第7話 勇者による勇者の捕獲

時を遡ること十数日。

勇者達は行方不明の勇者田中を捕縛するためにブラジル公爵領へと向かっていた。

勇者田中がブラジル公爵領で犯罪行為をしているとの情報を得たからであった。

公爵の衛兵や軍隊では勇者の力を止めることはできないのだろうと思われる。

そこで、勇者には数で勝る別の勇者達を送り込むことになったのだ。


「誰か、機械工作とかってスキル持ってないのかよ?」


青白い顔をした高杉隆文は今にも吐きそうだ。


「隆文ぃ、持ってたらこんなに乗り心地の悪い馬車になんかに乗ってないわよ」


中尾綾香も青白い顔をしていた。


「綾香はいいよな、揺れる胸が無いから痛くないだろ」

「胸はあるわよ! 隆文だって揺れる胸無いじゃない」

「俺は股間がデカいから揺れて痛いんだよ」

「俺のは揺れるぞ」


そう言って橋本直樹が大胸筋をぴくぴくと動かす。

直樹はいたって普通の顔色で馬車に酔うことも無く相変わらず元気だ。


「はいはい、もう二人とも黙って!」


綾香は呆れて首を左右に振り溜息を吐く。


「その点、麻美は揺れてるよな、下から支えてやろうか?」

「そう大きすぎて揺れて痛いの。ブラが一枚しかないから今ノーブラよ。困っちゃうよ。でも触られて子供が出来たら困るしぃ、うーん」


どうやら麻美は本気でそう思っている。


「麻美、胸触られても子供はできないよ?」

「えー、綾香は小さいからできないのよ。大きいと子供ができるって聞いたわよ?」

「それ間違いぃ! もう、どこで聞いたんだか」


余りの無知加減に綾香はアメリカ人のようなポーズで首を左右に振ってまたまた溜息を吐いた。


「魔物ってあまり出てこないよね? この世界の動物じゃないの?」

「ああ、綾香の言うとおりだな。直樹、魔物は俺達と同じで異世界から来てるって話だったよな?」


少々自信なさげな隆文は直樹に同意を求めた。


「あぁ、俺達とは別の世界から来た生物らしい‥‥って聞いてなかったのかよ?」

「か、確認だよ、確認。決して物覚えが悪いわけじゃないからな」

「隆文は記憶力ないじゃない」

「はぁ? 綾香の胸と一緒にするな。俺は記憶力あるよ」

「私のもあるわよ! って外壁が見えてきたわよ。流石公爵領、凄く長大ね、万里の長城みたい」

「見たことあるのかよ?」

「無いわよ」

「はっ、綾香の胸と一緒だな」

「しつこい!」


暫く行くと四人組が徒歩でブラジル領の領都ブラジルサントスを目指していた。

彼らは男性2名、女性2名の4人組で漸く歩けるほど疲弊していた。

それを見つけた高杉隆文は憤慨する。

スキル『偽善』が発動してしまったのである。


「おい、あいつらやっと歩ける状態みたいだぞ、歩かせてていいのか? 良くないだろ! 馬車にのせてやるぞ」

「はいはい、スキルが発動しちゃったのね。面倒臭いスキルね」

「面倒臭くはない。助けるのが人だろ!」


興奮気味に騒ぎ立てる高杉隆文。

スキル『偽善』が発動するとスキルに突き動かされているとは思わない。

心の底から正義の感情が湧き上がるからだ。


4人を馬車に乗せると彼らは今にも倒れそうな程疲弊していた。漸くリーダーの男が口を開いた。


「乗せてくれてありがとうな。俺達は『発酵飲料』と言うパーティーだ。俺はコーチャだ、リーダーをしている。宜しくな」


それだけ言うとコーチャはもう話す力もないとばかりに俯いた。


「何があったか分からないけど、大変だったな。俺たちは異世界から来た勇者の4人組だ。パーティー名は‥‥綾香、何にしようか?‥‥ははは、まだないんだ」

「えっ、勇者? 異界の勇者か?」


これは使える。ここで知り合いになったことは幸運だ。

