第18話 あほづら

朝です。

新しい朝です。

希望の朝です。


「今日って奴隷買いに行くんでしょ?」


昨日武器屋で話してたのが聞こえてたのでしょう。

地獄耳です。


「い、行かないよ、ふひゅーっ」


し、しまった! 僕は横を向いて口笛を吹いてしまいました!

これではまるで嘘を吐いていると宣言しているようなものです。


「そう」


アッサムはあっさりと引き下がりました。

世間知らずのアッサムでは僕の力にはなれないと漸く理解してくれたようです。

僕は賢い大人ですから一人で大丈夫です。


さぁ、一人で奴隷商に向かいます。

案外宿の近くでした。

奴隷商のドアを開け中に入ります。

女性の方がお辞儀をして受け入れてくれました。


「お二人様ですね。本日はどういった奴隷をお探しでしょう」


ん、お二人様?


「一人ですけど」


幽霊でも見えてるのでしょうか?


「いえ、後ろに」


見るとアッサムが立ってました。

付けてきたのでしょうか?


「さ、入るわよ」


なぜだかアッサムが仕切ります。

くそっ。


「それでどういった奴隷を?」

「あっ、はいはい、商売を手伝ってくれる賢くて真面目な奴隷を探しています」

「なるほど、では若い方が良いですね、物覚えが良いですので。男性か女性、ご要望はありますか?」

「女性で。男性だと僕のフィアンセを襲ったりしたら怒りで何をちょん切ってしまいそうなので」


勿論嘘です。

僕の好みの女性を選びたいだけです。


「奴隷が主人の家族を襲うことはありません。女性がお好みと言うことですね」


アッサムが平然としています。

嫉妬しないのでしょうか、それはそれで何か寂しいものがあります。


「ではまずご要望の若い女性で美しい方から10名連れてきます。少々お待ちいただけますか」


僕達は出された薄めのコーヒーを飲みながらソファーで寛ぎつつ待つこととなったのでした。


「アッサムは嫉妬しないの?」

「嫉妬? 無駄なだけじゃないの? 男は女性を沢山作りたがるしそれが本能でしょ? 嫉妬は百害あって一利なしよ」


おー大人だ。初めてアッサムを感心したような気がします。

まぁ自分に都合が良かったからそう思ったのでしょうけど。


暫くして女主人が10人の女性を連れて戻って来ました。全員が美しいと思える方々でした。皆さん薄手の服を着込み体の線が伺えます。


兎に角選ばなくては。

まず排除したのが好みでない顔の人。

次に排除したのが足がO脚の人。

でもここは日本ではないのでO脚の人は一人だけでした。

O客の原因は正座だと言われてます、この世界では正座はしないので少ないのでしょう。

次は寸胴の人を排除。

最後に残ったのは3人でした。

でも全員胸が大きく身長は区々でしたがアッサムとあまり変わらない体形です。

個性がありませんが仕方がないですね、好みで選んだのですから。



「最後に長所とスキルを教えて頂けますか?」


このスキルで3人の中から一人決めてしまいます。


「スキルはお教え出来ないのです。購入後なら教えます。しかし、もし購入前に教えた場合にその奴隷を他の方が購入されれば他人の奴隷のスキルをあなたに教える結果になってしまいます。するとその方の弱みをあなたが知ることになる可能性もある訳です」

「なるほど。でも僕としてはそのスキル目当てで購入するのです。分からなければ購入できません」

「ではこうしましょう。あなたが必要だと思うスキルを仰ってください。そのスキルを持つ奴隷をご用意します」


納得だ。スキルを伝えてそれを持つ奴隷を用意してもらえば問題ない。


「でもそれって、用意されたら必ず購入しなければならなくなりますよね」

「もちろんです」


聞いて良かった。

聞かずに用意してもらったら必ず購入しなければならなくなるところだった。

購入しなければ高額なキャンセル料とか賠償金とかを支払わなければならないだろう。

流石僕だ。

賢いからこそ詐欺には遭いません。

ふっ、賢いです。


「気持ち悪いよ」


煩いです。

でも一応いるかどうか確認します。

確認するだけなら良いですよね?


