第12話 サーガ王国領都ザナル

「それでタナカは見つからなかったのか?」


落胆する王の表情は暗く影を落としていた。

デンファレ王国の謁見の間に声を発するものはなく部屋全体を重く暗い空気が満たしていた。

沈黙を破ったのは勇者中尾綾香だった。


「ですが、ブラジル領の領都ブラジルサントスにいるのは間違いが無いようです。一人の美少年、い、いえ、少年が田中に殺されかけてます。捕らえる理由になります」

「そうか、アヤカの個人的な趣味は置いておくとして、ブラジルサントスにいるのなら腕の立つ兵士を連れてい行くがよい。そして確実に捕まえるのだ」

「ブラジル公爵に派兵するよう依頼できないのですか?」

「既に依頼してあるのだが今返事待ちだ。叔父とはあまり仲が良くないのでな、嫌がらせかもしれぬな。とにかく早急に早急に確保してくれ」


王の表情から事態の深刻さがうかがえる。

それを察知した綾香が尋ねた。


「何か問題でもあるのですか?」

「悪い勇者を放逐してしまったのだ。帝国に報告せねばならない。どんなお叱りを受けるか」


王は震え出した我が身を両手で抱え情けない表情をする。

明らかに恐れている様子だ。


「王が恐れるようなことがあるのですか?」

「このデンファレ王国は国とはいえドコゾーノ帝国の属国に過ぎない」

「アメリカの州みたいな感じですか」

「しかも、皇帝アウグストゥス・ド・ドコゾーノは苛烈で人を信じず全て一人で仕切っているワンマン皇帝だ。脅威になる悪の勇者を放置していることが知られれば国王といえど罷免される可能性が高い。それだけで済めば良いのだが‥‥」

「この国の国王は公務員みたいなものなんですね」

「可能な限り早急に身柄を確保してくれ、生死は問わない」


王都に戻ったばかりの勇者たちは次の日にはまたブラジル領へと向かうこととなった。


「エ、エリザは? 未だ顔も見てないんだけど?」

「エリザヴェータ様は会いたくないんじゃないの? 残念だったわね。巨乳の麻美ちゃんで手を打ちなさい」


どうやらウイッチの勇者田宮麻美は高杉隆文のことが好きなようである。


「お、俺貧乳マニアだから‥‥」


とんでもない告白であった。


「そ、そう‥‥幼女趣味?」


そ、そんな人いるの? と麻美は隆文への興味よりも不気味さの方が勝り興味が急激に薄れていくのを感じていた。



◇◇◇◇



「見えてきたよ!」

「遠い! なぜこの国には飛行機が無いの! せめて車くらい存在していてほしかったよ」


漸く見えてきたサーガ王国の首都ザナル。

周囲を外敵から守るための城壁が囲む城塞都市である。

帝国の属国の中では3番目に人口の多い国でその人口の多くがこの城塞の中で暮らしていた。

都市の面積も広く、さらに人口犇めく都市の中でたった一人の居もしない人物を探すことには如何に多くの労力が使われるか分かったものではない。

故に執事セバスチアーノはこの都市を捜索対象にするようミスリードしたのだった。


二人は城壁の門で衛兵に身分証明を出す。

属国ではなく帝国の侯爵令嬢だと判った途端衛兵の態度が一変する。


「城まで先導します。宜しいでしょうか?」

「いえ、人探しの個人的な目的で来たので宿をとります。城へは用があるので後で伺います。出来たら王との面会の予約をお願いしても構いませんか?」


アダルジーザは上目遣いにウルウルとした目で兵士を見上げる。


「は、はい、喜んで」


衛兵はアダルジーザの美しさに気圧されながらもウルウルとした今にも泣きだしそうな瞳に庇護欲が掻き立てられた。

自分が守ってあげなければと衛兵は積極的に行動する。


「優愛、悪人だね」

「はぁ? 誰よ? 誰が悪人?」

「スキル『人誑ひとたらし』とか『男誑おとこたらし』とか持ってるんじゃないの?」

「ないわよ、そんなの。ただの計算よ。人に積極的に動いてもらうよう仕向けているだけ」

「そお、それ! それよ。それが人誑しでしょ。人誑しと言われた豊臣秀吉も本心で人を誑してはいるのかもしれないけどそこに計算が無いとは言えないよ」

「もう、煩い! 黙れメイド」

「はいはい、どうせメイドですよぉ」


城まで先導するとなかなか引き下がろうとしない衛兵であったがアダルジーザにたぶらかされて引き下がり、城へとアダルジーザの到達の告知と彼女のお願いの成就の為に城へ向かったのであった。


当然帝国の要人の来訪に失礼があれば属国であるサーガ王国自体が危うくなる可能性があるとして帝国要人の来訪には最大限の配慮を採るように通達されていた。


「では、最高の宿までご案内します」


そう言うと馬で先導する別の衛兵の後をアダルジーザ達は馬車で付いていくのであった。


「優愛、なんだか衛兵の皆さん大変そうだったね」

「仕方無いでしょ。葵はこれが初めてだから知らないけどこれが普通の反応だから。みんな帝国を恐れてるのよ」

「え? 悪の帝国なの?」

「正義は相対的なものだから一概に悪とは言えない。けど、良くも悪くもアウグストゥス皇帝は征服者だからね。属国からすれば怖いでしょうね、生殺与奪の権限は皇帝の手に握られてるんだから。機嫌を損ねたら良くて王座交代。悪ければ王族全体が奴隷落ちされかねない」

