第3話 奸計

姉の死から一週間経過しました。

あれ以来、僕は姉の死を忘れるように薬草を栽培し、回復ポーションなど様々なポーション、様々な薬を作り続けました。

僕の『栽培』スキルは薬草を成育させる期間も1日です。

午前中に薬草栽培すれば次の日の昼には収穫できます。

この栽培時だけは大量の魔力を使うので疲れます。

そして夜には薬とポーションを作成できるのです。

この時は魔力は使わずただ煮詰めるだけの簡単なお仕事です。

あまり疲れません。

だから毎日ポーションと薬を作り続けています。

それがコーチャを太らせる餌になると考えたからです。


予想した通りパーティーで使用する分は当然として、コーチャ達は残りを販売して多額の利益を獲得し始めたようです。


そして、コーチャのパーティ『発酵飲料』は探索者ギルドの中で頭角を現し始めました。

というのも僕の栽培した薬草バースニップから抽出される回復薬は身体能力を強化できるのです。

なぜならは僕の『栽培』スキルではどんな薬草でも栽培できるのですから。

コーチャ達は知りませんけど、教えるつもりもありません。

ただ自分たちの能力が上がったと思っていることでしょう。


当初回復薬はポーション形状で販売され普及していました。

しかし、携行の容易さの点で今では粉末状の薬が5割にも及びポーション形状を超えてきたのです。

薬は伸びてますがポーションは水不要ですぐに飲めるので需要がなくなることはないと思われます。

残り1割は最近僕が作り始めた食べる回復薬です。携行食に回復薬を混ぜました。荷物が減るし水が無くても摂取できるので一部の人には認知されるようになってきたのです。

味は微妙ですがそこをクリアすればもっと売り上げは伸びるはずです、多分‥‥



そんな現状でも僕は給料を貰えてません。

姉もいない現状では不要なのですが逆に怪しまれないよう訊いてみました。


「薬の売り上げは借金の返済に充ててるんでしょ?」

「はぁ? 奴隷は主人の所有物だ。所有物が生んだ利益は当然主人の物だろ?」


まるで理解できないものでも見るかのような表情で言い放つコーチャ。


「奴隷ではないのですが?」

「奴隷が反論するな!」


取り付く島さえありません。

復讐が目的の今では食べさせてもらえるだけで給料は不要です。

しかし、今後は必要になるものです。

そこで奸計を巡らせました。


まず週に一度の休日を貰います。

そして、粉末状の薬を通常より多く作成します。

そしてそれを服に隠し探索者ギルドに卸すことを計画しました。


休日の件はこのままでは死んでしまうと主張し納得させました。

そして最初の休日がやってきました。

今回は卸す薬ではなくただの薬の包み紙を懐に忍ばせました。

念のためです。

さぁ、実行です。

もう一人を除いてみんな外出しています。


「外出してきます」


そう言い残してパーティーハウスを出ます。


「待ちなさい」


しかし、パーティーハウスに残っていたニルギリに玄関で止められたのです。


「一応身体検査をするわ。奴隷が何か持ち出さないか用心しろとコーチャの命令よ」


そう言うと僕の服を脱がせ体中調べられました。


「何よこの紙は?」

「仕事中に紛れ込んだのではないでしょうか」


予定通り胡麻化しました。

納得いかない顔ですが中身は入ってないので信じてくれたようです。

しかし、これは問題です。

来週中身を入れて外出する時にも身体検査があるはずです。

それをどう克服するかが問題です。

ですがまだ一週間あります。

今日のところは探索者ギルドへ行って薬を卸しの可否、金額等を確認したいと思います。


徒歩で探索者ギルドへ向かいます。

理由があって時間をつぶしながらゆっくりと歩きます。

久しぶりの街です。

出店が並んでいてちょっとした料理を販売しています。

串に刺して焼いた肉の香ばしくも甘い香りが僕を誘います。

しかし、金はないので食べられません。

見ないようにして一目散にギルドを目指しました。


既に昼が近い時間帯のせいかギルドの中は閑散としています。

受付を目指します。


「薬を卸せますか?」


赤い髪が腰まである受付嬢に尋ねました。

やはりギルドの顔の受付だけあって目の大きさが印象的な美人を据えてます。


「回復ポーションとかでしょうか?」

「いいえ。薬の方です」


ポーションは嵩張るので持ち出せないのです。


「でしたら薬剤ギルドの職分ですね」


どうやら、種類によって扱うギルドも違うみたいです。


仕方なく薬剤ギルドに向かうことにしました。


「こんなところで何をいたしているのかしら?」


ドキッとしました。

誰?

