第10話 虎馬

勇者たちが去ったので仕事が捗りました。漸く薬剤ギルドに卸す薬と探索者ギルドに卸すポーションが出来上がりました。

そうです、コーチャがいなくなったので探索者ギルドへも堂々とポーションを卸すことが出来るようになったのです。

リヤカーに乗せて運びます。

アイテムボックスとかストレージとか異空間とか亜空間とか世界と世界の狭間を使った魔法の様な収納できるスペースとかアイテムボックスとかがあればよかったのですが、残念なことにありません。

仕方無くのリヤカーです。

そしてリヤカーの上でふんぞり返っているのは炎と風の属性魔法が使えるドSなアッサムです。

護衛に雇いました。

ニルギリは『どうして私が働かなくちゃいけないのよ』とダメ人間まっしぐらなことをのたまい家でぐーたらしてます。

でも死にそうなところを助けてもらったので何も言えません。



パーティーハウスから暫く行くとスラムが点在しています。

流石に臭いが気になります。

どぶ臭いです。


「あーちちちぃ!!」


突然誰かの叫び声が。


「こいつポーションを盗もうとしたのよ」


振り返るとアッサムが説明してくれました。


「出来たら風で優しく倒して」

「ファレ、優しすぎるわよ」


微笑まし光景です。


「こいつやりやがった! みんなで一斉に商品を奪え! 金になるぞ!」


男が怒鳴り散らし、周囲は男の暴力的な行動に辟易するどころか賛同しているようです。

まるで七日目には死んでしまうゲームのゾンビの様に人々がリヤカーの周りを囲み始めました。

このままでは商品が奪われまてしまいます。


「ファレ、どうする? みんな殺す? 一斉に来られたら商品奪われちゃうわよ。私達も殺されるかも」


まさかの街中での強盗行為です。

スラムの皆さんが盗賊にジョブチェンジしたようです。


もう隠し通すのも限界のようです。

いえ、隠していたつもりはありません。

表立って使う機会がなかっただけです。

僕は初めて人前でスキル『タネ』を使うことにしました。


「タネよ、周囲に拡散し全ての人に付着しろ」


僕が叫ぶと目に見えないタネが周囲に拡散します。

それが周囲のにわか盗賊達に付着しました。

そして繋がったのです。

全ての人の意識が一斉に流れ込んできます。

余りの多さに強烈な頭痛がします。

次の瞬間、思考も感情も止まりました。

皆さん、僕の命令を待っているのです。


そして命じます。


「散れ!」


一斉に「はい」と承諾すると個々に散り始めました。

催眠術にかかったような意識が朦朧とした状態で操られるというものではなく普通に覚醒状態で行動しています。


そうです。スキル『タネ』はそれを植え付けた相手を支配し、望む行動をさせることが出来るのです。

最初は触れることが条件でしたが訓練しているとスキルのレベルが上がったのか半径10メートルの円の中の人や動物にタネを飛ばすことが出来るようになりました。

更にレベルが上がれば数多くの人間を操り軍隊を作ることも夢ではないでしょう。

まぁ、僕が軍隊を作っても仕方がないのですが‥‥

しかし、実際にレベルが上がったかどうかは判断が着きません。

ステータスと言っても自分の情報が表示されることがないからです。

そんなことが出来るのは異界の勇者だけです。

羨ましいです。


「ど、どうして? ファレが何かやったの?」


アッサムが目を丸くして僕を見つめています。

綺麗な顔をして綺麗なドレスを着ていますが場所はリヤカーの上なので何か残念です。

驚いたせいでいつもの間延びした話し方ではなくなっています。

こちらが地なのでしょう。


「そう。何かやった。もちろん訊かないでね」

「えぇ? 教えてよぉ、私達の仲でしょ?」

