第21話 僕らの手で
僕らの手で
ベリー号は空中へ舞い上がり、真っ直ぐ北へむかって飛んだ。
眼下に魔法の村の風景が広がる。畑が並び、雑木林が点々と緑の濃い影をおとし、幾重にもかさなる緩やかな丘の先は草原だ。ベリー号が向かう先には、そそり立つ高い山が鋭い影を見せている。
「あんなに高い山はないけど、僕らの村と似てるな」
ヤッチンが言った。言われてみるとそうだ。あの小川も水車も、道の両側の畑もなんとなく似ている。ならんだ家は石造りの馴染みがないものだけど、全体の感じがよく似ていた。
パリパリと火花が散る音がして、
「ハルウアさまあ」大きな声がした。
「トマク!」助手席から身を乗り出したハルおばあさんが手をあげた。
ベリー号の横に三人の魔法使いがならんで飛び始めた。ええっ?乗っているのは箒じゃなくてスクーター?カッチン達は目を丸くして魔法使い達を見た。
「ご無事でしたか。よかった。連絡も取れず、みんなして心配していました」
「封印の木は?」
「そのことです。苺が光を失い始めています。苺が上の方からくろずんで。封印がおかされている証です」別の声が答えた。
「みんな、封印の木の広場に集まっています」トマクが言った。
「苺は持ってきたわ。私たちはこのまま広場へ向かいます」
「助かった!」トマクが悲鳴に似た叫びをあげた。
「みんなに知らせて頂戴。準備を急いで」
「わかりました」
スクーターはグンとスピードをあげ、一直線に飛び去った。
ベリー号もスピードをあげスクーターのあとを追った。やがて緩やかな丘とも言えないわずかに高くなった広場が見えてきた。そのまんなかに、赤い炎を灯す大きないっぽんの木が見える。木を取り囲んで、大勢の人が集まっている。人がきの外側に、さっきのスクーターが停まっているのが見えた。
「封印の木よ」サトちゃんが言った。
「あれが……」ヤッチンが身を乗り出す。
「大きいな」とヨッチン。
「でも、火が燃えつきそうな感じだ」カッチンが言った。
「だから苺が必要だったの。もうすぐ封印の木は力を失うわ」
サトちゃんが重々しく言う。
「大変なことだったんだね、苺を作るって」
ピピチャピが唇を噛んだ。
「おりるわよ」
サトちゃんは急角度でベリー号を地上へ向けた。
封印の木のそばにベリー号が降りると、見守っていた人たちがいっせいに駆け寄ってきた。駆け寄って一度にみんなが喋り出した。興奮して叫ぶ人、泣いている人、怒ったように怒鳴っている人。
「話はあとです。苺を封印の木へ!」
ベリー号を降りたハルおばあさんが、厳しい声で叫んだ。
一瞬みんな静まり返り、また声をあげてあちこちへ走りだしたり、ベリー号の荷台へ駆け寄った。カッチン、ヤッチン、ヨッチンの三人は荷台から飛び降りた。駆け寄ってきた人たちが、ぎょっとして立ち止り少し後ずさる。
「一緒に苺を作ってくれた仲間よ。カッチン、ヤッチン、ヨッチン、そしてピピチャピ」
サトちゃんがそばに来て説明した。みんなほっとした顔でうなずき合う。
その間に脚立が用意され、身ごしらえした人がベリー号に寄ってきた。荷台の幌がまくりあげられ、苺が入った箱はあっと言う間に封印の木の横に並べられた。カッチン達三人はピピチャピと並び、やることもなくそれを眺めていた。
封印の木は細く、黒い鋼のような木肌をしていて、一枚も葉がなく、何千もの弱々しい赤い明りが灯っている。
