第21話 住処

翌朝、明るくなった外の眩しさで目を覚ましたアダルジーザはメイドのマリーを叩き起こす。


「ちょっと、優愛! 未だ寝てるし! 叩くなし!」

「もう、ギルド開いてるよ。もう駄目メイドだな、略して駄目イドだよ。起きろ」


斯くして二人は朝食もそこそこに昨日の傭兵ギルドとは逆方向にある探索者ギルドに向かうのであった。


到着した探索者ギルドはまるでデジャヴと思うほどそこにいる男達とその雰囲気が昨日の傭兵ギルドに酷似していた。


「あれ、昨日のお嬢様だ」


アダルジーザの顔を見たいかつい男が指をさす。


「ああ、昨日お会いした方ですね、憶えてますよ。相変わらず筋肉隆々ですね」


笑顔で首を傾げ挨拶をする。

男は全くその要望に似合わないにもかかわらず顔を赤らめる。


「おーおー、また誑してるよ、この娘は」

「ただの挨拶でしょ」


周囲にいた男臭い男達もアダルジーザを見て目尻を下げていた。

受付にてアダルジーザは用件を伝える。


「人を探しています心当たりがないか伺いたいのです。サーガ王国侯爵の御令嬢アッサム・アンチェロッティー様を探しています。この名前に聞き覚えはございませんか?」

「さぁ、他国の貴族の御令嬢なら噂に上ると思うのですが、うーん、噂は聞かないですね。ただ、同じ名前の方ならいますけど、只の探索者で貴族ではないので恐らく別人ですよ」

「い、いらっしゃるのですか? 住所を伺ってもよろしいでしょうか? まぁ個人情報保護法なんてないだろうし構いませんよね?」

「え? はい」


意味不明なアダルジーザの言葉に受付嬢は素っ頓狂な顔をして返事をする。


「この住所です。ここからそれほど遠くありませんよ。でも本当に平民の探索者ですので別人だと思いますが、宜しいので?」

「構いません、本当にありがとうございました」


すると、別のギルドの女性がそそくさとやって来る。


「ま、待ってください。アッサムはいませんよ」

「え? どうかされたのでしょうか?」

「今週里帰りで故郷のサーガ王国へ帰ってます、一週間という事でしたのでもうすぐ戻ると思うのですが‥‥」

「サーガ王国! 間違いないですか?」

「ええ、間違いないですよ」


アダルジーザは確信を深めていた。

同じ名前で同じ故郷。

しかも同じ期間に実家に帰っていた。

もう間違いであるはずがない。

アッサム様は身分を隠していたのだ。

もし今日いらっしゃらなくてもすぐに帰国する予定だという。

帰るまで待つ。ここで待つことが近道だ。

探しに行けばすれ違うだろう。

だから待つ、そう決めた。


「よし、行こう」

「良かったね」

「うん」


貴族とは思えない素の可愛さで笑顔を晒すアダルジーザ。

むくつけき男達でさえ見とれてしまっていた。


ようやくたどり着いたファレノプシスの住居、ふと不安が持ち上がった。

確かに似たような特徴と同じ名前。

しかし、その特徴は成長期における5年も前の情報だ。

9歳の子供が14歳になったのだ。

その特徴は全く変わっている恐れがある。

本当に殿下なのだろうか、それとも同姓同名でただの人?

本人ならどうして名乗り出ないのか?

皇室が嫌になったのか?

皇帝が嫌いなのか?

疑問は尽きない。

帰りを待つしかない。


不安と期待を胸に玄関を叩く。

アダルジーザは唾を飲み込んだ。


「は~い」


気怠い返事と共に玄関に近づく足音。

声は女性の声だ。

同居人だろうか。

メイドだろうか。

そもそも、もし殿下ならアッサム様はフィアンセだという。

フィアンセは私なのにとアダルジーザは嫉妬する。

しかし身分的に考えればアダルジーザが正妻でアッサムは側室ということになるだろう。

ただ、殿下がそれを認めればだ。

殿下がアダルジーザとの婚約を解消する恐れもある。

玄関先で突如持ち上がったアダルジーザの不安は尽きなかった。


玄関が開く。

背の低い女性が出てきた、胸はなく寸胴に見えるその女性は子供にしか見えないのだけれど顔は老けて見える、顔が老けた子供だろうか、それとも、単にスタイルが悪い女性だろうか、不安が余計な事ばかり考えさせた。


「どちらさまで?」

「私はアダルジーザと申します。こちらにファレノプシスという方はいらっしゃいますか?」

「ええ、住んでるけど? いまアッサムと一緒にサーガ王国へ里帰りしていないよ」


確定だ、ここに住むアッサム様が探しているアッサム様だと確定だとアダルジーザは歓喜する。。

しかし、だからと言ってファレノプシスが殿下だとは確定しておらず不安は消えない。

彼らは未だ戻ってきていない。暫く待つよりほかはない。

しかしアダルジーザはその同名の男の情報を聞きたい衝動に駆られた。

本当の殿下か同じ名前の偽物か、その判断材料が欲しかったのだ。


「ファレノプシス様というのはどういった方でしょう? 性格とか出生とかご存じですか?」

「ああ、借金取りね? 今彼儲けてるから支払ってくれると思うよ」


借金取り?

殿下ではないのではないか? そもそも借金をするとはどういった男だろう。

期待と反する情報が顕現し殿下だとの信憑性が薄れてきた。

やはり同名だというだけの男だろうか?

それともこの5年の間貧しい暮らしを強いられてきたとでもいうのだろうか。


「いえ、借金取りではありません。探している方と同名なので同一人物か確認したいのです。以前どちらに住まわれていたとか話されていたことはありませんか?」

「さぁ、貧乏だからずっと同じじゃないの? 興味ないから知らな~い」

「ご家族は?」

「あー、そういえば姉がいたなぁ、殺されたけど」

「殺された?」

「そう」


姉? 姉とは? 姉などいないはずだ? やはり殿下ではないのか?

いや違う、行方不明になった殿下を皇子だと知らずに育ててくれた可能性もある。

もしかするとその女性が誘拐犯の可能性もある。

そもそもなぜ皇子がいなくなったのかトップシークレットだ。

誰も知らない。皇帝に近い者だけが知る秘密。

皇子のフィアンセの私でさえ教えてもらえてない秘密。

姉という人物が関係している可能性は大いにある。

兎に角同名の男に会えばわかる。

何が真実か。

その日が待ち遠しい。

アダルジーザは会いたい気持ちを飲み込みファレノプシスの住処を後にしたのだった。

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