第22話 それから……
それから……
「でも嬉しかったな。封印の木の前に、クロベエの苺でちっちゃな苺畑が出来てたの見たときには」
カッチンは、空の向こうの魔法の村を思い浮かべた。
「えェっと、それから、どうしたんだっけ?眠ったのかな?」
ヨッチンが、ビンに苺ジャムをつめながら言った。
「違うよ。サトちゃんの家に行って、ご飯を食べて……あれっ?」
カッチンが苺ジャムのビンにふたをしながら首をかしげる。
「いや、僕の記憶では、まずお風呂に入ったんだよ。それから……」
ヤッチンが指についた苺ジャムをなめて考えこんだ。
ピピチャピは三人に背を向け、いちご酒を作っている。ヤマト親分、いやお祖父ちゃんとニモ伯父さん、そしてお父さんのハックルベリイのいちご酒だ。そして、ピピチャピは、一生懸命笑うのを我慢していた。
「この三人には、記憶があいまいになるいたずらをしとくから。ピピチャピ、絶対教えちゃ駄目よ。無茶をしたお返しよ」
サトちゃんが、ピピチャピに言ったのだ。
封印の木が復活した次の日、カッチン達三人とピピチャピが帰る直前だった。
「うん」とピピチャピは約束した。
本当は、三人がばらばらに言ったことは、全部つなぎあわせてひとつなのだけど。
戻ってから三日間、カッチンとヤッチンとヨッチンの三人は、サトちゃんのいたずら魔法で、記憶がつながらず、悩みっぱなしなのだ。
古屋敷の苺畑には、最後の苺が実っていた。四人は、苺を摘み、ジャムと苺酒を作ったのだった。ピピチャピは、バイバイリーフのおかげで、いつでも人間の女の子になれた。
ヤマト親分とニモも、バイバイリーフでよからぬことを企んでいるようだ。
「ああ、やっぱり、思い出せない」
三人は座りこむと、ぼんやりとアトリエの天井を見上げた。
ピピチャピは外へ飛び出し、苺畑の端っこまで行くと、こらえていた笑いを声にした。
ピピチャピは大きく息をはくと、立ち上がって苺畑を見た。古屋敷の庭も、木立もしんとしている。アトリエの扉が開き、カッチンとヤッチンとヨッチンが出て来た。
もうひとつの秘密の約束。ピピチャピはほほえんだ。夏休みが終わって、学校が始まったら、またサトちゃんが古屋敷にハルおばあさんと戻ってくると言う秘密。これもまだ、カッチン達には内緒にしておこう。
木立の奥で、蜩が鳴いている。
夏が終わろうとしていた。夏休みもあと三日。
カッチンとヤッチンとヨッチンは、空を見上げた。
今年最後の入道雲が、淡くなった空に、にょっきりと立っている。
苺畑の魔法使い 霜月朔 @bunchilas
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