「思った以上に、封印の力が弱くなっているわ」
ハルおばあさんが心配そうに言った。
「私の計算では、今日の真夜中までが限界です」トマクがため息をつく。
「やっぱり、魔法でいっぺんにってことにはならないのか?」
カッチンが聞くと、サトちゃんが首を振る。
「封印の木の苺を取り変え終わるまで、どんなことがあっても魔法は使えないの。ひとつひとつつけかえていくしかないのよ」
「間に合うのか」ヨッチンは心配そうだ。
「僕たちも手伝いたいな」ヤッチン、やる気満々だ。
「大丈夫よ。封印の木はすごく滑りやすいの。なれないことして邪魔になるだけよ」
「そうかあ??」三人は不満げな声をもらした。
「始めるぞ」若い身がるそうな男の魔法使いが、脚立へ足を懸けて宣言した。
他にも十人以上の魔法使いが、苺を取りかえる為に、封印の木に掛けられた脚立や梯子に足をかけている。みんなすばしこそうな若い男女だ。村の人たちが大きな歓声をあげた。
全員が一斉に脚立を登り、封印の木の苺を取りかえていく。下から上へていねいにひとつずつ苺を取りかえていく。人々は、祈るように苺が取り換えられていくのを見あげている。陽が沈み、辺りは夜の帳に閉ざされた。
「あっ」
声が上がった。足をかけていた枝が折れて、若い男の魔法使いが地面に放り出されたのだ。近くにいた人が走り寄り、若者を助け起こす。
あっ、ああっ!また悲鳴と驚く声が上がった。枝が折れ、もうひとり木から落ち、二、三人が危く脚立にすがって落ちるのをまぬがれた。
「だめだ。封印の木が死にかけている!」誰かが悲痛な声をあげた。
これ以上上には登れない。無理して登っても枝が折れ、苺を取りかえることは出来ない。広場はいっぺんに重い空気に包まれた。すすり泣く声がそこここで起こった。
「村が、消えてしまう!」
「もうおしまいだ」
「ああ……」
絞り出すような声が広がり、悲しい叫びは広場を包んでいった。
「僕たちなら、登れる」カッチンが低いが、断固とした声で言った。
「そうだ。僕たちは軽いし、木のぼりは得意だ」
はっとして顔をあげたヤッチンが言った。
「僕はやるぞ」ヨッチンが一歩前に出る。
「村のこどもたち全員でやるんだ。みんな力をあわせてやれば、きっとまにあう」
ヤッチンがハルおばあさんを見た。
サトちゃんとピピチャピも、カッチンとヨッチンも見る。
「そうね。それしか村を救う方法はないようね。でも、見たでしょう、とても危険な仕事よ」
「危険なことはもっといっぱいあったよ。ネズミの襲撃、バグジーの襲撃。でも、僕たちはいつも、いつも……」
カッチンが言葉に詰まると、ヨッチンが言った。
「いつも一度だけのチャンスを乗り越えてきた」
「そうよ、ハルおばあさん、私達やってきた」とサトちゃん。
「わたし、やる。私達にやらせて、お願い」ピピチャピが叫ぶ。
それでもすぐには、ハルおばあさんは返事しなかった。村の人たちも、じっとハルおばあさんを見ている。
「わかったわ。あなたたちは、ほんとうに……頼りになる悪戯っ子ね……ありがとう」
「やったあ!!」
子供達が踊りあがった。村の人たちからも喜びの声があがった。
「子供はみんなあつまれえ!」
カッチン、ヤッチン、ヨッチン、サトちゃん、ピピチャピが叫ぶ。村の人々の中から、おずおずと、勢いよく、きっぱりと、心配そうに、色んな様子で子供達が出てきた。