「皇帝って怖い人?」

「う~ん、どうだろ。私は息子のフィアンセとして会ってたから優しかったけど‥‥」


話し込んでいるうちに馬車は宿へ到着した。

馬車から宿の入り口まで従業員総出でのお出迎え。

気恥ずかしいながらも悪くないと笑顔で玄関への石畳の歩道を闊歩する二人。


「料金は先払いですよね」


とアダルジーザはレセプションで料金を支払おうとするが


「いえ、料金は国で支払うそうですのでお気の住むまでご逗留ください」


と断られた。


貴族専用の宿で最高級のペントハウス。

5階建てホテルの最上階に一部屋だけが存在し外はベランダとなっている。

高級家具で調えられた白を基調とした部屋は豪華ではあるが嫌味の無い部屋となっていた。


「なんか狭いね」

「葵、私の部屋と比べたらだめでしょ、自分の部屋と比べたら?」

「酷ぉーい! 所詮私はメイドよメイド、メイドインジャパンなメイドよ。どうせ3畳の個室しかないよ」

「3畳って、日本かよ」


実際に部屋は狭くはなく3部屋合わせて30畳ほどの広さ。メイドマリーの部屋とは比較することさえ烏滸がましい広く豪華な部屋であった。


「腹減った、夕食未だかな」

「未だよ、迎えが来てないでしょ」


レセプションで夕食の時間を尋ねると城から迎えが来て城でのディナーとなると告げられていたのだ。

噂をすれば影、その会話をした途端ドアがノックされ迎えが来たと告げられる。

馬車に乗り込む二人。

馬車は帝国の馬車ほど豪華なものではなかった。

これは、帝国の馬車よりも豪華な馬車を作れば皇帝に何を言われるか分かったものではなくそれを回避するための措置であった。


それ程の時間もかからず馬車は城へ到着する。

城も皇帝の宮殿よりも劣る造りとなっていた。

これは帝国への配慮もあるが単に経済的に帝国に劣っているためでもある。


「アダルジーザ様、お久しぶりでございます。良くぞおいでくださりました」


馬車から降りると待っていたのはこの国の王であった。


「お久しぶりですねテレンツィオ・サーガ王、少々お伝えしたき義有りて罷り越しました」

「はい、窺っております。私の執務室へお越しください」


侯爵の娘とは言え帝国の貴族、王でさえ遜らざるを得ない。


「ねぇ優愛、優愛」


執務室へ向かう廊下、小声でアダルジーザに話しかけるマリー。


「なに? 静かにして」

「『お伝えしたき義有りて』って何よ? なぜ古語?」

「ま、間違ったのよ。堅苦しい言葉って嫌いよ」

「ぷーっぷぷぷ」

「煩い、黙れ!」


怒鳴って照れを隠す顔を赤くしたアダルジーザであった。


「それでお話とは?」


王の執務室、皇帝の執務室とは比較するまでもなく質素であった。

ただ、王の中には帝国の関係者に見せる為の執務室や謁見の間を用意する国もあると聞いていたのでアダルジーザはここが本当の執務室だろうかと少々訝しがっていた。


「実はここへ来る途中の宿で襲われました」

「えっ? 犯人は分かっているのですか?」

「はい。この国の子爵アンポンタン、いや、そんな名前の‥‥なんだっけ?」

「アダルジーザ様、アッポンディオですよ」


小声で指摘するマリー。

驚きの余り二の句が継げない王。当然である、国の子爵が帝国貴族を襲ったことが皇帝アウグストゥスに知られれば最悪国が取り潰されてしまうのだ。


「ま、誠に申し訳ございません、この件は既に皇帝に?」


平伏し謝罪する王は謝意よりも皇帝に伝わったどうかが気になっている。

伝わったのならお仕舞だ。そうでなければ未だ対処の使用があるかもしれないからだ。


「いえ、皇帝は知りませんし、伝えるつもりもありません」

「ほ、ほ、本当ですか?」


生存の可能性を見出し喜色満面に変化する王の表情。


「はい。彼は私が帝国貴族だとは知りませんでした。ただ、女性を襲うような輩は処罰していただきたいだけです。国にとってもその方が都合が宜しいのではなくて?」

「はい。以前からなにかと女性関係で問題を起こしているようなやつで、いつかはこんなことになるのではと懸念してました。早急に捕縛し処罰します」

「はい、宜しくお願いします。でも今は、お腹が空きました。ディナーにしましょう」

打って変わって満面の笑顔で王を篭絡するアダルジーザ。


「はい」


王も満面の笑顔で少々顔を赤らめ返事を返す。


「やっぱりあんた人誑しね」


ボソッとマリーが呟く。

何はともあれ漸く夕餉の時間となったのだった。







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