これで俺の未来も拓ける。

彼らと知り合いになれば王様にも俺達『発酵飲料』のことが知られるだろう。

それに、勇者と知り合いなら、それを利用して‥‥くっくっくっ。

コーチャーは勇者を利用する計画を練り始めたのだった。

この時コーチャはまさか犯罪者として王様に知られることになるとは思いもしなかった。


「なぁ、コーチャ、田中って名前のやつ会ったことないか?」

「そ、それが?」


コーチャはあったことがあると言うより色々と田中と付き合いがあった。

しかし、勇者の目的が不明なため知らない振りをしたのだ。


「そいつも勇者だったんだが出て行った。何でも犯罪者に落ちたと聞いたので調査して事実なら捕縛しに来たんだ」


あいつも勇者だったのか、だとすれば田中もいろいろと利用できる。その為には田中を知らない振りをするよりも既に違う土地へ行ったと言う方が良いかもしれない。

コーチャはさらに思考を巡らせる。


「あっ、思い出した。その話は聞いたことがある。かなり酷いやつなんだろ? だがもう領都ブラジルサントスから逃げたらしいぜ。公爵の軍が動いたんだろうな」

「ほ、本当?」

「綾香どうする? もう帰ろうぜ」

「第二王女に『行って帰って来ただけですの? 情けない』って言われるよ」


綾香は隆文に第二王女エリザヴェータの口を真似て責める。


「エ、エリザはそんなことは言わない! でも暫くは田中の足取りを追うか。コーチャ、また何か情報を掴んだら教えてくれよ」

「あぁ、分かった。どこに泊まるんだ? 公爵邸か?」

「とりあえず宿かな? 何も決めてなかったな、なぁ綾香」

「あんたはエリザベータ様に会いたくて帰ることしか考えてないからよ」

「酷いなぁ。まぁ、暫くいるから宜しくな」

「あぁ、うちにも遊びに来いよ」



◇◇◇◇



一度死んだ翌日、早朝から二人の勇者が訪ねてきました。


「あれ? 君は奴隷の。コーチャを呼んでくれないか」


何か失礼な勇者です。


「僕は奴隷じゃないですよ。コーチャ達三人は僕の金を横領した罪と監禁した罪で刑務所です」

「ほ、本当か? あいつらはそんなに悪いやつだったのか。奴隷とか言ってごめんな、俺は高杉隆文だ。この女は中尾綾香だ」


僕は心に余裕があるので高杉君を許すことにします。

なんでも勇者は4人で今日は二人で来たのだとか。

そうだ、勇者は異界人、昨日のやつのことを知っているかもしれません。


「僕昨日異界の勇者と言う人に殺されたんですけど」

「は? 生きてるじゃない」


何か失礼な女性です。

おっぱい無いくせに‥‥


「あ、神に会ったのね。あの女神美人よね」


流石勇者、女神様とは顔馴染みのようです。


「それより君、余計なこと考えたわよね? 何かとても失礼なこと‥‥」

「え、笑顔が怖いです。でも、なんかごめんなさい」


実際考えていたので謝罪します。


「異界の勇者って田中か?」



名前は聞いてないので特徴を話すと田中で間違いないようです。


「どうして君が刺されたの?」

「その田中がコーチャと繋がっていて僕が稼いだ金を田中に渡していたようです」

「はぁ? コーチャは田中は軍に追われて逃げたと言っていたぞ。嘘だったのか? 何か事情があったのだろう」

「そんなの無いわよ、絶対! あんた人を信用し過ぎ! コーチャって嘘つきだったんだよ。でも、あの田中なら恐喝とかやりそうだわ。恐らくその金も使い果たしてるでしょうね、屑だから」

「僕を脅して金を貢げと言ってましたからね。ほんと屑ですね」

「じゃあ、田中を見かけたら教えてくれ。琥珀亭って宿に宿泊してる。じゃあな」


意気揚々と帰って行きました。

でも‥‥

いったい何しに来たのだろ?