「あんまり小さい子はあぶないから駄目だよ」
五人は子供達の間を走り回り、一緒にやっても大丈夫そうな子を探して行く。
「始めようぜ!」カッチンが言った。
「おうっ!」子供達が声をあげ、
「頼むぞ。頑張れ」大人たちが声援を送る。
木に登るのは全部で十二人。
「高いところへ行けばいくほど、枝はもろくなってるはずだ。みんな気をつけて。無理しないでいこう。なにかあったら、お互い声をかけあって助け合うんだ」
ヤッチンがみんなの顔を順番に見ていきながら言った。
「村を守るぞ」ヨッチンがするすると滑る封印の木肌を確認した。
みんながずらりと並ぶ。苺は全部でまだ五十三箱残っている。取り換えられた苺は、封印の木の下から四分の一くらいの高さまでだ。
「そうか。そうだ。やっぱり、ハルおばあさんのタロットは正しかったんだ」
ヤッチンが言った。
「三匹の鼠と黒いお友達」とヨッチン。
「そう言うこと」
カッチンは言って、靴を脱いだ。そして、
「僕等は、木登りじゃ猿に負けないからな」
苺の箱をひとつ持つと、カッチンはするすると封印の木を一番下の太い枝まで登ってみせた。すぐに、ヤッチンとヨッチンとピピチャピも、苺の箱を持って登ってきた。
カッチン達はうなずくと、何かに追い立てられるような気持で、仕事に取りかかった。
苺は、上から五分の一くらいまで黒く色が変わっている。カッチンは、教えられた通り、苺を上に引き上げた。パチリと小さな音がして、苺のヘタの部分が開き、苺ははずれた。古い苺を下へ放ると、新しい苺を開いたヘタの上に乗せる。パチリ、とまた音がして、ヘタが苺をしっかりと固定する。
「あっ」カッチンは声を出した。
新しい苺の内側が輝き、周り三十センチくらいに、赤い柔かな光が放たれ、明るくなる。
「よし」カッチンは次の古い苺に手を伸ばした。
「あっ。――きれいな光」
ピピチャピが一段高い枝で小さく驚きの声をあげた。
カッチンの右側でヨッチンが、左側でヤッチンが同じように、驚きの声をもらした。
あとはもう、時間のことなど忘れ、カッチンとヤッチンとヨッチンとピピチャピは、古い苺と新しい苺を取り替えていった。箱が空になると、脚立に登った魔法使いが、次の新しい箱を渡してくれた。
大人たちが見守る中、子供達は黙々と苺を取りかえていった。村の子供達と女の子のサトちゃんは、木のまん中から手が届く外側へ。カッチン、ヤッチン、ヨッチン、ピピチャピの四人は出来るだけ外側を。自然と役目が決っていく。ピピチャピはもともと猫だから身が軽いし、カッチン達三人は、木のぼりは得意中の得意で、色んな木に登り慣れているから、危険を察知するのはお手の物だ。
「あっ」ヤッチンが悲鳴に近い声をあげた。枝がしなる。枝にかけた右足が滑りそうになったのだ。
「大丈夫かヤッチン?」
カッチンとヨッチンが呼びかけた。
「だいじょうぶ。つい、油断したんだ」
ヤッチンが苦笑いした。
カッチンは、額を手の甲でぬぐった。
――あれ、いつの間にこんなに汗を?
カッチンは手に感じた汗の多さに、はじめて気付いた。額だけじゃない、首筋にも背中にも、汗が流れ落ちている。
注意して見ると、ヤッチンもヨッチンもピピチャピも、みんな汗を流している。村の子供達も同じだ。動きがぎこちない。魔法の村の子って、あんまり木登りしないのかな?
