第5話 解放
コンコンコン
パーティーハウスに帰宅し部屋に入るとすぐさま誰かがドアをノックしました。
部屋と言っても部屋兼作業場だけど。
「はい」
扉を開けると立っていたのは金髪碧眼の美しい女性アッサムでした。
ゆっくりと部屋の中へ許可も無く侵入してきます。
その度に揺れる胸部装甲に目が行きます。
柔らかそうです。
しかし、凝視するとコーチャに殺されるので我慢します。
「あら、お気に召してぇ? もっと見てもいいのよぉ?」
「い、いえ、遠慮しておきます」
彼女は嫋やかに椅子に座ります。
その様も美しいのです。
語尾を伸ばす独特の喋りも全く嫌な気にさせず妖艶ささえ感じさせるようです。
コーチャには勿体ない。
あー勿体ない。
「あなたぁ、あそこで何してたのぉ?」
変な考えに耽っているとその虚を突いて触れられたくない核心に触れてきます。
この妖艶な部屋着も僕の虚を導くための仕込みだったのでしょうか。
あそことは勿論探索者ギルドです。
「ここを出た後に薬を卸せないかと思ったので‥‥」
最後は尻切れ気味に小声になりながら準備しておいた解答を出しました。
「それは聞いたわぁ。でも私わぁ、信じてないのぉ。正直に仰って?」
「本当ですよ。なぜ嘘をつくんです?」
「だってぇ、あなた給料全く貰ってないでしょ?」
甘い口調で甘い匂いを漂わせながらアッサムは問い質します。
少々の勘違いは否めませんが。
「姉も死んだ今、僕は給料があっても仕方がないし、ご飯も食べさせてもらってるので不満はないです」
「ふ~ん、本当かしらぁ?」
バシッ!
何だ?
頬に突然痛みが走りました。
「何を?」
アッサムを見れば手に鞭を持ってました。
それで殴られたようです。
「ふん、まぁいいわぁ。でも、気持ち良いでしょ?」
「いえ、痛かっただけです」
「そのうち気持ちよくなるわ」
その内ってまだ鞭打つ積りでしょうか?
勘弁してほしいです。
「脳はね痛みを緩和しようとするの。適度な痛みにはそれが快感をもたらすのよォ」
「はぁ」
だから何だというのでしょう。
僕には関係ありません。
そういった性癖の人たちと楽しんでください。
コーチャとお幸せに。
「私のペットにならないぃ? そうすれば黙っていてあげるわよ、どう?」
「遠慮します。黙っていていただくようなことはありませんので」
「そう」
アッサムは残念そうな顔で部屋を出て行った。
ギルドで会ったことはできれば内緒にしてもらいたいです。
余計な疑いを抱かれるとコーチャの対応が酷くなりそうです。
まぁ、復讐の意思が知られることはありませんが。
ただ、ご飯が少なくなるのは少々困りものです。
おはようございます。
朝が来ました。
新しい朝です。
今日からコーチャ成上り計画第二弾に移行します。
まず回復薬の身体強化効果を今までの二倍強める研究をします。
それにより僕の回復薬で上昇したコーチャ達の身体能力をさらに上げます。
すると、コーチャ達はギルドでさらに頭角を現しAランクもSランクも夢ではなくなります。
そして成上ったところで僕が追い落とし復讐が完成するという訳です。
ふふふふ
夕方になりました。
丸一日試行錯誤しました。
結果、生産量は減るのですが二倍の身体強化効果付き回復薬の精製に成功しました。
新たに身体強化用の薬草、名付けて『エンハン草』を創造しました。
そして回復薬用の薬草バースニップにエンハン草を混ぜたのです。
すると身体強化の効果が倍になるという結果をもたらしました。
出来た薬剤に『エンハンサー』と言う名前を付けました。
今のところ2倍の高価なので『エンハンサー2』としています。
コーチャ達の使用分にはこれを渡します。
コーチャが薬剤ギルドに卸す分は通常の回復剤です。
見た目は変わりませんので効果の違いには気が付かないでしょう。
コーチャ達は自分達が強くなったと勘違いするはずです。
さらなる誤解を期待したいところです。
そしてエンハンサーを2倍から3倍、3倍から4倍と強くしていきます。
気が付いた時にはAランク、いやSランクかもしれません。
でも実際は強くもなく一息に彼らの地位は暴落することでしょう。
でも作る薬草が増えたということは仕事も増えたという事です。
暫くはほぼ徹夜で作業します。
要領を覚えればその内仕事が早くなるはずです。
それに夜仕事をしてないとまたアッサムが来るかもしれません。
彼女は蛇です。
美しい蛇。
睨まれると竦みます。
会いたくありません、特に夜は。
コンコンコン
誰かがノックします。
もちろん誰だか分ってます。
「入ってまーす」
「開けてよぉ、トイレじゃないんだからぁ」
「いえ、仕事中です。終わらないとコーチャに怒られます」
「コーチャが怖いのぉ?」
「ええ、怖いですよ」
「じゃぁ、私があいつをどうにかしたら私のペットになってくれるぅ?」
「いやですよ。それにあなたコーチャの彼女でしょ?」
「コーチャとは何でもないわよ。ただのパーティー仲間よ」
「まぁ、僕には関係ありませんけどね。帰ってください」
「はい、はい。今日のところは引き揚げますわよぉ」
ふーつ。
薬剤ギルドに薬を卸し始め3か月経ちました。
今のところ薬を持ち出しギルドに卸していることはコーチャにもバレていません。
大分僕のへそくりも貯まってきたという訳です。
ストレスも貯まって来てますが。
そして今日も薬剤ギルドに薬を持参しました。
「お待ちしておりましたよ、ファレ君」
「どうも」
「ところで、私はこの薬で儲けたい。障害はコーチャですね。先日のお話であなたが奴隷でもないのに無茶な借金を押し付けられて奴隷の様に働かされているのを知りました。なので衛兵には通報済みです。本日帰宅される頃にはあのパーティーハウスはあなたのものになっていることでしょう」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます」
って、それでは僕の復讐計画が頓挫してしまいます。
小さな親切巨大なお世話様というやつです。
僕は急いでパーティーハウスに帰りました。
待っていたのはコーチャではなく衛兵でした。
「ファレノプシス君だね? 薬剤ギルドのマスターの告発を受けてね、調査したのだよ。結果、君が奴隷の様に酷使され搾取されている事実が判明した。監禁罪と横領罪だね」
もうこうなったら復讐どころではありません。
姉の件も僕の犯行にさせないためにも主張しておきましょう。
「姉の死体はどうなりました? コーチャに殺されて供養も埋葬もできずにここに連れてこられたんです」
「死体? いや、君のうちで殺人が行われたという事実はないぞ」
「え?」
頭の中でクエスチョンマークが荒れ狂ってます。
コーチャ達が死体を直ぐに処理したのでしょうか?
