第9話 帝国

ファレノプシスが住んでいる国、デンファレ王国。

その王国を属国としているのがドコゾーノ帝国である。

ドコゾーノ帝国は10の属国を従える大帝国であり皇帝アウグストゥスが独裁を敷くワンマン帝国であった。


その帝国のアチェールビ侯爵の長女アダルジーザ・アチェールビは今日も朝から精力的に彼女専属の執事に命令を下していた。


「未だ? 未だ見つからないの? もう5年よ、5年。殿下が行方不明になって既に5年が経過しているというのにまだ見つからないの?」

「殿下は既に亡くなられているとの噂が出ています。私も同様に愚考しています。もう良いのではないでしょうか? 諦めて求婚なされているシモネッティー公爵の御子息フェルッチオ・シモネッティー様と婚約成されては如何でしょう?」


執事のセバスチアーノは表情も変えずに聞きたくもないことを口から吐き出す。

アダルジーザは眉間にしわを寄せ不機嫌を隠そうともしない。


「死んでない。絶対生きてる。何その公爵のドラ息子? 噂じゃ名前負けせず女性とみれば声を掛けているじゃない」

「それは単なる噂ですよ、噂」


無表情で言い放つ。


「はぁ!? 従妹と学園の同じクラスなのよ、知らない訳ないでしょ。それに何? フェルッチオって名前からして下ネタみたい。良かったわね『ラ』じゃなくて。それにシモネッティーってのもモロ下ネタみたいだし。名は体を表すって格言を地でやってるわよ!」


そう、彼女はファレノプシスと同じ転生者であった。さらに言うなら同じ校舎の崩落で死亡した元クラスメートでもあったのだ。


「お嬢様、仰っている意味は良く分かりませんが彼は財力もあり容姿も整ってます。女性にとって不服の無い相手ではと愚考いたしますが」

「愚考過ぎてあなたが公爵のスパイじゃないかと疑ってしまうわ」

「い、いえ、そのようなことは決してありませんよ、あまりお疑いになさらずに。私は侯爵にお嬢様のことを報告せねばならぬのですから」


表情の変化に乏しい執事はその表情を全く変えず平静を装いながらも眉だけがぴくっと反応する。

実際のところ、執事は侯爵のスパイであり、侯爵の息子フェルッチオとアダルジーザの成婚を画策するよう命じられていた。

そして、当然のことながら殿下の捜索など行っていなかったのだ。と言うより、当然殿下の居場所など行方不明当時からその情報は掴んでいた。

そして、その地区の捜索を自分の担当とすることでずっと胡麻化していたのだった。


「もう待てません。殿下も私と同年齢なのだから来月から学園へ入学する予定です。出来れば一緒に通いたい。だから私も捜索に加わります」


アダルジーザは執事セバスチアーノの言動に不信感を覚え始めていた。どこか精力的でなく既に死んだものとして扱っている。死んだとの噂を流したのは執事ではないのかと疑うほど執事の言動は欺瞞に満ちたものであったのだ。