――慣れないから、みんな緊張しているんだ。
苺の木箱を持つ手も、しびれはじめていることにカッチンは気付いた。
――苺の予備と、篭を持って来るんだった。
カッチンは思った。
「みんな、少し休みましょ。あと半分よ。この分なら大丈夫」
ハルおばあさんが言った。
ほんの短い休憩しかとれないことは、誰もが知っていた。何故なら、苺は上から三分の一の所まで、黒く変色し、放つ光も弱くなってきている。取りかえた苺だけが、明るく輝いているのだった。
「休みましょ」
ハルおばあさんは、もう一度言った。
地面へ降りた時、みんなは目まいを感じ、柔い草のせいで、地面がゆらぐような感覚をおぼえた。
草地に座り、冷たいカシスのジュースを飲むと、自分達が疲れていることがよくわかった。けれど、何も言わなくとも、みんな、一番大変だった苺作りのことを思い出していた。
草をむしり、耕し、小石を取りのぞいた時。畑の広さを間違って、四百株の苺の苗が残った時。手伝ってくれたみんなの顔が、一人一人浮かんでくる。どの顔も、頑張れと励ましてくれた。
『小僧ども、力を惜しむんじゃねえぞっ!』
ヤマト親分の叱咤が聞こえてきた。
カッチンはヤッチンとヨッチンを見た。三人は眼をあわせた。自然と笑いが湧き上がり、お腹の底から力が戻ってくる。三人は、ピピチャピを見る。ピピチャピが笑いで答える。サトちゃんも、ハルおばあさんも、同じほほえみで答えてくる。
「あと半分だ。大したことじゃないさ」
ヤッチンが言う。
「まだまだ元気だぞ」
ヨッチンが続く。
「最後まで」
とサトちゃん。
「みんなで、頑張ろう!」
カッチンが立ち上がる。
「そう。力をあわせて」
ハルおばあさんも立ち上がる。
みんな、封印の木を見た。下から半分は、新しい苺の灯りで、淡い紅の光に包まれ、夜の大気を彩っている。
「でっかい、クリスマスツリーみたいだ」
カッチンが寝言を言うように、ぽやんと言ったので、みんな、くすくす笑った。
みんな、肩で息をしていた。ぬぐってもぬぐっても、汗が顔をしたたり落ち、眼の中へ入ってくる。古い苺は、三分の二以上黒く変色してきた。
「頑張るぞお!」
ヨッチンが叫んだ。
「私も!」とピピチャピ。
「僕も!」
ヤッチンとカッチンが同時に叫んだ。
「僕も!」
「私も!」
村の子供達も嬉しそうに声をかけてくる。子供達の心が、次第にひとつになってきている。お互い顔を見合わせうなずき、笑いあった。
カッチンは、サトちゃんの方を見て、ドキリとした。一番上にピピチャビ、次にカッチン、ヨッチン、ヤッチン、サトちゃんの順で高い枝に登っている。片手で苺の箱を持ち、もう片方の手で苺を取り替えていた。村の子供を見ると、汗を流し、中には青い顔をしている者もいる。枝がしなり、今にも滑りそうだ。そう思っていると、本当に一人が足を滑らせ、必死に片手で幹にしがみついた。
「サトちゃん、村の子供達は、もうこれ以上は無理だ」
カッチンはそっとサトちゃんに呼びかけた。
「そうね。どうしよう?」
「高いところは、僕達にまかせてよ」
カッチンが言うと、サトちゃんはじっと見返してきた。そして、黙ってうなずいた。カッチンもうなずき返した。
「よしっ」カッチンは汗を腕でぐいとぬぐうと、
「これ以上は危険だ。村の子供は降りてくれ。苺を運びあげてくれるだけでいい。あとはまかせてくれ。もう一息だ、みんなで力をあわせよう」
カッチンが言った。
「ごめんね、ありがとう」
村の子供達が、申し訳なさそうに、それでもほっとした顔で木を降りていく。
「最後の一個まで、絶対やりぬくそ」
ヨッチンが言った。
「そうだ、あわてず、一個々々を大事に」
ヤッチンが言った。
「次のをちょうだい!」
一番高い枝で、ピピチャピが言った。
