優愛よ、それでこっちが葵、でこいつが康介。懐かしき友人の御対面ね」

「優愛と葵? ガチか? まさかこの世界で会えるなんて」

「私も嬉しいよ、康介。あんたが探している人じゃなくて残念だけど」


そこへ、話が良く分からないアッサムが割り込んでくる。


「始めましてアダルジーザ様、以前拝見したのは帝都の宮殿での晩餐会でした。憶えてはいらっしゃらないでしょうけど」

「どうした、アッサム、貴族みたいに話して、変だぞ?」

「貴族よ、失礼ね。もしかしてお探しの人物は第一皇子殿下ではありませんか?」

「‥‥ええ、そう、どうして分かったの?」


ここで白を切ることもできた、しかし、もし何らかの情報を彼女が持っているのなら聞くべきだと事実を明かした。


「ファレノプシスと同じ名前で皇帝貴族のアダルジーザ様が探されているとなればアダルジーザ様のフィアンセの第一皇子のファレノプシス殿下ではないかと愚考しました」


名前が同じだという情報を知っていれば直ぐにでも辿り着ける。


「そこまで知られていては誤魔化しようがありませんね」


アダルジーザは諦めたように溜息を吐いた。


「ここだけの話にしてね。皇帝に殺されるから、ガチで。帝国の第一皇子ファレノプシスが5年前から行方不明なんだよ。だからサーガ王国で同名の康介の話をアッサム様の父上から聞いてここまで来た訳さ。でもいないじゃん。困ったよ。でも帰るわけにはいかない、だから待ったよ、待った、何日も、何で帰って来なかった訳? ここで毎日毎日コーヒー淹れて、ニルギリが康介の貯金を狙うのを阻止しながら暮らしてたんだよ」

「やっぱりか! あいつ僕の貯金狙ってたのか? 盗られてない?」

「大丈夫、鍵がしっかりかかってたから。って、ぷっ」

「なんで笑うんだ?」

「だって? 康介あんた吉岡に押し付けられた職業って『花屋』だったの? もうハズレまくりじゃん。毎日花売って暮らしてたんだ? だから借金取りに追われてたの? ニルギリが私見て借金取りって言ってたよ」


アダルジーザはスキル『エスティメイト』で一応康介が記憶を無くし皇子であることを忘れている可能性が無いかとステイタスで調べたのだ。その結果、記憶は失くしてはいなかった。ステイタスにも皇子という表示もないことが分かった。ただ同時に職業が『フローリスト』だと分かったのだった。


「くそ、絶対追い出してやる、あの引き籠り」

「まぁ、花屋でもイケメンに生まれて良かったね。かなりのイケメンだよ」

「優愛もな。かなりの美人。最初エルフかと思ったよ」

「えっ、エルフ見たこと有るの? 私ないよ」

「あぁ、前世の映画でね」

「タイラーね。あれ見て父が言ってたよ、ハラ・タイラーに3000点って、意味わかんないし」

「葵も貴族? 良かったね金持ちで」

「いえ、メイドですが、何か?」


葵ことマリーは目を細め腕を組んで康介ことファレノプシスを睨んでいた。


「葵何贅沢言ってんだ。僕なんて花屋だぞ、しかも奴隷の様に働かされてたんだからな」


泣くに泣けない過去であった。





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