第6話 殺害

新しい朝が来た、希望の天井だ、見知らぬ天井だ。

この家の主寝室、昨日からここが僕の部屋。

小さいけれどこの家が僕の新しい家だ。

前の家の契約はとっくに解除されていました。

コーチャが売り払っていたようです。

姉との思い出も消えました。

でも消えたのは思い出のきっかけを与えるものであって思い出自体ではありません。

姉の思い出は消えずに僕の心に残ってます。


ドン!


突然の破裂音です。

何事でしょう。


バン!


更に打突音がして誰かが僕の上に乗ってきました。


「だれ?」

「あぁ、奴隷が質問するのか? ふざけた奴隷だな」


いや、ふざけているのは他人の家にドアを破壊して侵入し家主の上に乗っている方でしょ?

もちろん恐ろしいので言えません。

だって彼、笑顔で犯罪を犯しているのです。

異常者で間違いありません。

黒髪で身長は高くはありません。

顔の堀が浅くのっぺりしてます。

見たことのない人種です。

自信に満ち溢れているというよりもどこか卑屈そうな顔です。


「僕の上で何をしているんですか? ゲイ?」

「なぜコーチャが捕まっている? なぜ奴隷がここで寝ている?」

「コーチャのお知り合いの方ですか?」

「あぁ、あいつは俺のパトロンだったんだ」


なるほど、どうやら僕の薬の売却代金はこの男に流れていたようです。

つまり‥‥


「あなたが僕の稼いだお金を持っているということですね? そして返していただけると」

「返すわけないだろ。お前にはこれからも俺の為に稼いでもらうぞ。同意しなければ殺す」


はぁ、やっと解放されたと思ったのにまた奴隷に戻るのは嫌です。


「いえ。僕は自分の為に稼ぎますよ。出て行ってください」


男の顔が怒りで醜悪に変貌しました。

どうやら自分の思い通りにならないのが許せない性格のようです。


「じゃあ、お前の姉みたいに死ねぇ!」


ヒステリー気味に怒鳴ると僕の胸に剣を突き立てました。


誰か‥‥


意識が朦朧としてきました。

心臓は避けられたようです。

しかし、姉みたいとは‥‥

姉を殺した真犯人はこいつではないのでしょうか。


「姉を殺したのか?」


掠れた声を何とか絞り出せました。

聞こえたのでしょうか。


「あぁ、そうだ。犯した後、俺が首をへし折った」


そう言うと剣を引き抜きもう一度僕の胸に突き立てました。

そして、ふんと鼻を鳴らし断るからだと一言言い去っていきました。

あぁ、もう周囲が暗く変容していきます。

もう、何も見えません。

寒い。

ガチガチと体が震え始めました。

いえ痙攣でしょうか。


ドドドドド


足音?

煩いです。

もう、叶いませんが復讐を遂げたかった‥‥

復讐対象が間違っていたとは‥‥

意識消滅です。



◇◇◇



気が付けば白い空間に居ました。

目の前には誰かがいます。

良く見えません。


「だれ?」

「転生の女神です。お久しぶりです」

「いえ、こんな美人な知り合いはいませんが」

「え~美人だなんて、本当のことをしっかりと言わなくてもよろしいんですよ」

「図々しいって言われませんか?  って、思い出しました」

「図々しいで思い出すとはちょっと失礼ですね」


そうです此処へ来るのは2回目です。

前世の僕は日本の高校生でした。

授業中だったのですが校舎が倒壊しました。

恐らく手抜き工事だったのでしょう。

クラスの殆どが圧死しました。

まさか地震でもないのに突然鉄筋コンクリートの建物が倒壊するなんて。

手抜き工事だったのでしょうか。


そして僕たちはここへ来たのでした。




◇◇◇




「私は転生の女神リインカーネーションです。母の日に贈る花ではありませんよ。もっと美しいですよ。事情をご説明しますよ。しっかり聞いてくださいね。残念なことですが私が管理する世界から世界の壁を越える攻撃が間違えてこの世界の皆様方の学校の校舎に命中しました。その結果皆様方はここにいらっしゃるわけです。はい、ここまでは理解できましたか?」

「・・・・」

「出来なくても続けますよ? この過失は私の世界に責任がありますが私の美には過失はありませんよ。分かりますよね? あなた達は勇者召喚でもよかったのですが」

「え? 俺たち勇者かよ?」

「そこ、早とちりしない! あなたたちは召喚できません。だってすでに死んでいるのだもの、ふふふっ」

「笑うって不謹慎じゃないですか?」

「あら、ごめんなさい。だって私は美しいでしょ?」

「図々しいって言われませんか?」

「初めて言われました」

「女神様はアルツですか?」

「煩いです。あなたたちはお詫びに転生していただきます」

「生まれ変わるってこと?」

「はい、そうです。私の職業を与えます」

「え~、職業選択の自由はぁ?」

「その自由で全員がうまくいっていた訳ではありませんでしたよね、あなた方がいた世界では?」

「それはそうですが」

「だからこそ、道標として適する職業を示してあげるのです。おまけでスキルも付けますよ。だからその職業を選べば失敗などないのです。だけどあなた方にはより良い職業とより良いスキルを与えます」