時間が流れて夜はふけていく。カッチン達はもう、そんなことさえ考えていなかった。ひとつひとつの苺を大切に取りかえていく。眼の前の苺を、箱の最後のひとつを。それが終われば、新しい箱の最初のひとつを。何もかも忘れて、苺を取りかえることに熱中した。ただ、封印の木を復活させること。魔法の村を守ること。ただそれだけを願って。
苺の箱を持ったサトちゃんと村の子供達が、枝から枝へと伝って、低い安全なところに足場をかため、カッチン達へ苺を渡す。カッチンがピピチャピへ箱を渡す。
カッチン、ヤッチン、ヨッチンたちは細心の注意をはらって枝の先へ進んだ。細い枝がしなり、手がすべった。
――あぶない。
カッチンは足をつかって枝につかまった。深呼吸して気持をしずめる。ひとつ、またひとつ。
――よし、この箱も最後の一個だ。
カッチンは息をとめると、古い苺を抜き、新しい苺を乗せた。パチリ、赤い光が灯る。カッチンはゆっくり息を吐き、後向きに戻った。
カッチンがピピチャピの所へ登っていくと、ヤッチンも来ていた。ヤッチンは、上を指さし、カッチンに言った。
「残り二十個くらいかな」
「あの、一番上の、最後の一個は大変だな」
カッチンは封印の木のてっぺんを見上げた。まっすぐに伸びた枝の一番先に、苺がひとつ。一番近い枝に足をかけても、その苺には手は届かない。
「ぶら下がって、枝をしならせて、あいた片手でやるしかなさそうだね」
カッチンは言った。
「僕もそう思う」ヨッチンが答えた。
「まずは、他の奴をやっつけてから、みんなで考えよう」カッチンは言って、ヨッチンが持った箱から、最後の苺を取った。またひとつあかりがともる
「おい、カッチン、ヨッチン」
すぐ下でヤッチンがふたりに声をかける。
「なんだい?」とヨッチン。
「なにがあったんだ?」
ヤッチンのひきつった顔を見て、ヨッチンが鋭く問いかける。
「苺が、もうない……」
「もう時間が……苺も……」ヤッチンの横で、サトちゃんが震える声でやっと言った。
下の枝に順番に並んだ村の子供達も、こっちを怯えた顔で見あげている。
封印の木の下では、大人たちが何とも言えない悲しい眼で子供達を見あげている。
ハルおばあさんはきっと口を引き結び、封印の木のてっぺんからゆっくりと下へ、子供達ひとりひとりを見てうなずく。それは、最後まで諦めずに、みんなよく頑張ってくれたわ、ありがとう。そう言っているような優しい眼だった。
「クソッ!そんな、そんなことってあるか!」カッチンは拳を木の幹に叩きつけた。
「あと二十個足らずなのに」ヤッチンが空を仰いでため息する。
「ああ……」上でピピチャピが泣きそうな声をあげた。
だが、ヨッチンだけが、何かを必死に考えている。
「待てよ、なんだっけ?なにか、なにか忘れているんだ僕……ああなんだっけかなあ」
苦しそうに息を吐き、イライラと何かをつかみとろうとしている。ヨッチンは目をつぶって、う、うう、うううーんとうなった。うなって、うなって、うなりきって。
「クロベエだ!」
パッと目を開いたヨッチンが、大口開けてガハガハガハハハと笑い出した。
「クロベエ?」
カッチン、ヤッチン、サトちゃん、ピピチャピが大声で聞き返す。
「クロベエの、クロベエの木箱。木箱だよ、クロベエの」
じれったそうにヨッチンが腕を振りまわす。
「二人で乗せた、クロベエの木箱だ!苺だ!」
ヤッチンが狂ったように笑い出す。あはははは……。
「バグジーに襲われた時、クロベエが最後に掘り返して、木箱に入れてくれた苺があるんだ。葉っぱもついてるけど、一緒に苺もあるはずだよ」
落ち着いたヨッチンが説明する。
「おばあちゃん、ベリー号に大きな木箱があるの、その中にいちごがあるの!」
サトちゃんが、これ以上出ないくらいの大声で叫んだ。
ハルおばあさんが、はっと息を飲みベリー号へ走り寄った。他の何人かも駆け寄る。そして、木箱が引き摺り出され、封印の木の根元に置かれた。
「箱を運びあげている時間も、苺を探す時間もありません。苺をひと株ずつ手渡しでください。僕たちが苺を摘んで封印の木に取りつけます」