◇◇◇◇



「隆文、残念だったわね」

「本当だよ、折角コーチャに奢ってもらおうと思ってきたのに、まさか逮捕されてるなんて」

「ねぇ。先日の奢りってファレ君の金だったのね。悪いことをしてたわ」

「田中を捕まえたらチャラだよ」

「どこに隠れてるのよ、田中」

「この領都にいるなら探さないとな。殺人未遂は確定だし」



◇◇◇◇



勇者が帰ったので朝食の準備です。


コンコン


誰か玄関のドアをノックします。

勇者が戻ってきたのでしょうか。

貧乳は好みではないのですが‥‥


「はい」


出ると衛兵でした。

田中が僕を殺そうとした件でしょう。


「ファレノプシスだな。お前を姉殺害容疑で逮捕する」

「はいぃ?」


理解できません。

なぜ僕が姉を殺すのでしょう。

そもそも田中の件ではなかったようです。


「お前が殺したと告発があった」


告発があったから逮捕って変な話です。

少々、イライラが募りました。


「死体もないですよね。それで逮捕って。だったらあなたが行方不明の誰かを殺害したと僕が告発したらあなたも逮捕されることになりますよ。逮捕には嫌疑をかけるに足りる客観的で合理的な根拠が必要でしょう。その根拠が告発では嫌疑をかけるには足りないんじゃないですか?」

