第11話 小旅行

「付いて来てるねぇ」


『センサー』つまり感知能力の職業を持つアチェールビ侯爵家のメイド、マリーは転生者である。

前世の名前は橋本葵。

転生者である彼女のスキルは純粋な現地人とは一線を画するものであった。

マリーはそのスキルを使い常に馬車の周囲を警戒していた。

すると本日未明宿を出た時からずっと後を付けて来る者がいたのだった。


「うん、付いて来てるね。私の『エスティメイト(鑑定)』で調べるまでもなく執事の手下よ。まったく、胡散臭いったら無いわ、あの執事」


アチェールビ侯爵家の長女アダルジーザも転生者だ。

前世の名前は本庄優愛ゆあ

彼女の職業は『エスティメイター』つまり、評価者と言うスキルだ。

そのスキルも純粋な現地人とは一線を画するものであった。


「優愛、追っ手を撒くから奴にデバフを掛けて」

「ちちんぷいぷい、はい、掛けたよ。認知機能にデバフを掛けたからそのうち離れていくわよ」

「何よそれ、呪文? ってか、追跡者をアルツハイマーにしたわけね。勝手に徘徊してくれるという訳ね」

「良く分かってるよ、この娘は」


優愛が使用したスキル『エスティメイト』は相手の能力を好き勝手に見積もるスキルである。低く見積もれば相手の能力が下がってしまうのだ。

つまり、強い敵も子供の様に弱くできてしまうというチーターもびっくりな能力であった。もちろん制限はあるのだが。


「大変です、お嬢様」


御者の声が馬車内に響く。

貨物用の馬車とは違い貴族の馬車は密閉されているからである。


「何事ですか?」

「道路に倒木が置いてあります」


そう落ちているのではなく置いてある。

それが手であった。

もちろん盗賊の手である。

逃げ場がない場所に倒木を置き、馬車を停車させたところに盗賊が現れ前後を塞ぐのである。

もう逃げ場はない。


「優愛、どうする? やっつけちゃう?」

「って、誰がよ? めんどいなぁ」

「じゃ視力無くして逃げる?」

「目が見えなかったら誰が倒木片すの? 早くサーガ王国へ行って探さないといけないんだから」

「戻る訳にもいかないよね。一本道だし」

「小説ならここで異世界からの転移者が初回クエストで倒してくれるのにねぇ」

「だね」

「エコエコアザラシ! はい。デバフ掛けたよ。二人でやっつけようよ。相手は小学生並みにしたし」

「プッ、何よ、その呪文」


変な呪文に吹き出してしまう葵ことマリー。

突然馬車の外が騒がしくなった。

見れば誰かが盗賊を倒している。

一方的であった。

あっと言う間に盗賊は全てなぎ倒されていた。


「お怪我はありませんか? まぁ、ないですよね。小生に掛かればこの人数の盗賊など物の数ではありません」


それはそうである。

盗賊全員デバフで小学生並みの能力になっているのだから。

そうとは知らない嫌味な顔をした細身の男が勘違いの自慢を吐く。


「は、はぁ? ありがとうございます?」


とは言え首を傾げながらも一応は助けてもらったので適当に礼を言う。

しかし彼女の表情は何を言っているんだと唖然としていた。


「小生は一人旅ですので、馬車に同情し護衛して差し上げましょう」


上から目線で自慢であろうカイゼル髭を触りながら宣言する。

小生の表情は下心見え見えで鼻の下が伸びに伸び、にやけた歪みが醜悪であった。


「いえ、大丈夫ですよ」

「これはお願いではない。小生の名前はアッポンディオ・タリーニと申す。サーガ王国の子爵である。偉いからと言って恐縮しなくてもよいぞ」

「へへーっ」


一応時代劇のノリで返事をしてしまう優愛ことアダルジーザ。

相手は子爵であり、侯爵家であるアダルジーザよりも下級である。

更に子爵とは言え属国の子爵であり、例え同じ侯爵家であっても帝国の侯爵家と属国の侯爵家とでは雲泥の差があるのであった。

つまり、サーガ王国の子爵は遥か下方の貴族と言える。


「ええと、アンポンタンでタリナイさんでしたか?」

「ちょ、ちょっとマリー、そ、それひねり過ぎ! ってか馬鹿にしすぎぃ! ひひひっ」

「笑ってるじゃない、面白かったでしょ?」


アッポンディオを無視し二人で騒ぐ二人。

貴族である私を平民が無視するとは癪に障る。

それでも、この二人と夜を共にできればとよからぬ謀略を巡らすアンポンタン、もとい、アッポンディオであった。


「と言うことで、護衛はお断りしますので」

「き、貴様ぁ、貴族の小生が丁重に護衛をしてやると言っておるのだ、大人しく馬車に乗せろ」


護衛ではなく馬車に乗せろと本心を露呈するアッポンディオ。


「いえ、女性の二人旅ですので、男性の方はお断りです」

「た、倒してやったのだ、沢山の盗賊を! 乗せるのが礼儀だ!」


もう最初の丁寧さなど無く第二の盗賊、いや、単独盗賊行為を行い始めたアッポンディオであった。


「じゃあ、アンポンタンさん、馬車に追いついたら乗せてあげるよ」


とデバフを掛けるアダルジーザ。


「本当か!」


喜色満面の表情に変化するアッポンディオ。

今夜の夜伽を既に得た様なにやけた表情をしていた。

