第11話.十二歳の誕生祭



 私の誕生祭は、回帰前と同じく、十日間連続して開かれることとなった。


 そんなに時間をかけていったい何を祝うのだと言いたいところだが、この宴の長さが、皇帝からの寵愛を示しているとされる。男児よりは、女子の宴期間のほうが長く取られることが多い。ちなみにアイリーンの誕生祭は先月あったが、期間は二日間であった。


 帝都では屋台が大通りに並び、通りはわいわいと賑わう。芝居小屋の客入りは上々で、沈んだ島国ラプムと、そこから助け出されたイヌアの物語が語られる。

 軽犯罪者には恩赦が与えられ、帝国民たちには無料で酒が配られた。人々は皇帝の名と、私の名を口々に叫んで喝采を上げて、昼間から酒を飲んでいる。

 皇帝万歳、エリーシェ姫万歳……さすがに宮殿までそのような声は聞こえてこないが、城下で買い出しをしたマヤに嬉しそうに報告されて、私は肩を竦めたものだった。




「エリーシェ様も、お祭りに参加したかったですか?」


 祭り期間中、ずっと憂鬱そうな顔で机に向かっていたら、そうマヤに訊かれた。


「いいえ。スクロールの準備でそれどころではないし……」


 私は苦笑する。実際は、すでにスクロールは書き上げている。私以外の誰が見ても、スクロールが書き終わっているのかどうかは理解できないから、隠す必要はなかった。


 まだ封印を施されていない、金箔の練り込まれた上等な巻物には、びっしりと端正な文字で古代ラプム語が書き連ねられている。

 使うのはインクもつけない羽根ペンだ。指先であってもいいが、細かな文字を書くには適さない。ラプムの王族は、本人の魔力を文字へと変換して流し込む特殊な能力を持ち、その力を使ってスクロールを作る。

 スペアが作れない二重の鍵をつけた大箱で厳重に保管をしているのは、誰かが巻物を半分に破けば、そこに刻まれた大魔法がすぐさま発動してしまうからだ。


 私がスクロールを書く速度は、回帰前からして異質であった。

 スクロールとは、古代魔法と呼ばれる超弩級の魔法を刻む魔法道具だ。ラプムの王族は、スクロールを一本書き上げると一人前として認められるという。

 一本のスクロールを作るのに、平均して五年から十年の期間がかかり、生涯かけて三本も生み出せれば天才と称される。また、王族の直系であっても、いつまでも能力が開花しない人間も居たそうだ。


 それに比較して、回帰前の私は二十歳にして、数百本のスクロールを作り出していた。天才という言葉が霞むほどの才能の持ち主だった。

 私の身のうちに眠る魔力はそれほど莫大であった。たった数日もあれば新たなスクロールを生み出してしまう。ただしスクロールを書く間は一睡もしないので、傍目からは命を削っているように見えるだろう。回帰前の私は病人のように痩せていた。


(お祭りには行ってみたいけれど、目立つ真似をして良からぬ事態になるほうがよっぽど怖いわ……)


 今のところ、回帰前とそうずれはない。アイリーンたちとの軋轢はあるが、あれは以前もそうだったのだ。私が少し反抗的な態度を取ったところで、どちらにせよ冷たくされるのは変わらない。


「それでマヤ。城下はどうだった? 魔塔に関する情報はあった?」


 マヤの用意した果実水で喉を潤しながら、私はわくわくとして訊ねる。

 マヤにお使いを頼んだのは私である。祭りで売り出される焼き菓子を買うついでに、城下の様子を探ってきてほしいと頼んだ。なぜかといえば、魔塔の人間の動きが気になったからだ。

 誕生祭の最終日が、私の十二歳の誕生日であり、スクロールの披露をする日ではあるが、もしも魔塔が動いているなら――すでに帝都に入ってきている可能性が高いと思われる。


「すみません。特にめぼしい情報はありませんでした」

「……そうよね」


 私はしょんぼりとした。

 しかし、そりゃそうである。何千、何万人もの人々が騒ぐ祭りだ。観光客の数だけで盛大なわけで、そんな中、マヤが都合良く魔塔の人間を発見できるはずはない。むしろ、そうあっさりと侍女に尻尾を掴まれる魔塔なんて、あまりに頼りないではないか。そんな組織では、蛇男ノヴァに敵いっこない。


 が、私にとっては謎めいた彼らこそが命綱だ。魔塔に保護されなければ明るい未来はない。ノヴァに使い潰されて捨てられる、絶望的な日々が待ち受けているのだから。


「明日も、城下に行ってきてくれる?」

「かしこまりました、エリーシェ様」


 人混みで疲れただろうに、マヤはいやな顔のひとつもしないで頷いてくれる。

 私はなんだか泣きたいような気持ちになる。回帰前、良い主人でもなんでもないエリーシェを身を挺して庇ってくれたマヤ……。


 今のところ、頼れるのはマヤだけだ。他にはひとりも私の味方は居ない。なぜかって、だいたいの人間はノヴァの味方だからだ。あの男は、外面だけは完璧だ。


「いつもありがとうね、マヤ」

「エリーシェ様ぁ!」


 マヤが感激に打ち震えている。そんな彼女に私は優しく微笑み、よく冷えた果実水を飲むのだった。



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