第19話 阿保

その日、山上達弘は死亡し転生の女神と面談していた。


「私は転生の女神リインカーネーションです。消滅ですか、転生ですか、それとも異世界転移にする?」

「妻か! って三択!? どれが一番得ですか?」

「そうですね。転生なら平穏な人生を送れます。異世界転移なら波乱に富んだ人生を送れます、更に特殊な力がもらえますしお金持ちになれるでしょう、もちろん消滅には何もありません」

「なんか、異世界転移を選べと言っているように聞こえますけど?」

「そう言ってます。ただ大いなる力には義務がつきものです。承諾しますか?」

「義務とは? まぁ、魔王を殺してくれと言うことですよね」

「いえ、勇者を殺してほしいのです。一応別の転生者にお願いしたのですがその子が阿保の子で殺せそうにありません。そこであなたにお願いしたいのです」

「承知しました。それで僕の力って?」

「それは‥‥」



◇◇◇◇



森の中は昼とは言えど薄暗く湿った空気に満たされていた。その中を猛進する馬車があった。一目見て高級だと判るその馬車が貴族の物であることは馬車の横に描かれた紋章でもわかる。三つの頭を持つヒュドラが描かれた紋章は帝国貴族アチェールビ侯爵家の馬車であることを示している。その馬車に弓を引くことは帝国に喧嘩を売ることに他ならなかった。


馬車の中ではアチェールビ侯爵家の長女アダルジーザが焦燥感に駆られメイドのマリーに八つ当たりをしていた。


「葵、どうしてあんたまで騙されてんの?」

「いやいや、優愛だって騙されたんでしょ?」


葵とはメイドマリーの前世の名前、優愛とはアダルジーザの前世の名前である。

前世の記憶を持つ二人は小さい頃からお互いを前世の名前で呼んでいた。

未だ個性の固まっていない幼児の頃は前世の記憶に支配されてしまう。その為自分が前世と同一の人間にしか思えない。故に二人は前世の名前で呼んでいたのだろう。


「まさかあの執事がミスリードする為に敢えて焦りを含ませて答えたなんて思わなかった、くそっ」

「でも、それでサーガ王国であいつにニアミス出来て現在の住所が分かったんでしょ。執事に感謝しなきゃ」

「執事も想定外だったろうね。褒美に自殺用のロープでも送るよ」

「相変わらず優愛って辛辣だよね」

「ふん、そんなこと言ってると皇子に向かってって言ったことチクるよ?」

「優愛も言ってるでしょ」

「それは親しみを込めて‥‥まぁいいよ」

「それで家に一度帰らないの?」

「帝都には寄らない、時間がもったいない」

「愛だね、愛。愛しちゃったのね?」

「はいはい」


二人を乗せた馬車が帝都を過ぎたあたりでそれは起こった。突如車輪が外れ馬車が転倒してしまったのだ。

砂煙が舞う中、馬は無傷だったようですぐに立ち上がる。

しかし馬車の中の二人と御者は意識を無くしていた。

数分後意識を取り戻した二人は漸く馬車から這い出してきた。


「いたたたたっ、何が起こったの?」

「分かんない」


それを少し離れた所から見ている者があった。


「良し、上手くいった。乗ってた二人も美人みたいだし車輪をうまく破壊できたよ」


独り言ちるのは黒髪、黒目の若い男だった。

男は小説宜しく馬車を助けるクエストをやってみたかったのだ。

しかし、周囲には馬車も走っていないし盗賊もいない。漸くやってきた馬車は平穏に通り過ぎようとしている。しかも高級そうで貴族が乗っているような馬車、幸運なら令嬢が乗っているかもしれない。盗賊が襲えば助け出して令嬢と仲良くなれるし馬車に乗せて街まで連れて行ってもらえる。

