第2話 債権譲渡


翌朝探索者ギルドに来ると5人全員で僕を待ってくれていました。


「よく来たな歓迎するぞ。俺がこの探索者パーティー『発酵飲料』のリーダーをしている。名前なもう知ってるよな」


そういうと赤髪のリーダー、コーチャは全員の紹介を始めました。

今日から僕も探索者パーティーの一員です。

余りの嬉しさにそわそわしながらも彼の話をしっかりと聞きます。

恐らく顔はにやけてます。

分かってはいますが止められません。

消えた借金、あこがれの職業、顔が綻ぶ理由は沢山あります。



「これが譲渡されたお前の借用証書だ。今日からお前は俺の奴隷だ」


え? 奴隷?

コーチャさんが僕に紙を見せるけど何を言っているのか最初理解できませんでした。


「花屋の店主から譲り受けた。お前はこの100万ゴルドを返済するまで俺たちの奴隷だ」


奴隷?

僕は皆を見回したのです。

5人に先程までのすがすがしい笑顔はなく醜く歪んだ笑みを浮かべて見下すように僕を見ていました。

どうやら僕は嵌められたようです。

コーチャさん、いえ、コーチャは借金を無くしてくれたのだと思ってました。

しかし、実際は債権を脅して譲り受けたのでしょう。

借金はなくなってなどいなかったのです。


呆然自失の僕をコーチャさん達は彼らのパーティーハウスに連れて行きます。


「ここでポーションと薬草を作れ。一週間は外出禁止だ」


ウイードさんの花屋よりも酷いです。

あの店はまだ自由でした。

毎日帰宅することもできました。


「姉が心配しますので帰宅させてください」


僕は強く主張しました。

これ以上姉に心配かけることはできません。


「奴隷が何を言っている。自由なんかない。お前の姉には俺が伝えてやる」


コーチャは醜悪な笑顔を向けてきます。

これまでの清々しい頼りがいのある笑顔は芝居だったようです。

悔しいです。

見抜けなかった自分に腹が立ちます。

でも、それも勉強です。

本当の奴隷ではないのですから借金を返済するまで頑張るしかありません。



それから一週間、ほとんど寝ずに雑用もさせられながら働きました。

今日漸く家に帰れる。

姉と会える。

姉を安心させられる。

姉には伝えておくとコーチャさんは言ったけど心配していることでしょう。


「ただいまぁ」


務めて明るく帰宅の挨拶をしました。

返事はありません。

買い物に行っているのかもしれません。

今日帰ってくるのはコーチャさんから聞いているはずですから。

そのうち帰ってくるでしょう。


「ん? マネキン?」


家の中へ入ると裸のマネキンが置いてあります。

誰かのいたずら?

それとも姉が買った服を着せる為?

いやいや、そもそも服を何着も買えるほどお金もありません。


マネキンなら捨ててこないと、そう思って近づいて良く見てみました。

本当は分かっていたのだと思います。

只認めたくなかったからマネキンだなんて考えていたのだと思います。

そのマネキンはマネキンなどではないこと僕は知っていたのだと思います。

それが姉であることを僕は最初から分かっていたのだと思います。


姉は裸で死んでいました。

首が変な方向に曲がり目を開けたまま死んでいました。


「おっ、帰ったか」


声の主は裸のコーチャでした。


「ど、どうして・・・・」

「はぁ? 奴隷が質問するな、殺すぞ。こいつは奴隷解放を条件に抱かれたんだが、『冗談だ、開放するつもりはない。一生扱き使ってやる』と言ったら歯向かったから殺した。貴族様に歯向かったんだから殺されて当然だな。まぁ、体は悪くはなかったぞ」