「う、煩い! 平民が衛兵に口答えするな。俺が犯人だというやつが犯人なんだよ」

「真実は関係ないんですか?」

「俺が言うことが真実だろうが!」


怒りを隠そうともしない論理破綻の衛兵。

どうやらダメダメ衛兵のようです。

田中と良い勝負でしょうか。


こういう輩には話は通じません。

だって阿保なんだもの。

みつをに書いてもらいたいです。


僕は両手を後ろ手に拘束されました。

そのまま外に連れ出されました。

近所の人たちが好奇心たっぷりに見ています。


「ファレ! いったいどうしたの?」


アッサムが家から出て来ました、心配そうです。

ニルギリはどうしたんだ? と聞きたかったのですが止めました。

あっ、出てきました。口にパン咥えてます。

朝食中だったようです。


「心配しないで」


それだけ言うと僕は衛兵に引っ立てられました。

衛兵にロープで引っ張られながら市中を引き回されて衛兵詰め所に連れて行かれています。

犯罪者でもないのに市中引き回しです。

江戸時代でも行われてませんよ。

名誉棄損ですね。

まぁ、前世でも警察が名誉棄損に問われることは冤罪事件でもありませんでしたが。


衛兵詰め所に到着すると早速取り調べです。


「それで死体はどこだ?」

「知りません、殺してませんから」


もう何を言っても無駄なので姉は死んでないことにしました。


「はぁ、殺しただろ?」

「いえ、家出しちゃったんじゃないですか? 見てませんから」

「嘘を吐くな!」

「吐いてません。殺したというなら死体は? 死体もないのに殺人ですか?」

「告発があったんだ、お前が殺したって」

「だったらその人は死体を見た訳ですよね? 殺人って分かったのだから。だったらその人が殺したんじゃないんですか? 第一目撃者が犯人ということもよくありますよ」

「こいつとは話さん。自白するまで警棒で叩き続けろ」

「はっ、了解であります」

「もし、僕が犯人でないことが分かったときはどうするんですか?」

「どうもせん。そんな事は有り得ん」

「いや。必ず責任取ってもらいますよ」


僕はもう只の14歳の子供ではない。

前世の知識と合わせればもう30歳だ。


どれくらい経ったのでしょう。

もう背中の皮が無くなったような気がします。

百叩きどころではありません。

次は石抱きでしょうか。

正座した膝の上に石を乗せられるのかもしれません。

まぁ、女神様からもらったスキルがさっそく役に立ちました。

スキル『イモータリゼイション(仮)』のお陰か全く痛くありません。

逆にマッサージを受けているようです。


『イモータリゼイション』は不死のスキルですが(仮)が付いているので殆ど死なないということでしょう。


「吐け。未だ吐かないのか。はーはーはーはーっ」


衛兵さんはなんだか息が上がってきました。


「もう吐け。もう吐くだろ。もうダメ。もう叩けない」

「えぇ!? もう少し叩いてくださいよぉ」


気持ち良くて寝てたのに。


「未だ吐かないのか、くそっ、次は指を一本一本切り落としてやる」

「そ、それシャレになりませんよ。そんなことされるくらいならどうなるか知りませんよ。窮鼠猫を噛むと言うやつですよ。殺されるくらいならというやつです」

「き、き、貴様、脅す気か? 殺されるくらいなら殺すと言っているのか?」

「いや、言ってない。もう屑には敬語なんて使いたくもないな」


屑に付き合うのも飽きました。

僕は僕の固有スキル『タネ』を使うことにしました。


ドンっ!


な、何事?

吃驚しました。

吃逆しゃっくりが出てたら引っ込んでいた位吃驚しました。

ドアが強烈に開かれ勇者が駆け込んで来ました。


「おい、衛兵、俺は勇者の高杉だ。ファレを直ぐに開放しろ。王命だ」


勇者のお陰でスキルを使わずに済みました。

王命だと言うことは勇者たちは王の代理権限で、ある種の命令を王命で出せるのでしょう。

僕は直ぐに釈放されましたが、王の命令で無実だとされた僕を叩き続けたのです。

絶対君主制においてそれは絶対に許されないことでしょう。


「お前たち二人には無実の者に冤罪を課そうとした罪で処罰される。覚悟しておけ」


帰ってきた上司ともども二人で土下座です。

へへーっとまるで黄門様に印籠を見せつけられた越後屋の様に恐縮してました。

余りに哀れでスッキリしました。

マッサージもしていただきましたし。

ところで、僕が元日本人だと勇者たちに伝えた方が良いのでしょうか。


「良かったな、俺に感謝しろよ。感謝したら今度奢れよ?」

「はい、ありがとうございました。薬が売れたら何か奢りますよ。でも良く分かりましたね?」

「あぁ、アッサムとニルギリが琥珀亭に駆け込んで来たんだ、お前を助けてくれって」


へぇ~、ニルギリまで。

もう、出て行かせる理由もないですね。

僕は叩かれた背中が痛み、痛めた足を引きずりながら帰る無実の一般市民をながら衛兵詰め所を出て帰宅しました。

もちろん一般市民の同情を買うためです。

だって只ですから。


「それでファレを密告した者が誰か分かった」

「どうせ田中でしょ?」

「だよな、分かるよな。もうあいつ許せないよな」

「あいつの殺害は僕に任せてもらえますか?」

「殺害って。殺すまではしなくても」

「いえ、あいつは姉を殺したんです。復讐するは我にありです」


僕は得意げに胸を張りました。


「現地人の君が良く知ってるわね? でもそれって、復讐するのは神ってことよ? 分かる?」

「えぇ、僕はその神に田中の殺害を依頼されたんです。つまり復讐するは我にありですよ」


勇者中尾綾香さんはなるほど納得と理解してくれた。


「でも無理よ。彼、異世界の勇者よ。ジョブもスキルも現地の人とは大違いよ?」

「大丈夫です。僕は元日本人ですから」

「はい?」


二人は目を丸くして僕を見つめてました。

カー、照れるぅ。

でも、貧乳は好みではないです。


「今私の胸見たでしょ? 失礼ね、私にもあるわよ」


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