「そんな仲なんかないよ」


僕達には同居人だと言う以外どんな仲もありません。

もちろん、教える義務はありません。

別に隠すつもりはないのですがめんどいだけです。


まずは薬を薬剤ギルドへ卸します。

薬剤ギルドへ到着しました。

所定の場所に薬を降ろし代金を頂きます。


「ギルマスがファレ君が来たら執務室へ通してくれと言付かっているの、勝手に向かってね」


そう言われてギルマスの執務室へ。

どこか最近受付のお姉さんが気さくです。

もちろんアッサムは荷物番です。


「最近どうだ?」

「はい。お陰様で堂々と薬を卸せます。本当にありがとうございました」


コーチャが復讐の相手だと思っていた時は少々邪魔された感がありましたが、本当の復讐相手が田中だと判った時からは心から感謝しています。


「これがギルドカードだ。身分証明に使うといい」


そう言えば、今まではギルマスに直接卸すという体でしたのでギルドカード貰ってませんでした。


「ところで、エリクサーは作れないのか?」

「あれは『錬金術師』か『薬剤師』の領分でしょうね。僕では無理です。僕は単なる『フローリスト』なので」


それにスキル『イモータリゼーション(仮)』で不死に近いスキルを隠し持っているので僕にはエリクサーは必要ないので今一つ食指が動きません。



「そうか、残念だ。まぁ、似たような効果を持つ薬草を栽培してみてくれ」

「期待に沿えるかどうか分かりませんがやってみます」


それから再度先日の感謝を述べ薬剤ギルドを辞去しました。次は探索者ギルドへ向かいます。

探索者ギルドに到着しドアを開けた瞬間ドアを閉じます。

そこには受付の順番待ちをしていた田中がいたのです。

勇者が探索者ギルドに何の用でしょうか。

迷惑な事この上ありません。

ひょろっとした勇者田中は周囲から浮いているように見えました。

周りの探索者はみな筋骨隆々たくましく身長も高いのです。

まさか‥‥

『おい、お前新人か? 俺が可愛がってやる!』

『なんだテンプレか? 俺に勝てるかな』

『ぐわっ! つ、強い! 待て、俺が悪かった!』

とお決まりのシナリオを演じたかったのでしょうか。

まさか、田中を探していた他の勇者がいなくなった途端姿を現すとは。

勇者の動向を監視していたのでしょうか。

ここで僕がスキル『鑑定』とか使えたのなら『あいつ、こんなスキル持ってやがったのか、これじゃ手が出せねぇ』とかなるのでしょうけど。

勇者でも持ってないのに僕が持っている訳がありません。

しかし、復讐する相手がここで見つかったのです。

姉を殺した憎き仇です。

ただ僕も一度殺されました。

だから、トラウマになっているようです。

見た瞬間から震えが止まりません。

到底自分一人で復讐できるとは思えません。

更に相手は勇者です。

凄い『職業』と『スキル』を持っているのは確かです。

どんな職業とスキルを持っているのか分かりません。

それに、僕のスキルが通用するのかも分かりません。

他の勇者は全員『状態異常無効』と言うスキルを持っていました。

田中も持っていると考えるべきです。

だとすれば、僕の『タネ』のスキルは通用しないでしょう。

手詰まりです。


「アッサム、僕は用事が出来た。代わりにポーション卸してリヤカーを持って帰ってくれないか?」

「ええぇ? 面倒臭いぃ! ん~、じゃぁ今晩言う事を聞いてくれる?」

「出来る範囲でだぞ」

「じゃあ、分かったわ。代わりにやっておく」


そう言うとアッサムはリヤカーを引きながら納品所へと向かいました。

身長が高く高級そうな漆黒のドレスを華麗に着こなすモデルの様なアッサムがリヤカーを引く光景は神々しくも滑稽でさえあります。

ん?

