第10話.軋轢と期待
ノヴァのせいで開始前から小さな波風は立ったものの、晩餐会はつつがなく進行していた。
他の領を治めたり、すでに他国に嫁いでいる兄姉も居るので、席についているのは私にとって四人の兄と、三人の姉だ。まだ赤子の弟も居るが、さすがにこの会には参加していない。
(ただし皆さん揃いも揃って、わたくしのことが大嫌い――と)
ちなみに過半数、私のスクロールによってノヴァに殺された皆さんである。
カーティスの抱える料理人たちの腕前は優秀で、私の宮殿――水の宮で供される料理よりも、見栄えは上等なコース料理が次から次へと運び込まれてくる。
私は料理の味がさっぱり分からなかった。正直、緊張感だけでお腹がいっぱいだ。
「エリーシェ、痩せているがしっかり食べているのか?」
「ええ、お父様。もちろんです」
私がカーティス皇帝をひとたびお父様と呼べば、空気がぴりりとする。
公式には、私はカーティスと側妃イヌアの間に生まれた子ということになっている。しかしそれが事実とは異なることは、この場に居る誰もが知っている。
私はイヌアと、王女であった彼女を孕ませた誰かの子どもだ。イヌアは未婚だったから、父親が誰なのか私は知らないが。
黒髪赤目の皇族が多い中、それとは真逆の色を持つ私は、ひたすらに場違いである。蛇蝎のごとく嫌われる要因としては、それだけでじゅうぶんであった。
(私だって蛇の住む国なんて、とっとと出て行きたいわよ)
こちらを見てはひそひそと、何かを囁き合う姉たちに、私は気がつかない振りを決め込んでカトラリーを優雅に操っている。
壁際に控えるマヤが心配そうな目を向けてくる。だが、この程度のことで動揺しない。ステーキの欠片をもぐもぐと音を立てずに頬張っている。
(だいたいのことは、舌を切られるよりましなんだから!)
そのあたり、私はとっくに開き直っている。精神年齢という意味でも、人生経験という意味においても、年上の姉たちをとっくに超えているのだ。
「ところでエリーシェ。どうだい、スクロールの製作は」
唇をそっとナプキンで拭っていると、カーティスに水を向けられる。
それこそ、カーティスが晩餐会を開いた理由だろう。私がスクロールを作れなければ、ラプムから救い出した意味がないのだ。必ずや結果を残すようにと圧力を加えている。私は落ち着き払ってこう答えた。
「順調ですわ、お父様」
「順調って。できあがってもいないのでしょうに」
姉のひとりが失笑する。私は笑みを崩さない。
「ええ、アイリーンお姉様。スクロールに刻む魔法はあまりにも規模が大きすぎて、一般的な魔法のように試しに打ったりはできませんから。もし私がこの場で使えば、宮殿ごとなくなってしまうかもしれません」
誰かさんは花の宮を吹っ飛ばしかけたしね。
「――不敬よエリーシェ」
三番目の姉の広い額に汗がにじんでいる。強気な性格で嫁の貰い手がまだ決まっていない。四番目の姉に先を越されてから、以前よりも気性が荒くなった闘牛のような女だ。
鼻息荒く睨みつけてくるアイリーンに、うっすらと私は微笑む。
「私はただ、それほどまでにスクロールとは恐ろしい代物だとお伝えしたかっただけです」
暗に、「私の力でお前らをどうにでもできるぞ」と脅しているのだ。アイリーンが唇を震わせる。
以前の私は、こんな攻撃的な態度を取ることはなかった。アイリーンたちに逆らうこともしなかった。そうすることで、いつか平和的な関係が訪れると信じていたのだ。
(あいにく、そんな日は来なかったけれどね)
無抵抗な私は、いたぶられ、嗤われるだけだった。アイリーンだけのせいではない。そう仕組んだのはノヴァだった。
ノヴァが私を特別可愛がるせいで、彼を慕う姉たちは、エリーシェを冷遇せざるを得なかったのだ。孤独に追いやられる私は、ノヴァに頼るしかなかった。とんでもない悪循環だ。
(つまり、だいたい、ノヴァのせい!)
自分がどんな環境におかれていたのか。死に戻ったことで、私の青い両目にはよく見えるようになった。
だが二度と、狡猾なノヴァの罠に踊らされたりはしない。だから、今の私の横柄とも取れる言動は、アイリーンにはよっぽど異様なものに見えたはずだ。
兄姉がざわめく中、ノヴァだけはおもしろがるような顔をしている。
「必ずや期待に応えてみせますわ、お父様」
私は、ただ胸に手を当てて、強気に笑ってみせる。
自分の見目がどれほどのものか知っている。自信に裏打ちされたような笑みを見せるだけで、相手に与える威圧感があることも把握していた。
晩餐会はそうして終わり。
――私の、十二歳の誕生祭がやって来る。
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