第8話 勇者

自宅に帰ると二人が出迎えてくれました。

二人とも涙目でした。


「いいよ、二人とも」

「「 ?? 」」

「ここに住んでも良いよ」

「分かってたわよぉ、じゃあ、今夜はお祝いね。鞭で叩いてあげるわよ」


遠慮するに決まってるだろ。

今まで百叩きを受けてたのに!

睨むと叩かれていたことを理解したのか口に手を当て横目で壁を見ながらしまったという顔をしてました。


「‥‥ありがと」


今日はニルギリも言葉少なでしたが素直でした。


しかし田中の件が頭の片隅にこびりついて離れません。

殺された恐怖もあります。

トラウマでしょうか。

勇者によれば彼らも田中のスキルを知らないとのこと。

対処が難しいです。

居所も不明、スキルも不明。

分かっていることは我儘なポンコツ。

だけどポンコツでも人を殺すことはできます。

勇者なのですから強力なスキルが加わります。

殺すことに特化した殺人者になることもあり得ます。

不死のスキルがあれば殺せるのかも分かりませんし、もう無敵の殺人者です。

逆に僕が殺されるかもしれません。

『イモータリゼーション(仮)』不死のスキルは(仮)ですし(笑)。

だけど姉の仇は絶対に打ちます。


夜になりました。

僕は感謝の意味を込めて二人に手料理を作りました。


「ふん、漸く自分の立場が分かったのね。あなたは奴隷よ、毎日作りなさい」


相も変わらず辛辣なニルギリです。

でも本当は良い子だと僕は知りました。

明日になれば自分で作っているはずです。




翌朝。


「まだ朝食用意してないの? この屑が! さっさとしなさい」


余りのことに開いた口が塞がりません。

どうやら良い子ではなかったようです。


コンコンコン


自分の分だけ朝食を作ろうとした時玄関から軽快なノックの音が聞こえました。

勇者達でした。

昨日のお礼に朝食を共にすることになりました。


「それで、田中について何か分かりました?」

「今日来たのはその件で来た。まずは朝食だ、話は後だ」


簡単な目玉焼きとパンだけの食卓。

トースターも無ければ電子レンジもない。

特に米が無い。

こんなことなら前世の記憶など取り戻さなければよかった。

今まで不足は感じたことはなかったのですが、今では不満だらけです。

エアコンの無い生活も、テレビの無い生活も、ネットなんて夢のまた夢、娯楽は全くありません。

此処には最低限度の文化的な生活さえありません。


パンと卵をフライパンで焼きます。

そこに塩だけ振りかけて焼けた目玉焼きを焼いたパンにはさむ質素な朝食です。

胡椒なんて高価で買えません。


「城では胡椒普通に使ってるぞ」

「それはそうでしょうね。皆さんは日本から召喚されてきたんでしょ? だったら、僕より文化の違いに戸惑いませんか? 僕でさえ前世の記憶を取り戻した今電子レンジもIHコンロもトースターさえも恋しい」

「だよなぁ。俺なんか米食いたくて食いたくて。でも何処にも無いんだよ」


この体のデカい勇者は橋本直樹さん、僕より2個上の16歳です。

巨体を支えるコメは日本人には必需品ですよね。

ですが体格に似合わず彼の職業は『ウイザード』、ほんと、似合ってません。

本人は戦う魔法使いを目指すと言ってました。


「直樹は色気より食い気だもんな」

「はぁ? 隆文ぃ、俺は16歳だぞ、性欲も旺盛だぞ」


リーダーの高杉隆文さんは職業『ブレイブマン』、まるでヒーローのような職業です。日本語に直せば只の勇者ですけど。


「ちょっとぉ、直樹ぃ! セクハラよ、セクハラ!」


セクハラを主張するのはあまりセクハラされそうにない高身長で細身で一見男性に見える中尾綾香さん。

彼女の職業は『ソードマン』。

ソードウーマンではありません、神様も胸を見て性別を間違ったのかもしれません。



「ちょっとぉ、ファレ、あなた失礼なこと考えたでしょ?」

「ごめんなさい」


彼女はスキル『エンパサイザー』の持ち主、つまり、共感者。

他人の考えを理解するそうです。

妻に迎えたら絶対浮気できないですよね。

まぁ、貧乳に興味はないですけど。


キッ!!


お、音がしました!

ただ睨まれただけなのに音がしたんです。

これもスキルでしょうか?

恐ろしいです。

目が怖いのですぐ謝ります。


もう一人は無口な田中麻美さん。

未だ声を聴いてません。

彼女の職業は『ウイッチ』、ホワイトもブラックも両方使えるようです。うちにいる二人の統合版のような職業です。

流石勇者ですね。


この4人と件の田中を加えた5人が召喚されたみたいです。


「それで、田中なんだけどさぁ、どこかに匿われてるっていう話なんだ」

「まさか、スキルで脅して入り込んだとか?」

「かもしれねぇ。スキルが分かっていればなぁ。まぁ、そこは今後の調査待ちだけどな。」

「そうですか。必ず教えてくださいよ、女神と約束してるんですから。勿論報酬の約束もしてますよ」


もちろん報酬の件は最初に言います。

今聞いた場合に例え得は無かったとしても後で聞けば卑怯だと思われますから。


『報酬貰えるの黙ってたのかよ?』と言われ仲が悪くなります。

手間賃支払ったとしてもあまり変わらないでしょう。

だから最初に報酬貰えると言って、手間賃も支払います。


現在毎日回復薬を薬剤ギルドに卸してます。

卸値は他よりも少々高額です。

だから金銭的に余裕ができ始めました。

手間賃も余裕なんです。


身体強化ポーションも回復薬とは別に卸し始めました。

今まではコーチャを成上らせる為だけに使用してましたが、コーチャが成り下がったのでギルドに卸せるようになりました。

回復ポーションの三倍の価格で卸してます。

もちろん、売価も三倍のようですが。


「ねぇ、ファレはあの二人と出来てるの?」


あの二人とは勿論この家に住むアッサムとニルギリです。気を利かせたのか居辛いのか自分の部屋に籠っています。


「出来てないですよ。そんな気ないです。二人ともドSですからね。ニルギリに至っては性格までドSで手に負えませんよ、それにロり趣味ないですから」

「あぁ、たしかにニルギリは幼児体形だよな、ないな」

「隆文! それセクハラ!」

「この国にその概念ないでしょ?」

「え? いいの? 私が隆文に包茎野郎っていっても?」

「ごめんなさい、セクハラでした」


なぜか落ち込む勇者高杉、心配です。この世界は形成外科ないのですから。

雑談に花を咲かせた後勇者たちは琥珀亭へ戻っていきました。



翌朝、騒がしさに目を覚ますと勇者たちが来てました。

勇者は暇なのでしょうか?

することないのでしょうか?

流石に仕事の邪魔なのですが。


「あれ、仕事はいいんですか?」

「明日から一度王様に田中の件で報告に王都へ戻るから挨拶に来たんだ」

「こいつは、第二王女のエリザベータ様に会いたいのよ、ね?」

「う、煩い!」

「ファレ君、せっかくイケメンのと知り合えたのに寂しい。でもほんの少しの辛抱よ、また会いに来るから」


いえ僕は会いたいとは思ってないのですが。

どうやら、僕の顔は綾香さんのお気に召したようです。

日本人のままの姿形をした勇者達とは違い転生した僕の顔は堀が深く目鼻立ちがくっきりしてます。そこが綾香さんの好みだったのでしょうか。

ただあまり嬉しくないのは胸部欠乏症のせいでしょうか。






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