しかし、馬車は何事もなくそのまま通り過ぎようとしていた。

だから自分で問題を作ったのだ、車輪を壊して。


男は臆面もなく二人の前に進み出た。


「どうされました、お嬢様?」


二人を見た瞬間心が躍った。

二人とも好みだ、今夜の相手、いや、俺のハーレムに加えようと決めた。

既に彼の頭の中に女神の依頼などなかった。

ここは異世界、漸く彼の夢がかなう、17年間女性に見向きもされなかった彼はここ異世界でハーレムを作り好き勝手に生きようと決めたのだ。


「あなたは?」


二人は悟った、黒髪黒目平坦な顔、しかも不細工、明らかに日本人、こいつはあの糞女神が送り込んだ転移者だと。


「俺は、山上達弘、困っているならお助けしようかと思ったんだ、大丈夫?」

「少々お待ちくださる? 馬車は使えないようなので中の荷物を出します」

「ええ、よろこんで」


二人は馬車の中に戻り小声で会話し始めた。


「あいつぬけぬけと、こっちは急いでるのに!」

「あいつ阿保なの? こんな森の中で突然馬車が壊れて、その近くにいるのに傍観者気取りって」

「ホント。あいつがやったに決まってんじゃん」

「阿保決定だね、どうする優愛?」

「日本人だから絶対女神に何かのスキル貰ってるはず。しかも森真っただ中で馬車を壊したってことは何らかの手段があるはず。恐らくスキル。馬車を治せるか、街まで転移するとか。だから、暫く媚び諂う」

「優愛のスキルで動けなくすれば?」

「あのね、もしあいつが勇者なら『状態異常無効』のスキルを確実に持ってる。グレードSなら私のスキルも通用しない可能性がある。用心すべき」

「同じグレードなら通用しない確率50%。一つ上なら通用しないのか。優愛のは最高グレードSだから最悪で50%だよね」

「まぁ、勇者じゃないと祈るしかないよね」

「さっき鑑定しなかったの?」

「鑑定がばれると敵認定され最悪殺されるパターンを警戒したの。でも阿保っぽいから次は『エスティメイト』で鑑定する」


そうこう話しているうちに二人は荷物をまとめて馬車を出た。

その頃には御者も意識を取り戻す。


三人は山上に準備が出来たことを告げるとどうするのかを尋ねた。


「さぁ、歩いて行こう」

「はぁ、あんたねぇ!」


その一言に優愛ことアダルジーザが堪忍袋の緒が切れた。


「言うに事欠いて歩いて行こうだぁ? てめぇが壊したんだろ?」

「な、何だと? なんでぼ、僕が壊すんだ!」

「阿保なの? 分かってたけど。なぜ壊れた直ぐ傍にいたの? それも人気もない森のど真ん中で? あなたしかいないじゃない」

「ぼっ僕は違う世界から来た勇者だぞ」


そこで優愛はスキル『エスティメイト』を使って鑑定した。すると勇者でもなかった。ただの人。職業とスキルは珍しいものではあったがただそれだけだった。


「勇者じゃないじゃない、勇者ならこの世界沢山いるわよ。一昨日出直し的なさい」

「くそっ、ぼ、僕はタイムトラベルのスキルなんて貰ってないよ」


女性と話すことに慣れていない山上は泣き出してしまった。

呆れて顔を見合わせるアダルジーザとメイドのマリー。


「あなた、職業『アーキテクト』でしょ。馬車くらい治せるんじゃないの?」

「ど、ど、どうしてそれを?」


驚きたじろぐ山上。


「この世界の人はいろんなスキルを持ってるの」


結局山上はあっと言う間に馬車を治してしまった。


「それじゃ、元気でね」

「は? 乗せてくれないの? 馬車治したのに?」

「阿保なの? あんたが壊したんでしょ? 直して当然」


結局アダルジーザ達は山上を残して去って行った。


二人は知らなかった職業『アーキテクト』それは創造者という職業だということを。



◇◇◇◇



馬車の事故を離れた場所から観察しているものがいた。

女神リインカーネーションだった。


「ちっ、次はもっと賢い転生者を選ばなくっちゃ。日本には阿保しかいないのかしら?」







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