第15話 アッサムの里帰り3 聖剣の気持ち
サーガ王国の王都ザナルは城郭都市でありその国の人口の多くがこの城郭の中で暮らしています。
その為街の中は人でごった返していました。
「スリに用心してください」
馬車を降りるとき御者が注意してくれました。
ザナルの名物は、スリと美人とチョコレートだそうです。
とは言え、まずは飯です。
これまで質素すぎるご飯だけでした。
少しは贅沢したいものです。
やって来ました、少々高級なレストラン。
肉料理にしてみました。
塩と胡椒があれば肉はどこの世界でも最高です。
ただ、胡椒が高価なのでここの様な高級なレストランでしか味わえません。
注文したのは分厚い牛ステーキ。
この世界でも牛の放牧は盛んです。
ただ盗賊による窃盗と猛獣による捕食を防ぐために高額な費用が掛かるので牛肉は高いのです。
肉はひれ肉でした。
脂肪分は少ないのですが柔らかく噛めば旨味が溢れ出しあっと言う間に消えてなくなります。
本当に旨い。
「美味しい!」
アッサムも大満足のようです
お米が欲しいところですがパンです。米はまだ栽培されていないようです。原生米はどこかに生えているのでしょうけど。僕が栽培しようかなと思います。
食事の最後はコーヒーです。
この時になって初めて周りの客が気になり始めました。
だって、お腹が空いていたんだもの。
いろんな会話が聞こえてきます。
「財布すられちゃったよ、まぁ、あまり入ってなかったけど」
「出頭命令無視して子爵逃げたって」
「馬鹿だよな、女癖悪すぎ! 帝国の貴族を襲うとか。王国の危機だよ」
「アダルジーザ様と言うんだと。未だ宮殿にいらっしゃるみたいだな」
何処かで聞いた話です。
「今の噂話ってあの元貴族のことでしょ? それに彼が話してた帝国貴族の話ね」
「有名なのかな、その女性。聞き覚えがあるんだけど」
「それ、デジャヴってやつね」
「そうだな、デジャヴってるな」
まぁ、王国に住んでる一般人に帝国の貴族は雲の上のそのまた上の住人達です。僕には関係ありません。
食事を終えると宿ではなくアッサムの実家に向かいます。
只の友人ですので気楽です。
これが『お嬢さんをください』とかお願いしに行くのであれば緊張するのでしょうけど。
アッサムの実家は恐らくスラム街でしょう。あまり見せたくはないので見ても感想は控えめにします。
「こっちよ」
アッサムについていくとスラム街とは反対のお城の方へ向かいます。
土産物を買うつもりでしょうか?
取り合えず付いて行きます。
商業地区を抜け貴族街に入ってしまいました。
物凄く場違いです。
「ねぇ、道間違ってない?」
「間違ってない」
冷たく言い放ちます。
なぜだか緊張しているようです。
実家に帰るだけなのですが‥‥
余りの冷たさに黙って付いて行きます。
漸く角を曲がり一見のお宅、いえ、豪邸の前に到着しました。
なるほど理解しました。
アッサムはどうやらここに住むメイドの娘なのです。
メイドの宿舎ですが自宅と言えば自宅でしょう。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
衛兵が敬礼して通してくれます。
まさかメイドの娘にまで丁寧に礼を尽くしてくれるとは、良く出来た衛兵です。
「こっちよ」
「は? そっち本邸の入り口?」
アッサムはメイドの宿舎と思われる建物には向かわずデカい建物の玄関に向かったのです。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
執事のような人が丁寧にお辞儀をしてアッサムを迎えます。
どうやらアッサムは本物のお嬢様だったようです。
それがなぜ悪党のコーチャとパーティーを組んでいたのか分かりませんが。
「貴族だったの?」
「今もそうよ」
アッサムが冷たいです。
絶対0度の冷たさです。
「帰ったのか、アッサム」
目の前に現れたのは高級な服に身を包んだ貴族然とした背の高い男性でした。
彼の遺伝でアッサムも背が高いのでしょう。顔も似ています。イケメンです。
「ただいま戻りました、お父様」
「はい?」
思わず変な声が出てしまいました。
誰?
あなた誰?
アッサムがアッサムではなくなりました。
宇宙人にさらわれて性格を変えられたのでしょうか?