ヤッチンが指図した。
すぐに、子供の手から手へ、苺の株が渡されていく。ひと株目も、ふた株目も熟していない苺だった。カッチンはそれを投げ捨てようとしてためらった。大事に育てた苺を投げ捨てるのが辛かったのだ。
「下に落として!ちゃんと受け取るから」
魔法使いのおばさんが叫んだ。にっこり笑っている。
「ありがとう!」カッチンも大きな笑顔でこたえ、苺の株をそっと投げ落とした。
次から次へ手渡される株から苺を摘み取り、カッチン、ヤッチン、ヨッチン、サトちゃん、ピピチャピで手分けして付け替えていく。
「最後、最後のひとつだぞ!」
わあおっと歓声があがる。
ヨッチンが枝に両手をかけて登ろうとした。枝はすべり、上にいけない。
「この枝、細いけどしならないし、すごく滑るぞ」ヨッチンが言った。
次にヤッチンとカッチンが試してみたが、どうしても登れない。
「ああ、灯りが消えそう」
サトちゃんがてっぺんの苺を見て呻いた。
「わたしがいく」ピピチャピが言って、枝に飛びついた。
すべりながらも、少しずつピピチャピは上に登っていく。
「待って」
サトちゃんはポケットから小さなハンカチを出し、最後の苺を片方の端に取り出しやすいように包み、もう片方の端を、ピピチャピの左手首にむすんだ。
「頼むぞピピチャピ」カッチンが言った。
「まかせといて」
答えて、ピピチャピはまた登り出した。
ピピチャピの息が荒くなっている。精一杯力を入れて、呻きながら登っていく。
ああ、だが猫のピピチャピでさえ、元の場所まで滑り落ちてしまった。
「大丈夫か、ピピチャピ」
カッチンは枝の上でしっかり足場をかため、ピピチャピを受け止めた。
「みんな、みんなでわたしをてっぺんまで投げあげて。わたし、必ず最後のひとつをとりかえるから」
そう言って、ピピチャピは猫の姿に戻った。
「無理だ、危険すぎる」ヤッチンが言った。
「時間がないの。私はサトちゃんの村を、故郷を守りたいの。私の言うこと聞きなさい!」
今まで聞いたことのない、ピピチャピの強く激しい言葉だった。
「わかった。ピピチャピ、おまえにまかせる。やってくれ」
カッチンが何かを決意した顔で言った。
「でも……」とヤッチン。
「いいんだ。ピピチャピ、いくぞ」カッチンがピピチャピを抱えあげる。
ヤッチンとヨッチンとサトちゃんは顔を見合わせ、大きくうなずいた。
「やろう!頼むぞピピチャピ」
「はいっ」ピピチャピが大きく答える。
「三、二、一、それっ」
カッチン、ヤッチン、ヨッチン、サトちゃんの手で投げあげられ、ピピチャピは空中へ飛び上がった。封印の木のてっぺんへ向かって、真っ直ぐに。
「とどいた!」
ピピチャピが叫ぶ。
下の四人は歯をくいしばり、ピピチャピを見ている。地面から十メートル以上の高さだ。
ピピチャピの左手は、苺を持っているから使えない。右手だけでやっとつかまっている。今にも滑り落ちそうだ。頑張れ!がんばれ、がんばれ、がんばれ。
ピピチャピが自分から体をブランコのように揺らし、手を離すと空中で一回転し、枝のてっぺんに飛びついた。みんなが、子供達も大人も、思わず目を閉じた。裂けるような眼をしてそれを見ているのは、カッチン、ヤッチン、ヨッチン、サトちゃん、そしてハルおばあさんだけだった。
四人の頭上で、今までにない明るい光が輝いた。
次の瞬間。封印の木が、ぶるんぶるんっと大きく体をゆすった。
「キャッ!」ピピチャピが悲鳴をあげた。
ピピチャピの体が枝からはね飛ばされ、空中へ舞いあがった。
カッチンもヤッチンもヨッチンもサトちゃんも、思い切り枝を蹴ると、落ちてくるピピチャピへ向かって空中へ飛び出した。
四人は両手を突き出す。互いの手がふれあい、自然に手が組み合わされ、落ちてきたピピチャピの体を受け止めたまま、みんな一緒に落ちていった。
――虹が出てる?