「必要なのは『デスクワーク(事務)』とか『アカウンティング(経理)』とか『カルキュレーション(計算)』とかのスキルを持つ奴隷でしょうか」

「なるほど。良い人材がいますよ」

「本当に? 美人ですか?」

「もちろんです」


これは期待が持てます。

後はあれですよね、聞かなければなりません。


「巨乳ですか?」

「えっ、ええ、もちろんですよ」


もう、間違いありません。契約しますと言葉が喉まで出かかってます。


「それで、どんなスキルでしょう? スキルが分かっても本人と会わなければよいのでしょ?」

「まぁ、そうですね。その者の職業は『オフィス』、そのスキルは3つあります。『エクセル』『ワード』『パワーポイント』です」


あれ? どこかで聞いたことがあります‥‥って前世のPCで使ってたソフトぉ!

僕みたいに地球から転生若しくは勇者の様に転移してきた人が沢山いるこの世界です。この情報はもちろん転移者とかから聞いたのでしょう。

そんなスキルがある訳有りません。

もう騙されません。


「少し、考えます。考えが纏まればまた来ます」

「よろしいのですか? 直ぐに売れちゃうかもしれませんよ。人気ありますから」


ふっ、騙されませんよ。

そう言って、「売れちゃったらどうしよう、良し買っちゃえ」と普通の人ならなるかもしれません。

でも僕は賢いので慌てて購入しません。

どうせ詐欺でしょうから。


店を出るともう昼食の時間です。

近くのレストランに入ることにしました。

今日はパスタです。

食べ終わった頃、一人の綺麗な女性を連れたブ男が入って来ました。まるで自慢するように僕達の隣の席に座ります。

余りに不釣り合いです。凄く綺麗で巨乳なのに相手は不細工で小太りです。


「でも良かったよ君のような美人が買えて」


当然会話も聞こえてきます。


「ありがとうございます。私もご主人様に買っていただいて嬉しい限りです」


え? 奴隷なの? 惜しいな、でも他にも美人は沢山いたからな。


「うちの店で明日から働いてもらうよ。でも本当に貴重な職業なんだな。『オフィス』って職業初めて聞いたよ。しかもスキルが三つもあるなんて。エクセル? ワード? パワーポイント? 凄いね三つも」


な、な、なんだってぇ~!

それは先程奴隷商の女主人が話していた職業とスキルです。

彼女だったのです。

確かに美人で巨乳。しかもオフィスと言う職業です。

詐欺ではなかったのです。

後悔後に立たず、僕の息子も今夜は立ちそうにありません。

でも明日また、奴隷商に行って『オフィス』の職業を持った娘がいないか聞くだけ聞きます。いれば儲けものです、絶対買います。



さぁ、朝です。

未だ夜が明けたばかりだというのに朝食もそこそこに昨日の奴隷商に向かいます。


到着しました。

開いてませんでした、午後からでした、くそっ。

仕方無く街を見て回ります、ウインドショッピングです。

歩き疲れたので早めの昼食を取り奴隷購入に備えます。

昨日とは違うものが食べたくて別の店に入ることにしました。

今日はステーキです。

食べ終わった頃でした。

綺麗な女性が入って来て僕達の近くに座りました。

くそっ、仕切りが邪魔で綺麗な顔が見えません。

でもどこかで見たことがあるような‥‥


「今のって昨日の奴隷の娘だよね?」

「あぁ、そうだな」


僕は少々不貞腐れて答えました。

まるで、僕がミスして奴隷が買えなかったと文句を言っているように聞こえたのです。

二人で来ているようですが衝立が邪魔で顔が見えません。ですが声は聞こえてきます。買えなかった分、話す内容が気になります。


「でも今日も来るかな昨日の客?」

「絶対くるに決まってるさぁ、店を出た後レストランでの一芝居が効いてるって。今日も店に来て『オフィス』って職業持ってる奴隷いませんかって阿保面あほづらして訊いてくるさ」


あ、あ、阿保面だと?

あれ絶対僕のことです。


「そんな職業なんてないのにね」

「判らないからこそ信じたいのさ。鑑定スキル持ってない自分を恨むんだな。今日も来るから『もう一人いるんですよ』って売れない不細工な奴隷を阿保面に押し付けてやるのさ」

「酷ーい、あははははっ」


くっ、もう僕は顔が真っ赤になっているでしょう、怒り心頭です。


「阿保面君、私コーヒーが飲みたいな」


アッサム、誰が阿保面だ!

でもコーヒーは注文しました。

でも結果的に良かったです。

馬鹿な奴隷商とこの店で会わなければスキル詐欺に引っかかる処でした。

もう詐欺はこりごりです。




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