まるで御令嬢の様な態度です。
「こちらの男性はどなただ?」
「はい、私のフィアンセです」
「はひぃぃ?」
思わず更に変な声が出てしまいました。
何時から僕はアッサムの婚約者になったのでしょうか。
そんなことは記憶にありません。
夢遊病になって婚約してしまったのでしょうか。
「あの、アッサム?」
「黙って!」
静かな呟きでしたがあまりの迫力に口を閉じてしまいました。
「旅の疲れもあるだろう、お前の部屋で休むとよい」
「はい、お父様」
僕達は執事に彼女の部屋に案内されました。
そこはまさに貴族の御令嬢の部屋。
天蓋付きベッドが中央に配置されてます。
窓が沢山あります。
ガラスです。
ガラスが嵌めてあります。
家具は全て高級品です。
全部この世界に生まれて初めて見ました。
でも、尋ねずにはいられません。
「あの、いつから婚約者に?」
「あなたの為よ、そうすればこの国の王室か国の主要機関に雇ってもらえるかもしれないわよ。ただの薬屋で終わるつもり?」
「いえ、僕は薬屋でもないのですが」
「お黙りなさい」
アッサムは間違いなく貴族です。
ここに来てからの全ての行動が貴族になってます。
昔に戻ったのでしょう。
暫く休憩していると執事が夕食の準備が整ったと呼びに来ました。
ダイニングの巨大なテーブルを皆で囲みます。
先程のアッサムの父、その隣にはアッサムの母親でしょうか、反対側にはアッサムと似たような顔の男性二人が座ります、二人とも二十歳くらいでしょうか。
周りを給仕のメイドが優雅に歩き回り食事を運びます。
「自己紹介といこう」
そう言うとアッサムの父は話し始めました。
「私はこのサーガ王国の侯爵フィルミーノ・アンチェロッティーだ。国務大臣を務めている。その顔を見ると知らなかったようだね」
「はい、貴族だとも知りませんでした」
「そしてこの二人がアッサムの兄、フィルビオとガブリオーレだ」
「「よろしく」」
二人が僕に頭を下げます。
貴族らしからぬ行動に好感が持てました。
「隣が妻のフランチェスカだ」
「よろしくね」
美人です。アッサムも美人ですけど、少々味の異なる美人です。
最後は僕の番です。
「僕の名前はファレノプシス。ただのファレノプシス、平民なので姓はありません」
「ん、ファレノプシス? それは大層な名前だな、帝国の皇子と同じだ。まぁ本物は帝国でぬくぬくと暮らしてるんだろうけどな」
ひどいなぁ、まるで聖剣もどきエスクカリバー扱いです。
僕は僕の本物です。
帝国の皇子の偽物ではありません。
今になって漸く聖剣エスクカリバーの気持ちが良く分かりました。
偽物扱いは悲しいものです。
自己紹介の後漸く食事が始まりました。
そう言えばここはサーガ王国、あの元貴族に会ったことを話さないといけません。
「そういえば帝国貴族を襲った為サーガ王国から逃げ出したという貴族と会いましたよ」
「ほ、ほんとうか? どこで会った? 今国中の兵隊が探してるんだよ」
「帝都を出て暫く行ったところです。ですが、帝国外に出ると言ってましたからもうこの帝国にはいないかもしれません」
地図を見て正確な場所と日時を示すと執事がその情報を伝えに王宮へ向かいました。
侯爵は偽物の聖剣を売りつけられた話を聞くと腹を抱えて笑ってくれました。
「やっぱりあいつは阿保だな。カイゼル髭の男に碌な奴はおらんな。早く捕まえんとアダルジーザ様にも納得していただけないだろう」
「元貴族も言ってましたがそのアダルジーザ様と言うのは?」
「ああ、帝国の侯爵のご息女だ」
「同じ侯爵なのに
「そりゃそうだろ、帝国の侯爵と属国の侯爵ではその地位は雲泥の差だ。うちの王も遜るぞ」
「凄く偉そうですね」
「偉そうではない、偉いんだ。それにアダルジーザ様は全く偉ぶらず、そこが人を引き付ける魅力のひとつとなっている。王もアダルジーザ様にメロメロだぞ」
「何か人誑しですね。美人なんですか?」
「もちろん、あんな美人は初めて見た」
「と言うことは、アッサムより美人と言うことですね」
「失礼ね!」
アッサムにわき腹を抓られました。
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