青い光。紫の光。赤、黄、全部で七色の光がピピチャピを受け止めた四人を包んでいる。 四人の体は虹色の光に包まれ、ふわんと空中でとまった。カッチンが感じたのは、光の力だけではなかった。懐かしい暖かい手。何百本もの手。山羊のおばさんとおじさん。クロベエとその仲間。鶏のおばさんたち。猫たち。牛のゴリさん。ハックルベリイ。そして、ヤマト親分とニモとハルおばあさん。魔法の村の大人たち、こどもたち。みんなの手が、四人と一匹を空中で支えているのを確かに感じたのだ。
カッチンは首をかしげた。
ピピチャピは、カッチンとヤッチンとヨッチンとサトちゃんに支えられ、ぐったりとしている。
虹はゆっくりと四人を運び、そっと草の上に降ろした。
カッチンはガバッと起き上った。
――僕等を助ける為に、魔法を使ったんだ!駄目だ、そんなの。魔法の村が消えてしまう!
そう言いたかったが、言葉は声にならず、涙だけが流れ出た。
━━そんなことしちゃ、駄目じゃないか、ハルおばあさん!
最初に、魔法を使っちゃ駄目だとハルおばあさんが言った筈だ。それなのに、魔法を使って僕らを助けてくれた。でも、でも……。
「見て!封印の木を見て!」
サトちゃんが叫んで、カッチンとヤッチンとヨッチンの肩をゆさぶる。
カッチンは頭をもたげ、重苦しい気持で封印の木を見た。
「ああ……」
カッチンとヤッチンとヨッチンは声をもらした。
三人が見ている前で、封印の木の枝々から緑の葉が湧き出し、木を包んでいく。六千の紅い、ルビーの光が、封印の木全体を輝かせている。
「封印の力が、復活したんだわ」
サトちゃんがつぶやいた。
「きれい……間にあったんだね」
気がついたピピチャピが、草の上によこたわったまま、小さく答えた。
「でも、魔法を使っちゃったじゃないか!」カッチンが聞いた。
「大丈夫よ。魔法が使えないのは、苺を全部取りかえるまで。私達が魔法を使ったのは、最後の苺が、新しい光を灯した後。――終わったの。もう大丈夫よ。ありがとう」
ハルおばあさんが、優しく言った。
「終わったんだ」ヨッチン。
「成功したの?」カッチン。
「計画通りさ」ヤッチン。
言って三人はその場に寝転んでしまった。
カッチンは嬉しかった。なにがあっても、ピピチャピは自分で助ける決意をしていたのだ。それなのに、ヤッチンもヨッチンもサトちゃんまでが一緒に飛び出してピピチャピを助けてくれた。カッチンの眼からまた涙が流れた。熱い、あつい涙だ。ぐすんと鼻をすする音。見ると、ヤッチンもヨッチンもサトちゃんも涙を流している。
「サトちゃんの故郷……」ピピチャピが嬉しそうに笑った。その目も涙で光っている。
封印の木は、新しい苺を戴き、透明な光を地面と空に広げている。
大きな、大きな炎の木。
誰もその場を動かず、いつまでも封印の木をみつめていた。
そのうえで、青い大きな月が、磨きたての鏡のように輝いている。
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