「いえいえ、私共にお任せください、早急に探し出します」

「フンッ」


思わず鼻で笑ってしまったアダルジーザ。


「そう言ってもう5年も経っているのですが? 全く成果が無いのね。何か仰りたいことは?」

「お嬢様も辛辣ですな。お嬢様にあるまじき言動は閣下にお伝えしなければなりません」


執事は自分に非がある場合や、スパイを疑われるなど自分に不都合がある場合は彼女の父であるフェルディナンド・アチェールビへの通知を理由に脅しをかけ思考を誘導する。

余計に猜疑心を深めるのだと言うのに。


「言いたければ言えばいいわ。私は探しに行くから」

「仕方がありませんな。私もお供いたしますよ」

「あなたは来なくても大丈夫。メイドのマリーを連れて行くから」


執事は表情を変えずも不貞腐れたように歩いてアダルジーザの部屋を出て行った。


「アダルジーザ様、大丈夫ですか?」

「私は大丈夫よ。ってか普通に話して」

「だよね。肩凝るよね。優愛、本当にあいつを探しに行くの?」


そう、マリーも転生者。あの校舎の崩落で死んだ者のうちの一人だった。

アダルジーザの前世の名前は本庄優愛。

マリーはアダルジーザを前世の彼女の名前で優愛と呼んでいる。


「行くよ。葵、あんたもね」


マリーの前世ネームは橋本葵。アダルジーザも同様に葵と呼んでいた。二人は前世のクラスメイトだった頃の様にお互い名前で呼び合っているのだった。


「え~~、めんどいぃ!」

「我儘言わない」

「言ってるのは優愛ですけどぉ?」

「だってぇ。お願い、今度マック奢ってあげるから」

「絶対だな? ビッグマックセットね? 絶対用意しろよ!」

「無理! でも勇者は日本から転移してきたって言ってたから私達も行けるかも」

「日本へ行ってももう私たち死んでるよ?」

「異世界からの観光客で通るよ。パスポートも作ってもらう?」

「国交無いから無理じゃね?」

「だよねぇ~、はははっ」


笑い合いながら二人で荷造りを始めたアダルジーザとマリーであった。

二人は知っていた。

殿下も異界からの転生者、故に、現地人では持てない『職業』と『スキル』を持っている。よって、簡単に殺されるはずはない。従って、まだ生きている。

そう確信めいたものを持っていた。



その日の早晩、シモネッティー公爵家ではガウデンツィオ・シモネッティー公爵が彼の執務室でアダルジーザの執事セバスチアーノを迎えていた。


「どうしたのだ、急に」

「はっ、閣下に置かれまして‥‥」

「もういい、要件を申せ」


ガウデンツィオ・シモネッティーは面倒だと言うように執事の挨拶の腰を折り本題を要求する。


「はっ、アダルジーザが直接殿下を探しに行くと言い始めました」

「放っておけ。どうせ探せないだろ。世界は広いんだ。それに本心ではもう殺されたと思っているはずだ。お前が探す場所を示してやれば良い。そうすれば諦めるだろ」

「そうですね。いない場所を永遠に探させてあげましょう。諦めれば御子息の縁談も進みそうですね」

「進みそうですねじゃないだろ! お前が進ませるんだ! 受動的でいてどうする。積極的に動け。来年一杯で息子も学園を卒業だ。その前には婚約者を決めておかないと見栄えが悪い」

「はっ、承知いたしました」


早ければ明朝アダルジーザは殿下探しの旅に出るだろう。

帰り次第行動を誘導せねばとセバスチアーノは帰路、馬車を急かせた。


何時もよりも短時間の内にアダルジーザの屋敷に到着する。

馬車から降り此処での仕事ももうすぐ終わりかと感慨深げに屋敷を見つめるセバスチアーノ。


するとガチャリと玄関が解錠されあけ放たれる。

姦しい声が聞こえたと思えばアダルジーザとマリーであった。


「お嬢様、どこかへ行かれるのですか?」

「あちゃー、見つかっちゃった。はははは」


アダルジーザはバツの悪そうな顔で執事を見る。


「じゃ、急いでいるから!」


すちゃっと手を上げ去ろうとするアダルジーザ。

しかし、去られて困るのは執事セバスチアーノ。

未だ探してほしくない場所を言ってないからだ。

焦って呼び止めるセバスチアーノ。


「私の捜索しているサーガ王国は探さなくても大丈夫ですよ。それ以外を探されてください」

「うん、わかった」


そう言って馬車に乗るアダルジーザとマリー。


馬車の中ではアダルジーザとマリーが笑い合っていた。


「あれ、絶対焦って言っちゃいけないこと言ったんだよ」

「だよね、焦ってた。あいつ、私から猜疑の目を向けられているって絶対気づいてないんだよ。私からもパパからも信じられてるって思ってるよ」

「抜けてるの?」

「賢くて卒がないけど人を疑いすぎて、相手も自分を疑っているのが当然だと思っているんだよ。だから実際に相手が疑っているのか疑ってないのかの区別がつかない。いや、付ける必要が無いんだろうね。だから逆に私が疑っていても実際はどちらか判断着かず、結果、分からないってなるんだよね」

「ふーん、これおいしいよね」

「葵、あんた私の話聞いてないよね?」

「右から左に受け流したのかなぁ?」

「受け流すなよぉ! ムーディーかよ!」

「って誰それ?」

「動画サイトで見た昔の人? 兎に角セバスチアーノが探さなくていいと言ったサーガ王国が怪しい。行くよ、サーガ王国!」

「おお!」


二人は執事に見つからないように夜出発しようとしのだが見つかってしまった。

だが予約しておいたので予定通り宿に宿泊して明朝サーガ王国へ向けて出発する予定だ。   

まさか執事の計略によって正反対の方向にあるサーガ王国へ向かうように仕向けられているとは思いもせずに‥‥

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