そんな話はコーチャ達からも聞いたことがありません。
「それと横領された君の金だが彼らはもう財産を持っていない。そこでこの屋敷を譲渡することで許してほしいそうだ」
「そ、そうですか‥‥って、コーチャ達は貯金なかったんですか?」
「すべて飲み食いに部下への給料、それに女を買って消費したそうだ。衛兵詰め所で取り調べた。詰所には『看破』のスキル持ちがいるから間違いない。ずっと君の金を当てにして探索にもいかずギルドランクも下がっていたようだ」
なんということでしょう。
甘い生活をさせ過ぎたのでしょうか。
生活環境を安定させ貯金を殖やすことで彼らの成り上がりを補助していたのです。
少なくともその積もりでした。
しかし、甘い生活を与えすぎた過ぎた結果、仕事に対する熱意を奪い堕落していったようです。
一番甘かったのは僕の考えだったのかもしれません。
釈然としません。
しかし、僕の復讐はここに達成されたと言えるのかもしれません。
「彼らは2年間の強制労働の刑に処せられる。コーチャとダージリンとルフナだ。君が言う殺人は確認されてないので刑罰には考慮されてないな」
ルフナとは職業『シーフ』の男性ですが寡黙で殆ど話したことがありませんでした。
「女性の二人、アッサムとニルギリは罪には加担していなかったようだ。彼女たちはこの家に住み続けることを希望している。まぁ、話し合ってみてくれ。では私達は帰るとしよう」
これで今日の仕事は終えたとばかりに意気揚々と衛兵の方々は帰って行かれました。
残された僕はリビングのソファーに座り黙考に耽ってます。
本当に復讐はこれで良いのか。
『目には目を埴輪には埴輪を』どこかで覚えた言葉です。
死には死をもって報いるべきだとする言葉だそうです。
姉を殺されたのだから殺すことで漸く復讐は完遂されるべきものであるのではないのでしょうか。
感情が決定すべき二者間の選択を阻害します。
復讐は終わったのか、まだなのか。
二つの相反する思いが去来し遅疑逡巡し決断できません。
だけど姉ならどうする。
殺された当の姉なら‥‥
グロなら、グロリオサなら、復讐果たされたと相手を許すことでしょう。
復讐は相手に後悔させることだと思います。
殺しても相手は殺されたという感情しか残らないはずです。
後悔させて初めて復讐は完遂されたと言えるのだと思います。
姉ならそう言うでしょう。
だから僕もそう思うことにします。
「あの‥‥」
声を掛けられました。
顔を上げて声の主を見ればアッサムとニルギリでした。
「私、此処に住み続けたいんだけど‥‥いいでしょ?」
今までとは違い卑屈な態度で訊くドSなアッサム。
もし、高圧的に『出て行く訳がない』とか『はぁ、お前が出ていけ』とか『何寝言言っちゃってんの? 寝言は寝てから言え』とか『くそ奴隷が!』とか『仕舞には殺すぞ』とか言われたら有無も言わさず追い出すのですが。
丁寧に懇願されたら許さない訳にはいきません。
「考えとく、暫く時間貰える?」
素直にうなずいたアッサムでしたが、直ぐに許すのは癪だったのです。
「で、ニルギリはどうするの?」
もう一人の女性、彼女は『ホワイトウイッチ』回復魔法の使い手です。
「はぁ、決まってるでしょ」
凄く高圧的です。
イラっとします。
「出て行かないのですか?」
「はぁ、出ていく訳がないでしょ」
なぜ出ていく訳がないのかその根拠は不明です。
ムカついたので少々高圧的に攻め返してみます。
「出て行ってください」
「はぁ、お前が出ていけ!」
「ふぅ、取りつく島がありませんね。不退去で衛兵に逮捕させますよ?」
「はぁ、くそがっ! 寝言は寝て言え! この奴隷が!」
見事に有無を言わせず追い出す理由が出来ました。
「お願い、この
ドSのアッサムが優しい態度をとるとその落差で思わず言う事を聞いてしまいそうです。
「では、食費も出しませんし料理もしませんし掃除もしません。食事は自分で賄ってください。そして家賃をお支払いください。違反があれば追い出します」
「はぁ、働いてないのに家賃が払える訳ないだろ」
「「働けよ!!!」」
アッサムとハモってしまいました。
でも産まれて初めて大声で怒鳴りました。
余りのふざけた言い分だったのです。
今まで何してたのでしょう、この人。
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