永遠に馬車に追いつくことはないのだが‥‥


今晩の宿泊地の村に到着した頃には辺りは既に薄暗くなっていた。

二人は暗くなる前に到着できてよかったと喜び合う。どんなにチートなスキルを持っていようと、暗くても感知できるスキルが有ろうとも根源的な恐怖は拭えない。

特に夜でも明かりに溢れた都会で暮らしたことのある二人にとっては猶更であろう。


村は既に夕餉の匂いに溢れていた。しかし、様々な夕餉の香りが去来する訳ではなかった。匂いの種類は限られその村が貧乏であることを物語っていた。


宿は一軒だけ、その宿は平屋で趣がある宿であった。趣があると言えば聞こえは良いが要は古臭い宿だということだ。少々期待外れの二人であった。


「2名様でしょうか?」

「いえ、御者がいますので3名で二部屋で結構ですよ」


女性二人が同じ部屋で御者には別の部屋を用意する。御者は馬車で見張りがてら寝ればよいと考える風潮がある中でその考えは貴重だともいえる。

確かに馬車の見張りは必要なのだがメイドマリーのスキル『センシング』で馬車を感知しているので何かあれば対処できるのだ。もし大人数の盗賊が襲撃し御者だけ残していたなら御者の命が危険だとも言える。つまり御者の身を守るためにも部屋を確保したと言えるのだ。


給仕された夕飯は粗末なものであったがそれほど不味くはないと二人は十代の女性宜しく大燥おおはしゃぎだ。


「さ、さ、魚の目玉が、とっ、飛び出してるよぉ~! ひ~っひっひっひっ」

「葵ぃ、変な笑い方しないで私まで可笑しくなるよぉ‥‥って目玉食べないでっ!」


箸が転げても可笑しい年頃であった。


部屋に戻り寝付いた頃、それはやってきた。


「優愛おきて!」

「何よ、煩いわね。メイドは指示しない。起こさないで」

「優愛、そんなこと言ってる場合じゃないよ、囲まれてるよ!」

「あらそう? 人気者ね? 頑張って、私まだ寝てるから」


殆ど寝言、寝覚めの悪いアダルジーザであった。


「もうっ! 起きないと回されちゃうよ? いいの?」

「あら気持ちよさそう。頑張って」

「私の力じゃ無理だって。起きろ、優愛!」


葵は仕方なく優愛にけりを入れる。

ウっと呻いて優愛は起き上がった。


「痛いよ、葵! で、誰よそいつら? スキル『センサー』で鑑定した?」

「あの『小生』の仲間よ」

「あぁ、あのアンポンタンの! 仲間がいたんだ。ってか子爵家の部下だろうね」


突然外で外壁を叩く音がする。

まさか、宿を破壊して押し入るとは盗賊よりも悪どいことをやっている。

このままでは宿に迷惑が掛かってしまう。

優愛ことアダルジーザは全員のスキルの内、パワーだけを減少させた。

音が止んだ。

宿を破壊することはできなくなったようだ。

外に出ると侵入者は逃げ出そうとしていたところだった。

武器も持てなくなり武器を放って逃走を図っていた。

立つことも儘ならず文字通り這う這うの体で逃げ出そうとしていた。


「一人捕まえたよ」


得意げなアダルジーザ。


「どうやって?」

「力を殆どゼロにした。完全にゼロだとおそらく死んじゃうから。逃げ出せないくらいに弱くした」

「さすが優愛、えげつないね」

「煩い、さぁ、尋問するよ」


黒ずくめの服を着た男が腹這いの状態で逃げ出そうと藻掻いていた。


「目的は?」


端的に問い質すアダルジーザ。


「ただの強盗だ」

「ふん」


鼻で笑い飛ばす。


「あなたがアンポンタンの部下だって分かってるのよ」

「誰だ、それは? 俺は只の強盗だ」

「ねぇ、あなた私が誰だか分って攫おうとしたの?」

「誰だ? 俺は誘拐など知らん」

「私は帝国のアチェールビ侯爵家の娘よ、分かってるの?」

「えっ?」


強盗と言い張る男は本当に知らなかった様で目を丸く剥きアダルジーザを見つめていた。


「サーガ王国の貴族が帝国侯爵家の娘を攫おうとしたのが発覚すれば王国は帝国に弱みを掴まれることになる。そうなれば帝国は王国に無理難題吹っ掛けて来るでしょうね。特に私はアウグストゥス・ド・ドコゾーノ皇帝の長子、ファレノプシス・ド・ドコゾーノの婚約者。皇帝陛下は黙ってないでしょうね。最悪、サーガ王国の王族、貴族纏めて処刑されて帝国の直轄地となるかもしれないわね。アンポンタン子爵の行動はその可能性を秘めてるのよ? 分かってる?」

「い、いや本当に知らなかったんだ。いえ、知りませんでした。子爵から偉そうな平民の娘がいるから攫って来いと言われて。私たちは只のしがない兵隊でしかなく貴族の命令は聞かなければ職を失います」

「そうよね。分かったわ。これは皇帝陛下には言いません。でも子爵の軽率な行動は目に余ります。子爵だけは処分を受ける必要があります。この件は国王と話し合います。あなたは証人として後で出頭してください。出頭しなければ‥‥分かりますよね」

「は、は、はひぃ、わ、分かりました」


余りの恐ろしさに失禁してしまった自称盗賊であった。





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