高級なドレス? 恐らく僕の作ったポーション代からコーチャが買い与えたのでしょう。

ま、まぁ良しとしましょう。

言いたいことはありますが‥‥


小一時間も経過したでしょうか。

漸く田中が探索者ギルドから出てきました。

僕は見つからないように後を付けます。

そうです、住処を見つける為です。

これは賭けです。

もし田中が『ソナー』とか『レーダー』とか『センシング(感知)』のスキルを持っていれば見つかるかもしれません。

見つかったらと考える度に戦慄が去来します。

それでも復讐心が僕を突き動かします。


田中は街の中の人通りが多い場所を歩いて何処かへ向かっているようです。

時折店の中へ入り何かを買っているようです、袋を持って出てきました。

もうそろそろ住処に帰ってもらいたいものです。

人通りが多い場所を歩いていくので時折見失いそうになります。

あれ‥‥って言うか見失いました。

周囲をきょろきょろと見回します、いません、完全に見失いました。

やばいです。


「動くな」


小さくも鋭くどすの利いた声が背中の痛みと共に聞こえてきました。

背中にはナイフが少し突き立てられているようです。

まぁ、スキルのお陰でそれほど痛くもないのですが、刺されたのは分かります。

首だけで振り返るとやはり田中でした。


「手を後ろに回せ」


そう言うと僕の手をロープで縛ったのです。

あぁ、田中が買っていたのはロープだったようです。

既に田中は気づいていたのです。


「お前は俺が殺したはずだろ? どうして生きてる?」


背中のナイフより田中の方が怖いです。

見た瞬間から震えが止まりません。


「答えろ! そんなに震えて俺が怖いのか?」

「一緒に住んでたやつの魔法で助かった、助かりました」


恐ろしいので敬語になってしまいます。


「本当か? あのふたりは『レザレクション』の魔法は使えないとコーチャが言ってたぞ」

「い、生きてたんだ、生きてました。だから助かりました」

「そうか、確実に殺したと思ったんだがな。心臓が右についてるってやつか? しぶとい小僧だな。付いて来い」


田中は後ろ手に縛ったロープを引きながら僕を引っ立てます。

デジャブです。

以前もこんな目にあった気が‥‥

周囲の人を操れば逃げ出せないことないかもしれません。

ただ、住処を見つけたかったのです。


無茶をすれば田中に阻止される可能性とスキルを田中に知られる可能性があります。

情報は力です。逆に敵に知らせないことは僕の力になります。無茶はできません。



到着したのはお城と言っても過言ではない豪邸でした。

塀の外から分かるほど高階層の邸宅です。とはいえ五階建てほどでしょうか、小高い丘の上にあるので高く見えます。

周囲は高い塀で囲まれ、塀から邸宅までかなりの距離があります。

門には守衛が二人いて近づく人を威圧しています。

勇者が来ると敬礼して通しました。

中へ入ると邸宅まで石畳の道が続いています。

周囲はよく手入れされた樹木や花々が整然と並んでいます。

ザお金持ちと言った印象を受けます。


僕は高層の邸宅とは別の平屋の建物に連れて行かれました。

牢屋でした。


「ここで暫く大人しくしていろ。勇者のことで聞きたいことがある。それを話したら返してやる」


田中は牢屋番に何か告げて去って行きました。


「よし、帰るか」


僕はそう決めると牢屋番を呼びました。

スキル『タネ』を使うためです。

住処も分かったのですからあとは家に帰って飯食べて寝ます。

田中は僕が純粋な現地人だと思っているので何ら警戒もしていないようです。


牢屋番にロープを引いてもらい門へと向かいます。

田中がいませんようと頭の中で繰り返します。

そう願うたびに震えが来ます。

見つかったら終わりの様な気がします。

門が見えました。

後少しです。


「少し急いで」


牢屋番を急がせます。


「おい、そいつは田中様が連れてきた奴隷だろ? どこへ連れて行く?」


門の守衛に呼び止められました。

僕が思った通りに牢屋番に話しをさせます。


「奴隷じゃなくて聞きたいことがあっただけだそうです。もう聞きたいことは聞けたので返していいとのことでした」

「そうか、通っていいぞ」


ん?

ここで帰ったら僕が牢屋番の意識を操って逃げたことを知られてしまいます。

後で田中に知られないために守衛にも『タネ』を植え付けました。

僕はトイレに行くと言って逃げたと三人に口裏を合わせてもらいます。


ここまでくれば一安心。

という訳にはいきません、角を曲がると全力ダッシュしました。

震えと共にダッシュしました。

それほど怖かったのです。

僕のトラウマはしばらく続きそうです。

恐らく復讐を遂げるまではなくならないでしょう。


あ!

聞くのを忘れてました。

だって怖かったのです。

一刻も早くあの屋敷を抜け出したかった。

あのお城と言っても差し支えないような屋敷は誰のお屋敷だったのでしょうか。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る