「‥‥僕は奴隷じゃない! 殺してやる!」


僕は頭が真っ白になりコーチャに殴り掛かった。

気が付けば僕は顔がはれ上がり姉の死体の横に寝ていました。


「奴隷のくせに貴族である俺に逆らうからだ」


コーチャの声は冷たく僕に降り注いだ。

そして、腹を蹴られ僕は食べたものを吐き出した。

この一週間ほとんど食べさせてもらえなかったせいか吐き出したのはほとんどが胃液だったけど胃は空になったようだ。

姉を殺した相手が目の前にいるのに反撃することもできない自分の弱さが悔しい。

これからもそいつのために働き続けなくちゃいけないのも悔しい。

弱い自分が情けない。

どうしてこんな弱い『フローリスト』なんて職業を神は僕に与えたのか、神が憎い。

いろんな感情が綯交ぜになり僕の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。


「わかってるな? 衛兵には言うなよ」


コーチャはそう言い残して出て行きました。


コーチャは普通でした。

まるで人を殺した後だとは思えませんでした。

遊びに来て遊び終えたから帰ったようにしか思えません。

一切悪いことをしたとは思っていないようでした。

まるで当然のことをしたとしか思ってないようです。

罪悪感も衛兵に逮捕される不安も無いようでした。


言う訳がない。

復讐は衛兵のものではありません。

復讐は僕のものです。

突然言葉を思い出しました。

どこで聞いたのか忘れました。


『主いい給う。復讐するは我にあり、我これを報いん』


意味は復讐は神の仕事であり神に任せなさいという意味だったと思います。

だけど神には絶対に任せません。

復讐するは我(自分)にあります。


ただ、この後に続く言葉も思い出しました。


そして、

『もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、乾くなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである』


これは善をもって悪に勝ちなさいという意味だったと思います。

優しく接すれば遂には後悔するという意味でしょう。

しかし、コーチャが後悔するとは思えません。

食わせて飲ませてもそれを当然としか思わないでしょう。

人を殺しても当然と思っているのですから。


だから僕はコーチャに食わせて飲ませて太らせて遂には頭に燃え盛る炭火を積んで殺してあげましょう。


そう、復讐を成就させるまで誰にも言う訳がありません。

それまで死なないでくださいよ。

僕があなたをこの国で成上らせます。

上がりきったところで思いっきり高転びに転ばし、自尊心を粉々に破壊してどん底を味わっていただきながら殺して差し上げますよ。

そして、今日のことを後悔させてあげますよ。

誰だったか思い出せませんが、そんな人がいたと思います。

高転びに仰のけに転んだ人が。

思い出せません。

誰に聞いたのでしょう?


僕は姉の死体を見つめながら姉に着衣させたい衝動にかられ服を探しました。

見つけた姉の服は切り裂かれていました。

他に着る服などなかったから切り裂かれた服を着せた。

そして姉だったものの前に座り込みただただ朝まで見つめていたのです。






「おい仕事だ。行くぞ」


翌朝、コーチャの仲間のダージリンが迎えに来ました。

そこで初めて夜が明けていたのだと気づきました。

彼の職業はシールドアバント、チームの前衛を務めてます。

敵の攻撃を一身に受け止めています。

だから体もデカい。

身長190センチで筋肉の塊です。

彼は蹲る僕を家から引きずり出し歩けと言って蹴り続けました。


「姉の死体は?」

「放っておけ。誰か見つけて衛兵に言うだろ。まぁ、一緒に暮らしてたお前が犯人だと思うだろうけどな、くっくっくっ」


僕を侮蔑した嘲笑です。

僕は何も言い返しません。

ただ歩けと言うダージリンの蹴りを受けるのが嫌で彼らのパーティーハウスへと歩き続けます。

ただ、姉の死体を供養してやれなかったのが残念でならなりません。

僕は何度も後ろを振り返ります。

いつも姉が見送ってくれていた家が見えます。

だけど、もう姉は二度と見送ってはくれない。

最後に僕が姉を見送るべきなのにそれさえもさせてくれない。

怒りが湧いてきました。

姉を殺したコーチャに、見送ることさえさせてくれないダージリンに。

今は怒りを抑えます。

だけど、最後に纏めて復讐します。


願わくばこの国で成上ってください。

出来なければ公爵にでもなってください。

僕は王になってあなたを奴隷にしてさしあげましょう。

もしよければ、王になってください。

そうすれば僕が国を滅ぼします。

あなたが世界を手に入れたなら僕は魔王になってあなたの世界を滅ぼすことでしょう。



◇◇◇◇◇◇



ファレが連れ去られている頃、ファレの自宅には騒ぎを聞きつけた近所のやじ馬たちが駆けつけていた。

やじ馬たちは開かれそのまま放置された扉から家の中を覗き込んだ。

雑然と物が放置され一目で荒らされたことが分かる。

弟が連れて行かれたのを騒ぎに気付いた近所の者たちは見ていた。

だが姉の方は見ていない。

姉がどうなったか気になった近所の者たちは家の中へと入った。

だが、そこにはあるべき姉の死体はなかった。

近所の者たちは姉はどこかに連れ去られたのだと思ったのだった。






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