まずい。

計画が露呈するかもしれない。


ギギギギギとまるで錆びた機械を動かした様な音が聞こえるほどぎこちなく首を回しました。

みればアッサムでした。

やばいです。

彼女はコーチャのパーティーメンバーです。

パーティーメンバーが不在の時間を狙ってこの時間に来たのです。

しかし、裏目に出たようです。


アッサムは金髪碧眼の美しい女性です。

巨乳でスタイルも良いのです。

しかし、目が怖い。

何を考えているか分かりません。


「借金を返済し終わった後、働き口を探してるんです」

「ほほほほっ、そうなのかしら? ですが安心しなさい。あなたが借金を完済することなどないのですから」


それだけ言い聞かせるように宣言するとキッと一睨みした後去って行きました。

ふーっ、ここで薬を卸せなくてよかったです。

卸せた場合、受付に訊かれたら計画が露呈するところでした。




僕は後をつけられてないか確認しながら薬剤ギルドへ向かいます。

コーチャも薬は薬剤ギルドに卸していたのでしょうからそこでコーチャ達とかち合う可能性もあります。

不安です。



薬剤ギルドまでは少し距離がありました。

2階建てで探索ギルドよりは小さい建物です。

中に入ると閑散としてます。

受付を探しました、受付はどこも美人さんです。

好印象です。


「あの薬を卸したいのですが」

「はい。組合員の方‥‥ではないですよね。加入していただきますが宜しいですか?」

「はい」


説明を聞くと加入時には無料ですが商品の卸時に4割の費用がかかるとのこと。

2割が手数料で2割が税金のようです。


「あら、これってコーチャ様のパーティーのファレノプシス様ですよね?」

「えっ?」


固まりました。

呆然自失です。

これではコーチャに露呈してしまいます。

咄嗟に嘘を吐きましょう。


「あれ? 名前間違ってますよ。ファレナンシスです、そんなパーティーには入ってませんよ」

「嘘をついても分かりますよ。住所が一緒ですよ」


そうだった。

ギルドは信用取引。

嘘の住所や名前に信用などあるわけがないと現在のパーティーの住所と名前を書いてしまいました。

こうなったら泣き落としです。

ですが認めてくれるはずもなく僕は個室に連行されました。

もう気分は犯罪者です。

でも犯罪者の方がましかもしれません。

だって牢の方が今より楽でしょうから。



「どうして嘘をついた?」


目の前にはまるで執事の様な紳士然とした年配の男性が座っています。

しかし、執事とはまるで異なる迫力で僕を威圧します。

目が、目が怖いです。

この薬剤ギルドの長らしいです。


「実は‥‥」


僕はあまりの怖さにすべて話しました。

花屋で働いていたこと。

借金が譲渡されたこと。

奴隷のように働かされていたこと。

姉が殺されたこと。

そこで全く動じなかったギルド長の目がぴくっと動き僕を睨みました。


「本当か?」


と恫喝。


「はい」


暫く黙考した後、コーチャ達には内緒でギルド長が個人的に買い取ることを約束してくれました。


「そうか、あの薬は君が作っていたのか。あれは評判が良く売れ行きも他の追随を許さない」

「あ、ありがとうございます」


只初めて認められたのがうれしかったのです。


「あの薬の秘密は? あれは身体強化の効果があるのだろ? 君のスキルか?」

「良く分かりません」


嘘です。


「そうか。当然秘密だよな。いや、悪かった」


当然嘘だとバレています。

気が付けばすでに夕方になっていました。

来週また来ることを約束して辞去しました。




早く帰宅しなければなりません。

帰宅すると当然夕食ですが、僕が担当です。

休日でも僕の仕事です。

嫌になります。

しかし、僕は借金返済という名目でコーチャ達を甘やかしに甘やかしてます。

少しでも探索に力を注いでくれればと。

少しでもより高く成上ってくれれば転げ落ちる落差が激しくなりますから。



パーティーハウスの前まで来るとコーチャが数人と談笑してます。

一応挨拶して中に入ろうとすると声がかけられました。


「そいつ新人か?」

「いえいえ、只の雑用係の奴隷ですよ」


え?

あの貴族のコーチャが卑屈に敬語を使ってます。

まさかの王族の方々でしょうか。

少々気になります。

復讐の妨げになる可能性があるからです。


「そうか、何ができるんだ? 譲らないか?」

「いえ、何もできない奴隷だから雑用だけさせてるんですよ。飼っても仕方ないですよ」

「ん~~、そうか、嫌なら仕方がないな」


お客様はコーチャの言に納得いかないようでしたが帰って行かれました。

『飼っても』って僕は犬じゃない! 酷いとは思いますが今は気にしません。

ところで、今の会話からも分かったのですが僕が薬を作っていることは周囲に内緒にしているようですね。

薬剤ギルドのマスターも知らなかったですし。


「今の方達は貴族のお知合いですか?」


何か知人の自慢をしたそうなのを目で訴えてきたので渡りに船とばかりに訊いてみました。


「おぉ、お前もたまには気が利くな。良くぞ訊いてくれた。彼らは異界の勇者だ」

「異界の勇者?」


思い出しました。

姉から聞かされたことがあります。

なんでも魔術的に異界から能力のあるものを召喚するのだとか。

召喚されたものは一般人では持ちえない優れた『職業』とスキルを得るとの話でした。

なるほど、そんな人達にお知り合いがいるのを自慢したかったのですね。

雑魚です。

良くぞ雑魚っていてくれました。

それでこそ僕の復讐はそこに正当性の根拠を求められるというものでしょう。

とは言え、何の職業でどんなスキルをお持ちなのか聞いてみたいところです。


「そうだ。勇者だ。俺の手駒だ、って本人には言うなよ。まぁ奴隷は言えないよな」


本心が垣間見えました。

異界の勇者でさえ自分の手駒だとの認識です。

ここまで大きく成ってくれて嬉しいです。

もっと大きく育ってください。

転ばせ甲斐があります。



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