「やったぁ、これで俺の天下だ」

「さっきから煩いですよ。さぁ、この中からお選びください」


そこには職業の一覧がありました。

良い職業ばかりです。

迷ってしまいます。

優柔不断な僕はいくつか候補は上げられるのだけど一つに絞ることはできません。

だって、どんな世界かも分かりませんし。


「お前はこれな! 絶対選べよ。選ばなかったらどうなるかわかるだろうな!」


いじめっ子の吉岡です。

怖くて逆らえません。

でも選べません。

だって、指定された職業って『フローリスト』つまり花屋ですから。

ここで羽田陽区なら『残念!』と言ってくれることでしょう。


職業を選んだ人から消えていきます。

もう誰も残ってません。

って言うか、職業もそれ一つしか残ってません。

女神さまもかわいそうにという憐みの表情で僕を見ているはずです。

って、早くしてよって顔してました。


「こ、これでいいで‥‥」


最後まで言葉を続ける気力が残ってませんでした。


「はい漸く決定ですね。もう他に残ってませんし」

「は、はい」


僕は消え入りそうな顔をしていたのでしょう。

「分かりました。今回だけ特別ですよ」


何か女神が夜中のテレショップみたいなことを言い始めました。

非常に胡散臭いです。


「職業にはスキルが付属します。『フローリスト』の職業には『栽培』『種』『球根』です」

「な、何ですか、その非常に残念そうなスキルは? それ本当にスキルですか?」

「はい。非常に残念なはずれスキルです」

「も、もう死んでもよいでしょうか?」

「大丈夫、あなた死んでますよ」

「そ、そうでした」

「不憫なので、スキルを都合よく改造しておきますね。使い方は取説をご覧ください」

「少しは良くなるのですか?」

「はい。では良い旅を‥‥」



◇◇◇



そうして僕は転生したのでした。

理解しました。

僕は今まで取説を見てませんでした。

と言うか、見ることもその存在さえも忘れてました。

でもまた死んだのでここにいるのでしょう。


「では今生を謳歌してください」

「えっ? 僕は刺されて死んだのではありませんか?」

「私のミスです。あなたを刺したのは召喚された勇者の一人です」

「はぁ? 勇者が上前撥ねたり殺人を犯すって」

「すみません。なにかと問題の多い男だったようで‥‥良く調べもせず‥‥」

「駄女神様だったのですね」

「いえ違います。美しいだけです」

「やはり図々しいですね」

「そうだ、ちょっとした依頼を引き受けていただけませんか?」

「どんな?」

「その男を殺してください。どうせ復讐するのでしょ?」

「でもまた殺されますよ。だってただの花屋ですよ?」

「分かりました。報酬として死なない、いえ殆ど死なないスキルを差し上げます。そうすれば大丈夫でしょ?」

「それなら何とか‥‥う~~ん、何とかなるのかなぁ」

「では、成功報酬も与えましょう。それでよろしいですか?」


女神さまは僕の思案を遮るように話を割り込ませてきました。

この条件では納得しないと考えたのでしょう。

僕としてはその良さに感嘆していたのですが、儲けものです。


出来れば『モテモテの実』とか欲しいものです。

あっ、それはスキルじゃなくて悪‥‥




◇◇◇




目が覚めるとニルギリが涙目で僕に回復魔法を掛けてました。

どうやらそれで助かったようです。

どうやら口は悪いけど良い子のようです。


「あっ、アッサムぅ! ファレ気が付いたよぉ」


ドドドドドっ


凄い足音がしてアッサムが涙目で部屋に走りこんできました。

僕が死ねばこの家は彼女達のものに出来たかもしれないのに。

生きていいて嬉しいようです。


「ニルギリ、ありがとう、助けてくれたんだね」

「ち、違うわよ、あなたが死んだら私がご飯作らなくちゃいけないでしょ!」


ツンデレ?


「って言うか、僕が生きててもニルギリのご飯は作らないけど?」

「ちっ」


舌打ちした?

いえ、照れているのでしょう。

ニルギリにもアッサムにもここに住む許可を与えることにします。

まぁ、部屋はリビングの他に5部屋あるので構わないのですが。

ルームシェアだと思えば苦にもなりません。


「アッサムもありがとう。心配かけたね」

「だったら今晩、どうかしら?」

「はぁ? 今日一度殺された人に何させる気?」

「えぇ? 死んでないでしょ」

「一度死んだよ! 神様に合ったよ! 女神の恩情だよ、生き返ったの!」

「あら、そう、残念だわ」


やっぱり出て行ってもらおうかな‥‥




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