第20話 人探し

サーガ王国を出発し、帝国を抜け、デンファレ王国へ突入し漸く目指すブラジル領領都ブラジルサントスが見えてきた。

逸る心を抑えながら領都の外壁を見つめるアダルジーザ。


「漸くよ、やっと会える。最後に会ってもう5年、あの時私達は9歳だった。私達は前世を覚えていたせいで人格が確立していたけど彼は只の9歳。子供だった。婚約は『ちょっと勘弁』と思ったけどいずれは皇太子、悪くないと思ったわよ、最初は計算だったけど、偶に会う内に可愛くなってきた」

「そう、もう独白は終わり?」


既に聞き飽きた独白に閉口しながらも決められたルーティンのようにマリーはそのセリフを口にした。


「煩いなぁ。会えない時間が愛育てたのさ」

「何? 目を瞑れば君がいるって? ゴーじゃん」


漸く城壁の門に到着。

門には行列ができているが貴族用の門へと向かう馬車。

いつもの様に身分証を出すと最敬礼し迎える衛兵。

いつもの様に領主への面会は個人的な用事だと断りを入れる。


「ところで、行きたいところがあるのですがサーガ王国の侯爵の長女が住む家まで案内してくださらない?」

「いえ、そのような方はこの領にはおりませんが‥‥流石に他国の侯爵様の御令嬢ですとその所在は護衛の為に伝達されるでしょうし」


アダルジーザの眼球は左右に急速に揺れ動く。

何を間違えたのかを思議している。

衛兵が知らないだけの可能性。

住所を言い間違えた可能性、聞き間違えた可能性。

執事がサーガ王国の侯爵を動かした可能性。

結局選択肢が出るだけで解決しない。


取り合えずこの領を探してみることにした。

何かしらのギルドで彼女の名前を言えば何かしら分かると考え、先ずはギルドを巡ることに決めた。


「貴族が行くギルドってどこかな?」


アダルジーザはマリーに訊いてみた。


「メイドならメイドギルド? 辞めた時に紹介してくれるから」

「貴族は行かないよねぇ、私も行ったことないし」

「あれ? アッサム様って魔法使えたよね? だったら探索者ギルドか傭兵ギルドじゃね?」

「じゃ、まずそこからね」

「ラジャー? でも先ずは宿じゃね?」


と言うことで馬車は領都ブラジルサントス一番の宿、琥珀亭に到着する。

琥珀亭は勇者たちが定宿にしていた宿であった。


「優愛、ここってお風呂あるよね? やっぱ日本人ならお風呂でしょ?」

「あんた既に日本人じゃねぇーし!」

「心はいつまでも日本人だよ、米食いたいし」

「うるせーし。でも米食いたいよねぇ。あー、やっぱ私も心は日本人だわ」


帝国の貴族ということでこの宿でも一番のスイートルームを宛がわれることとなった。もちろん宿泊費はこのブラジル領の領主ブラジル公爵が支払うことになっていた。

荷物を置くと早速ギルドを巡ると宿を出る二人。


「まずは、一番近くから行く? 傭兵ギルドが直ぐ近くらしいよ。そこから少し離れて薬剤ギルド、その次が傭兵ギルドとは逆方向にある探索者ギルドだってレセプションのお姉さん言ってたよ」

「じゃあ、傭兵ギルドからね。今日は三つ回れないかもね」


アダルジーザ達が向かった傭兵ギルドは臨時の兵士を雇う場合に軍が利用するギルドであり、そこに登録しておけば必要な場合にお呼びがかかり兵士として働くことが出来る。それ故、常に需要がある訳ではなく他のギルドとの掛け持ちも多いギルドであった。


「ここで判るかな?」

「判るといいね」


アダルジーザはマリーに励まされつつ傭兵ギルドの中へ入るのであった。


そこは男達の屯する汗の臭いが充満した部屋だった。

二人の美しい女性が入室すると不躾な視線を向けるむくつけき男達。

貴族の令嬢だと判る服装をしていてもお構いなしに視線をそらさない。


「ごめんなさい、お邪魔する気はないの。暫く居るけど我慢して下さいね」


今にも蕩けそうな麗しい笑顔でそう告げられ紅顔する男達。アダルジーザはその様子を見て取ると即座にカテーシで挨拶をして受付嬢の居るカウンターを目指す。カテーシなどされたことのない男達は一息にアダルジーザに心酔してしまった。


「ほら、やっぱりどこでも男を誑してるし」

「煩い、処世術よ」


二人はカウンターまで来ると受付嬢に尋ねたのだが彼女間で呆けてしまっていた。


「人を探しているの、サーガ王国の侯爵令嬢でアッサムと言う人御存じないでしょうか」


前世の記憶が色濃く残っているアダルジーザは初対面の人に貴族宜しく高飛車に尋ねることなど出来なかった。というよりそれが彼女の計算された処世術なのだろう。


「サーガ王国侯爵様の御令嬢でしょうか。そのような方がいらっしゃるとは聞いたことがありません。あれば噂が流れないはずがないのですが」

「そうですか‥‥残念です」


これではどこのギルドへ行っても同じ結果に終わるだろうことは予測できた。

そこで一縷の望みをかけ名前だけでも知らないか尋ねてみることにした。身分を隠して生活している可能性もあるからだ。


「アッサム様という名前に聞き覚えはないでしょうか」

「う~ん、聞いたことが無いですね、申し訳ございません」

「いえ、謝っていただく必要はありませんよ」


結局最初のギルドでは何ら情報を得ることはできなかった。

次は薬剤ギルドである。


そこは傭兵ギルドとは違い待つ人も少なく屯する人も居らず落ち着いた雰囲気の待合室だった。

アダルジーザはまた同じように聞いてみた。


「う~ん、聞いたこと有るような無いような。同じ名前の方もいらっしゃるとは思うのですがお探しの方かどうか分かりません。しかし貴族の御令嬢がいらっしゃるとの噂は聞いたことが無いですね」

「そうですか‥‥」


薬剤ギルドを出ると既に日が暮れ周囲の家々には明かりが灯されていた。

街灯などもない薄暗い道を二人はのんびり歩きつつ宿まで帰る。

肌寒くなった風は秋の到来を思わせていた。


「やっぱり田舎は暗いね」

「東京は良かったよぉ、夜もお店開いてたし。あー、マック食べたい、コーラ飲みたい」

「ね、森の中であった山上ってやつ憶えてる? あいつの職業『アーキテクト』だったよね?」

「あー、そうだよね。それが何か?」

「『アーキテクト』って創造者って意味ない? あればそのスキルに無いものを創造できるスキルがあるかも」

「なるほど、それでコーラとマックを創造してもらおうと?」

「そーそー、あいつ探そうか?」

「いやいや、もうやってくれないでしょ? 森の中で放置だよ? 置き去りだよ? 悪意の遺棄だよ? 夫婦なら離婚だよ?」

「やっぱ、無理かぁ~、炭酸飲料でもいいから飲みたいな」

「あれ、夕飯って時間決まってなかった? 急ごう!」


結局願望は叶わぬと気付いた二人は宿へと急ぎ漸く夕飯に間に合うことが出来た。

久しぶりのベッドでゆっくり寝れた二人は朝までぐっすりで途中目を覚ますことはなかった。

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